リラのいる冒険者パーティ、とその保護者たち
ここはすでに、魔獣たちの領域。
俺たちの住んでいる聖都市フレイブルから遠く離れた南の森の奥地だ。
目の前に広がるのはビシュンガンの沼地。
ここは、別名“毒の沼地”とも呼ばれている領民の誰もが近寄りたがらない危険な場所だ。
あまり詳しくはないが、聞くところによると、この沼地周辺には珍しい毒性をもつ草花が生えているそうだ。
口にすると死に直結してしまうような“猛毒キノコ”や、花びらに触れただけでも手足がしびれて腫れ上がるような“アノヨノコバナ”といった奇妙な花が生えているらしい。
必然的に、このあたりに生息する魔獣たちは毒に耐性を持つような特殊な魔獣どもになる。それどころか猛毒をその身に隠し持つ魔獣もうろついているのだ。
俺は木陰に腰を落として、木々の隙間から見えるビシュンガンの沼の中央に目をやった。
深紫に濁った沼地。その中央にたたずむ奇妙な孤島。
その時、隣からベルアミのささやきが聞こえる。
「で、ウルの旦那。さっきから俺たちは何をしているんですかねぇ?」
「見張りだ」
「いやねぇ、ですから。どうして見張っているんですかってことですよ」
「……これが、おやごころ…ってやつなのか」
「はぁ? べつにリラちゃんはウルの旦那の子供じゃないでしょうが」
「そうだが、こんな危険な場所に行くってきいたらほうっておけるか」
その時、俺たちが潜んでいる少し先、森と沼の境界線に現れたのはとある冒険者パーティだ。
その数人の人影の中に見えたのはローブをまとったリラの姿。
最近、急速にこのエインズ王国にも浸透してきているという『冒険者ギルド』という怪しげな組織。
その組織に登録した者たちは皆『冒険者』と呼ばれている。
そして、その冒険者たちは複数名で冒険者パーティを組み、様々な探求依頼をクリアして報酬を得るというのだ。
俺はため息交じりにつぶやく。
「よりにもよって、リラの奴、どうして冒険者なんかに……」
「たしかに。でもリラちゃんの受けるクエストは魔獣の討伐じゃなくって採取クエストなんでしょう?」
「お前よぉ。そんな言葉のあやにだまされるんじゃねぇ。こんな危険な沼地に来ている時点で、毒草採取だろうが魔獣討伐だろうが、同じようなもんだろうが」
「……ま、いわれてみりゃ、確かにねぇ。でも、どうしてリラちゃんが冒険者なんかに?」
「はぁ……話せば長くなる、とにかくあいつはカネが必要なんだよ」
「カネ? カネなんてウルの旦那ががっぽり稼いでるでしょうが」
「けっ、俺にカネを借りる気はないんだとよ。自分で稼ぐんだとさ」
俺たちがこそこそと話しているうち、リラがいる4人組の冒険者パーティは沼地に小さな木製の船を浮かべた。準備万端だな。
どうやら沼地の中央あたりにある、あの孤島を目指すようだ。
ベルアミが身を乗り出して目を凝らす。
「どうやら、本当にあの孤島に乗り込む気らしいですねぇ……」
「ああ、あの孤島に珍しい毒草が生えているらしい」
「その毒草の採取が今回の目的ってわけですかい」
「らしいな……ま、とにかくもうじきこのクエストも終わる。あとは帰り道の護衛だけだ」
「はぁ……ま、ここまでくりゃ大丈夫でしょうぜ」
ベルアミは小さくため息をつくと、腰を上げた。腕を頭の後ろに組んで伸びをする。
俺は慌てて顔を向けてベルアミにしゃがむように言い放つ。ベルアミは仕方ないとでもいうようなあきれた目をむけて再びしゃがみこんだ。
「ウルの旦那、どうして隠れて護衛なんてする必要があるんです?一緒に行けば良いでしょうに。ウルの旦那はもと宮廷魔術騎士団の師団長でしょ。これほどの護衛はいませんぜ?」
「あいつが嫌がるんだよ。俺の手はかりたくないんだとよ」
「自立心ってやつですか?」
「さぁな。俺にはよくわからん」
「でも……ですぜ」
ベルアミはこちらに目をやり話を続ける。
「リラちゃんは、ダークエルフ族の生き残りなんでしょ?」
「ああ」
「オレぁ、あんまり学がないからよく知りませんが、ダークエルフっていやぁ魔術の始祖とも呼ばれる種族なんでしょ。その生き残りってぇと相当な魔術の使い手のハズ。俺たちの護衛なんて不要でしょうに」
「俺はあいつにできるだけ人前で魔術は使うなと言っているんだよ。今回だって一度も魔術を使ってなかっただろ?」
ベルアミは目を丸くする。
「な、なんだよ、その目は」
「いや、いや、いや、いや。ウルの旦那。リラちゃんが魔術を使わなかったのは、リラちゃんたちの道の先回りをして、俺たちがすべての魔獣どもを一掃していたからですぜ?」
「ま、まぁそれもそうだが……」
「あ、そういう事ですかい……リラちゃんがみだりに魔術を使わないように、先回りをしてその機会をつぶしていったって事ですかい?」
「別にそういうわけでは……そ、それは結果論というもんだ……」
「はぁ……呆れますね、親ばか、ここに極まれりですぜ」
「お、俺は、べ、別にリラの親じゃねぇぞ」
「……ウルの旦那、なんだか、オレぁ何に付き合わせられているのか、よくわからなくなってきやしたぜ。ま、報酬さえくれりゃ、オレはそれでいいんですが、へぇへぇ、へぇ」
ベルアミは歯抜けの声で小さく笑った。
俺たちがひっそりと見守る中、リラたちの乗る小さな小舟は、無事沼地中央の孤島にたどり着いたようだ。孤島と言ってもほんとうに小さなただの岩場にちかい。
あそこに凶暴な魔獣が潜んでいる、というような可能性はなさそうだ。
俺はリラたちから視線を外す。
「ふぅ……あとは帰り道ってところかな」
その時、沼地のどこかから何かの遠吠えが聞こえた。
俺とベルアミは互いにちらりと目くばせをした。ベルアミが周囲を見渡して鋭くつぶやく。
「あの声は……狼獅子ですね……」
「ああ、ひと掃除しておくか」
「はいよっと」
俺たちは木陰から飛び出してライカンの唸り声を追った。