ガキの名は、メェン族のピリュート
さっきまでの威勢はどこへやら。
俺は、妙にしゅんとした山羊人族のガキを噴水のふちに座らせると、少し待つように声をかけて、近くの出店に向かう。
出店に並ぶこんがり匂うタレまみれの串焼き。その中から手ごろな豚肉の串焼きを二本買うと、噴水のふちでうなだれているガキに歩み寄り、手渡した。
「ほれ、うまいぞ」
小さな角の生えたガキは、ちらりとをこちらを見上げると何も言わずにそれを受けとり、一気に口に頬張った。
小さな牙を見せながらガツガツと肉を噛んでいるその姿。
その食べっぷりから察するに、随分と腹が減っていたようだ。
俺は自分の分として買ってきた串焼きも差し出した。
ガキは一瞬躊躇したように見えたが、遠慮が食い気に負けたようだ。何も言わずに、二本めも受け取り、すぐさま口にした。
俺はガキの隣に腰を下ろす。
その時、肉を食いながらガキが突然こちらを向いた。
「……アンタ、貴族なのか?」
「そ、そんなわけねぇだろうが、何を言っていやがる」
突然の核心をついた質問に、俺は内心ぎくりとしつつも、否定した。
ガキは肉の入った口をもごもごさせながら続けた。
「だって、金貨の中でも最高級の“王立金貨”を持っているやつなんて貴族か商人くらいだ」
「かぁ~驚いた……お前、あの一瞬の間に、金貨の模様まで見てたのか」
「僕は目がいいんだ」
「ま、あんなもんただのハッタリだよ」
俺はそう言うと腰巻にぶら下げている小さな革袋を開いてガキに見せる。
パンパンの袋の中に詰まっている銅貨がじゃらりとゆれた。ガキは不思議そうに中を見つめると目をパチパチとあけしめした。
俺は袋を閉じて話す。
「見ての通り、俺が持っていた王立金貨なんてさっき渡したあの一枚だけさ。他はすべて銅貨と石貨(小銭の清算に使う一番安価な硬貨)だ。男たるもの、いつでもハッタリの一つや二つはつけるように準備をしておくもんだ。お前さんだってさっきのは、ハッタリだったんだろ?」
「……ハッタリ? 僕が?」
「さっきの騒動だ。やじ馬から聞いたぜ。お前の方から決闘裁判を申し込んだって」
ガキは思いつめたような目でつぶやいた。
「……あれは……ハッタリなんかじゃない」
「そうは見えなかったぞ。さっきの大男は、どう考えてもオマエの勝てる相手じゃなかった」
「そんなことない……負けを認めさえしなければ……最終的には、僕が勝つんだ」
「おいおい本気か? 命を取られちまえば、勝っただの、負けただの、何の意味も持たねぇんだよ。お前さん、さっき、剣が投げ込まれるだなんて想定してなかっただろ?」
図星をつかれたのが気に入らないのか、ガキは「ふんっ」と言いながらそっぽを向いた。
俺がガキの方に目をやると、その首元に見た事のある銀色のペンダントがきらりと光る。
これは、さっきベルアミに見せてもらった『冒険者ギルド証』というやつだ。
このガキ、冒険者ギルドの登録者のようだ。
しかし、こんな細っこいなりで、いったい何ができるっていうんだ。
俺は目を凝らし、そのペンダントに書かれているガキの名を読み上げる。
「……ピリュート、か」
突然名を呼ばれたことに驚いたのか、ピリュートはガバリと体をこちらに向けて目を丸くした。
「ど、ど、どうして僕の名を!?」
「は? その胸のペンダントに書いてあるだろうが」
「あっ」
ピリュートは慌てた様子で冒険者ギルド証を、服の中にしまい込んで胸をぐっとおさえた。
が、すでに遅い。つくづくあきれたガキだ。
「おい、ピリュート。お前さん、自分の身分が分かるようなペンダントをその首から引っさげて、盗みを働いたってのか?」
「だから、いっただろ! 僕は盗みなんかしてない!」
ピリュートは声を荒げて立ち上がる。強く握られたその手には、肉が綺麗に噛みとられた木の串が握られている。俺は手をかざす。
「わかった、わかった。とにかく落ち着いてくれ」
「……僕は、ただ、報酬を受け取っただけだ」
「報酬?」
「そうだ。さっきの男は僕の仕事の依頼主だったんだ」
「ふうむ。お前は『冒険者』として、あの男の仕事を引き受けてたってことか?」
「そうだ。僕はあの男から頼まれた依頼をきちんとこなしたのに……アイツは、なんだかんだと僕の仕事に難癖をつけて報酬を渡そうとしなかった。だから……」
「報酬をかっぱらったってことか?」
「ちがう! かっぱらったんじゃない! 報酬を受け取ったんだ」
「はい、はい。わかったから、とにかく座れ」
ピリュートの話によると。
あの男は、ここ『聖都市フレイブル』の商人地区に店を構える道具屋の店主らしい。
その道具屋からの”薬草採取の仕事”をピリュートが引き受けたようだ。
ピリュートとしては依頼通りの薬草を集めて納品したようだが。相手は満足しなかった。
集めた薬草の質に問題がある、という理由で仕事の報酬を出し渋ったそうだ。
俺は一通り話を聞いた後に、結論を口にした。
「だから、あの男の店の商品を持ち出した……と」
「そうだ」
「え? やっぱ、盗んでね?」
「ち、ち、ちがう!」
「あー、もういい。もういい。お前さんは正当な報酬を受け取っただけ、それでいい」
「そ、それでいいってなんだよ」
「部外者の俺がどうこう言う話でもねぇって事さ。お前はお前の正義を貫いたってだけだ」
ピリュートは憮然とした表情のまま押し黙る。
そして小さくため息をついた。
「さっきあいつに渡した、王立金貨は……僕が冒険者ギルドで稼いで、いつか必ず返す」
「お前さん、王立金貨の価値がどの程度が分かっているのか?」
「そ、それぐらい!」
「オレが今持っているこの小袋にある銅貨と石貨を全部合わせたとしても1000袋じゃ足りない」
「そ、そんなハズが」
「そんなハズがあるんだよ。それが。ほら見ろ、やっぱりお前は、王立金貨の価値をわかっていねぇじゃねぇか。それに、俺はお前さんなんかに貸しを作った気はねぇ。あれは俺がそうしたかったから、そうしただけだ。お前には関係ねぇ話だよ。さて、」
俺は立ち上がった。
ピリュートはこちらを見上げ、何かを言いたげな目をした。しかしその口元から言葉は出なかった。俺は「じゃぁな」と手を振り、噴水広場を後にした。