フォレスタ『冒険者ギルド』
その後、俺とベルアミは聖都市フレイブルの中央へ向かった。
俺は夕食の食材を調達しに。
そして、ベルアミは『冒険者ギルド』への登録に。
聖都市フレイブルは、このべリントン領の中でも大都市のひとつに入る。
街の中央にそびえ立つ大聖堂を中心に、六角形に広がる都市の内部は、様々な区画に分かれている。
居住区や商人区、市場区や宿場街区など種類ごとに整備されているのだ。
街の中央に入り込むと、すれ違うのは異種族ばかり。
俺とベルアミのような、ヒト族の方が少ないのではないかと思える程だ。
俺は、行きかう人並みの多さに、ついついため息がでた。
「はぁ……この街の中央はいつ来ても、あほみてぇに人が多いなぁ……普段、引きこもっている俺としては、街の中を歩いているだけで、どうにも疲れちまうよ」
「へぇ、へぇ、へぇ。大丈夫ですかい。最近は、特にヒトの出入りが増加しているそうですぜ」
「そうなのか?」
「ええ、この聖都市フレイブルにも、数年前、ついに『冒険者ギルド』が設置されましたからね。それから、さらに人が集まりだしたようです」
「冒険者ギルドねぇ……俺が宮廷魔術騎士団員だった頃にはそんなものなかったってのによ。で、最近よく聞くその冒険者ギルドってのはどういう組織なんだよ?」
ベルアミは、すれ違う人並みを肩でよけながら話す。
「そうさねぇ……俺みたいな何でも屋の仕事を見つけてくれるところですよ。ま、いってみりゃ仕事のあっせん業者みたいなもんです。仕事の依頼主と、引き受け主を引き合わせてくれるところって感じでさぁ」
「なるほどね。で、その両方から紹介料をふんだくるってことか」
「ま、そうなりやすねぇ。あ、そうだ。もしよけりゃ、ウルのだんなも冒険者ギルドに登録してみたらどうです。オレたちみたいな野良の紋章師の登録者も多いって聞きますし。登録しておけば、もしかすると意外な仕事が舞い込むかもしれませんぜ?」
「いらん。ただでさえ、あちこちから訪問者が来るっていうのに。これ以上仕事を増やしても仕方がねーだろ」
「ま、ウルのだんなは裏の界隈じゃちょっとした有名人ですからねぇ……冒険者ギルドなんかに登録しなくても客には困らないのかもしれやせんねぇ」
その時、ベルアミの声が一つ高くなった。
「お! ありやした! あれが冒険者ギルドですよ」
俺はふとベルアミの指さす方向に目をむけた。
目の前に大きな屋敷。その屋敷の屋根には大きな看板がかかげられていた。
その看板には『フォレスタ冒険者ギルド』と描かれている。
なんだか、ずいぶんと不愛想な文字に見える。
俺たちは、その大きな文字を見上げながら、冒険者ギルドの屋敷内に足を踏み入れた。
まず鼻を突いたのは、ほんのりかおるワインのニオイ。
次に、怒号入り混じる喧騒。
まるで夜の酒場のようにワイワイと騒がしい。
一番奥に、カウンター。その隣には大きな掲示板が並んでいる。
部屋の隅では何かの楽器をかき鳴らす音楽隊のような集団。
鎧姿の大男やローブをまとった女達がそこかしこのテーブルに座っている。
俺は周囲の騒音にかき消されないよう、ベルアミの耳に口を近づけて話す。
「なんでぇここは……まるで酒場じゃねぇか」
「ここは酒も食事もでますぜ、夜は飲み放題のサービスも。それに上の階には宿屋もあるようです」
「……それにしても、こいつら、みんな紋章師なのか?」
「いや、そうは限りません。冒険者ギルドは紋章師に限らず色んな連中が登録していますから。それこそ仕事の内容もピンからキリまでありますよ……魔獣の討伐なんかは魔術の扱える紋章師の独壇場ですが、それ以外の仕事もいろいろあるようです。魔鉱石収集や薬草採取の仕事なんかもあるようですぜ」
「かぁ……世も末だな」
「ウルのだんな。世の中は変わっていくもんですぜ。紋章師だからと言って“お国”に仕えるだけが唯一の道じゃないって連中が増えてきたってことですよ。実際、オレたちだってそうでしょ? へぇ、へぇ、へぇ」
ベルアミは小さく笑うと「じゃ、ちょいと登録してきやす」と言い残し、つかつかと奥のカウンターへ向かって言った。
俺はくるりと周囲を見渡す。すぐ近くにあったテーブル席に腰をどっかと下ろした。
「ふぅ……」
それにしても、ここまで活気があるとは。
ベルアミが向かった奥のカウンター。その右手にある大きな掲示板には無数の張り紙が張り付けられている。
それを見上げてぼんやりしている軽装の男の後ろ姿。
そのすぐ隣では、なにやら胸ぐらをつかみ合いながら大きな声で言い合いをする真っ赤な顔の二人組。それを白けた目で眺めている、ローブ姿の細身の女。
あちこちのテーブルでは、昼間だというのにすでに酒盛りが始まっているようだ。
いったいぜんたい、コイツらはどういう種類の連中なんだ。
オーク族に、エフル族、小柄な容姿の黒猫族もいる。
一通り室内を見回した後、俺はなんとなく、ギルド内の壁にかかげられている掲示板が気になった。
「どうやら、あの掲示板に様々な仕事の募集の紙が貼られているようだな……」
面倒くささより興味が勝る。俺は立ち上がると、その掲示板に向かった。
目の前、大きな木製のボードに薄汚れた羊皮紙が貼りだされいる。
俺はその一つに目を通した。
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募集:土竜 オオマグラ 討伐員 5名
必須条件:魔物討伐経験者に限ります。
紋章師優遇、特に戦士系の紋章師は報酬はずみます!!
メイリーン沼地に生息する土竜オオマグラの鱗回収のお仕事です。
オオママグラ討伐後、皮膚をはぎ取り、鱗を回収し持ち帰りください。
可能な限り傷はつけないように。
オオマグラは火に弱いですが、火の魔術を多用すると鱗が損傷し価値が半減しますのでご注意ください。
報酬は鱗の損傷状態で変わりますのであらかじめご注意ください。
簡単な装備品、食事10日分は支給いたします。
5名が集まり次第締め切ります。
報酬額目安:一人当たり銀貨10~15枚
冒険者ギルドポイント:50
依頼主:ベルク竜具商人団
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俺は見上げてつぶやく。
「ベルク竜具商人団か……武器商人の素材集めってとこかな……?」
その時、ふいに後ろから声が聞こえた。
「あら、あなた、その討伐に参加する気?」
俺が振り返ると、そこには軽装鎧の女の姿。
女は長いまつ毛を揺らしながら俺の目をみてにこりと笑った。
女は茶色い髪をかきあげると、掲示板を見上げる。
「アタシ、この土竜討伐依頼を受けてるんだけど、集まりが悪いのよね。一緒にどう?」
「……い、いや、悪いが、俺は別に……ここに仕事を探しにきたわけじゃねぇんだ」
「あら、そうなの? 残念ね……でも気が変わったら、応募してよね」
女はそう言い残すと、くるりと振り返り去っていった。よく見ると茶色い髪の隙間から毛におおわれた小さな黒い耳が、ぴょこんと飛び出しているのが見えた。黒猫族か。
「なんでぇ……いきなり」
しかし、俺はそうつぶやきながらも、心が妙にゆれていた。
なぜなら、今の黒猫族の女の胸も、とっても揺れていたからだ。
軽装の鎧の上からでもわかる。あの揺れ。
あれは、まごうことなき。
まごうことなき、きょ、きょ。
「お待たせしやした」
「ぎゃあっ!」
俺が肩を震わせて振り返るとベルアミが不思議そうに立っている。
「どうしたんです? そんなにおどろいちまって」
「い、いや、なんでもねー」
「登録が終わりやした。すいませんね、なんだかつき合わせちまって。さ、行きやしょうぜ。ウルのだんなは今晩の飯の食材を買いに来たんでしょ?」
「あ、あぁ……そ、そうだな」
俺は出口に向かいながらも、ちらりとさっきの巨乳、ではなく女を目で探す。
が、騒がしいギルド内の風景の中、あの女の姿はどこにもみつけられなかった。