ベルアミの初仕事は、リラの薬草づくりの為の土地探し
ミルクを飲みほしたベルアミは不意に椅子から立ち上がると、ふらふらとまどぎわに歩み寄る。
まばゆい陽が差し込むまどぎわ。そこにきちんと整列して並ぶこぶりな器の数々。
その器の中からすいっと飛び出た草花を順に見つめて、ベルアミは、ぼそりとつぶやいた。
「……ずいぶんと物騒なもんまで育ててるんですねぇ……毒つゆ草、不死之草、マンドラーグラの球根までありやすねぇ」
「なんだ? ベルアミ、お前、草花に詳しいのか?」
「詳しいって程でもねぇですが……オレなんかよりもウルのだんなのほうが詳しいはずでしょ? なんたって、ウルのだんなは、かつては、王立宮廷魔術騎士団にいたようなお人なんですから」
ベルアミはこちらに向かってわざとらしく、敬礼のポーズを見せる。
俺は白けて鼻で笑う。
「へっ、いつの話を。もう十年以上も前の話だ。そんな昔の知識はとっくに枯れ果てちまったよ」
「草だけに、枯れちまったって?」
ベルアミは、お寒い冗句をいいはなつと「へぇ、へぇ、へぇ」と気の抜けた笑い声をあげた。ベルアミはそのまま、窓際をぐるりとひと回りすると、再びテーブルの前に舞い戻る。
そして、額にしわを寄せて腕組をした。
「しかし、ウルのだんな。本気で“調合術”をつかったポーションづくりをするんだったら、こんな小さな花器で一つ一つの素材を育ててたんじゃ、らちがあきませんぜ?」
「たしかにな。でも、別にそこまで真剣に……」
「いや、何度も調合を繰り返して練習しなきゃなんねぇんだ。もっと広い土地を手に入れて、がばっと大量に調合に使う素材を育てなきゃなりやせん」
なんだ。
ベルアミの声が妙に熱を帯びている。こいつ一体どうしたんだ。
俺がベルアミを見上げると、ベルアミは遠い目で何事かを考えている。
俺はベルアミの禿げあがったまぶしい額を見て問いかける。
「ベルアミ、お前、その光る頭の中で今いったい何をかんがえているんだ? まさか、リラのパトロンにでもなろうってのか?」
「いやぁ、そう言いうわけではねぇです。それに、パトロンってんならウルのだんなのほうが貯蓄はどっさりあるでしょうに」
「はぁ? 何を言ってる」
「水臭いですぜぇ。カネは持っているやつからふんだくる。それが商売の基本ってもんでさ。ウルのだんなだって客商売をやっている身なんですから、それぐらいは百も承知でしょう。それこそ、この前のキメラ調査の仕事なんて、宮廷紋章調査局からの依頼でしょ、がっぽり稼いだはずですよね?」
「稼ぐには稼いだが、全部使っちまったよ」
ベルアミはぽかんと口をあけた。
「ぜ、ぜ、全部? 一体何に?」
「キメラに襲われたジャワ渓谷の村や町の修繕費さ。それに、キメラのせいで家族を亡くした連中も結構いたからな……」
「へぇ? そ、そうだったんですかい? いや、見直しましたぜ。ウルのだんな。オレぁてっきり女遊びにでもつぎ込んでいるのかと」
「う、ま……まぁ、それもあるかもしれないな」
「へぇ、へぇ、へぇ。やっぱり」
ベルアミはひとしきり笑うと、再びテーブルに着いた。
そしてどこか真剣なまなざしをこちらに向けた。
「ウルのだんな。オレぁ今から自分の寝床を探してきやす。それと、草花を育てる土地も、ついでに見回ってきやす」
「おい。べつにそんな事、頼んでねぇぞ」
「いんや。これはウルのだんなの頼みではねぇですよ。リラちゃんの頼みです」
「だからよ。リラだって別にそんな事、頼んでねぇだろ」
「オレの勘を信じてくださいな。必ず、近いうちにリラちゃんは土地を探してほしいとウルのだんなに頼んでくるはずです、その時の為に前倒しの頼み事をきいてやろうってんです。オレにまかせておいてください。なにしろオレは“何でも屋”なんですから」
なるほど、そういうわけか。
どうやら俺はすでにこいつに仕事の売り込みをかけられていたわけだ。
俺は口を開く。
「ベルアミ……”リラの薬草づくりの為の土地探し”が、この聖都市フレイブルでのお前の初仕事ってわけか?」
「ご名答。オレのここでの初仕事を、どうかこの仕事にさせてくださいよ」
「はぁ……なんだかうまく乗せられた気もするが、ま、いいだろう」
「商談成立! ってなもんでさぁ! 初のお客様ですんで、報酬はそちらの言い値で構いませんぜ?」
ベルアミはパチンと指を鳴らした。