夢はポーション屋さん
さて、ここからまた新しいお話のはじまりです。
ではでは・・・・・。
俺の名はウル。呪いの魔術を操る、呪いの紋章師だ。
花も恥じらうアラサー男子。
ここは、べリントン領内にある『聖都市フレイブル』
その郊外にある、俺の住む屋敷。
俺はこの小さな屋敷で、ここを訪れてくる客たちの呪いを解く仕事をして、日々食いつないでいる。
扉をたたくノックの音。
俺は、玄関の扉を開けた先に立っている男に目をやる。
見覚えのある男。
エムの字に、薄れゆく額の前髪をかきあげて、口を開くはベルアミだ。
「いよっほう! ウルのだんな! やっと旦那の居場所を見つけましたぜ!」
「……お前、ほんとうに来たのか」
「もちろんですぜぇ。ウルのだんなってば、何も言わずにジャワ渓谷から出て行っちまうもんだから、慌てましたぜ。おじゃましやすよぉっと」
「はぁ……」
ベルアミは俺の肩越しを悠々とすり抜けて中にはいった。
俺は扉を閉めると、奴の背中を追いかけた。
ベルアミは居間のテーブルに座りきょろきょろとあたりを見回している。
俺がベルアミの前に温めたミルクの入ったカップを置くと、ベルアミは早速、ずずず、と音を立てながらすすった。俺が向かいの席に腰を下ろすと同時にベルアミが不思議そうにたずねてきた。
「しっかし、綺麗に片付いた部屋ですねぇ。しかも、ご丁寧に花が飾ってあるとはねぇ。ウルのだんなも随分と趣味が変わりやしたねぇ……ジャワ渓谷の山小屋に一人でいた頃は、魔術書があちこちに転がった殺風景な部屋にすんでいたってぇのに」
「ま、そういう部屋のほうが性にあってるんだがなぁ。この部屋のかざりつけは“同居人”の趣味だよ。俺が花の世話なんかするわけねぇだろうがよ」
ベルアミはうなずいた。
「たしかにねぇ。同居人っていうと、あのリラって子ですねぇ。あの子、なんでも、昔、ウルの旦那に呪いを解いてもらった縁で一緒に住んでるとかなんとかいってましたね」
「ああ」
「この前のキメラの一件の時は、随分と落ちこんでいたように見えやしたが、大丈夫なんですかい?」
「……あぁ、まあな。あの時はかなりショックを受けちまったようだが、もともと芯は強いやつだから大丈夫だ。俺やお前なんかよりずっと強い心を持っているよ」
ベルアミはミルクをぐいっと飲み干すと、カップをテーブルに置いた。
「それにしても、あのキメラの錬成陣をあちこちにつくってまわったのが『白の幻影教団』だとかいう集団って話は本当なんですかねぇ……」
「さぁな。俺にはよくわからん。そんな集団の話はあの時に初めて聞いたし」
「なんでも、オレタチみたいな野良の紋章師たちが集まっている集団だとか」
「お前、そんな都市伝説みたいなうわさ話を信じているのか?」
「いやね、でも、確かに、あのキメラ騒動の少し前に、白いローブをまとった怪しげな集団を何度かあの村の近辺で見かけたもんでね。今思うと、あいつらだったのかもってね」
「白いローブの集団?」
「ええ。ま、白いローブなんてありふれたものではありますがねぇ……」
白いローブと聞いて、ふと、あの時の記憶がよみがえった。
十数年前。
俺は兄に、この命をささげた。
実の兄をよみがえらせる為に、俺はこの身に『黄泉がえりの呪法』という呪いの魔術を受けたのだ。
その魔術により俺は死に、そして兄は確かによみがえった。
しかし、俺自身も死にきれず、よみがえってしまった。
どうやら俺には強力な『呪いの耐性』というものがあったようなのだ。
そして、俺がよみがえった時、俺の傍らに立っていた男。
それが呪いの紋章師、テマラだった。
俺がよみがえり、棺桶からはい出した時のテマラの姿は未だに目に焼き付いている。
あの時のテマラは、たしか白いローブを羽織っていた。
輝くような白銀のローブマントを。
禁術を扱う謎の白い集団『白の幻影教団』。
正直、テマラがその一味だったとしてもあまり驚きはない。
テマラならば、禁術を扱う事なんて朝飯前なのだ。
なにせ俺にかけた『黄泉がえりの呪法』、それじたいが禁術なのだから。
「どうしたんです? ウルのだんな、ぼーっとしちまって」
「……あぁ、いや、別に……でも、お前どうするんだ?」
「どうするって?」
「この辺に住むならば、どこかちいさな屋敷でもさがしてやろうか?」
「いやぁ、自分の寝床くらいは自分でなんとかしやすよ。ちょいとこの辺をあたってみます」
どうやらベルアミの奴、このあたりに移りすむ算段をたてているようなのだ。
ベルアミの話によると、ジャワ渓谷近辺はあのキメラ騒動以来、住む人がみんな去って行っちまったようだ。
そのせいで、あの辺りで、何でも屋をやっていたベルアミの仕事が減っちまい、商売あがったり、と言っていた。
それで、ベルアミも人の多い都市部に移り住む気になったようなのだ。
ベルアミはふと窓際に並ぶ花器に目をやった。
それらを、しばし眺めている。
そして歯抜けの口を開いた。
「それにしても、窓際のあちこちに、何かを植えたおおきな鉢が並んでありやすね、これもリラちゃんの趣味ってやつですかい?」
「……ああ、なんでも最近、あいつ“調合”に目覚めたとか何とかいってよ、いろいろな薬草やら花やらを栽培しているみたいなんだ。将来、街の市場に店を持って、ポーション屋さんを開きたいとかいっちまってよ」
「ぽ、ポーション屋さん……? でもポーションをつくるっていったって、魔術が必要でしょ? たしかポーションを作ることのできる“調合術”を扱えるのは“匙の紋章師”でしたよね」
「ああ、どうやら近所にその“匙の紋章師”のお師匠がいるみたいでな、今頃、またそのお師匠のところに行ってるはずだ」
「へぇ……リラちゃんて“技術師系の紋章師“なんですかい……?」
「いやぁ……まぁ、なぁ」
紋章師は、おおまかに三種類に分けられる。
魔術師系、戦士系、それに技術師系だ。
魔術師系はそのまま、魔術を扱える紋章師。俺のような呪いの紋章師。
戦士系は、魔光器という魔術武器を扱える紋章師。ベルアミのような弓の紋章師がその一例だ。
そして、技術師系はさらに特殊で、様々な技能をもっている紋章師だ。匙の紋章師がそれに分類される。
しかし、しかし、だ。
リラはそんな紋章師の分類を凌駕している存在。
そんなこまごました垣根を超え、様々な魔術を扱えてしまう、脅威の存在。
俺は、ベルアミに言おうかどうか一瞬、迷った。
が、ベルアミにならば話しても大丈夫だろう。
俺は、リラが漆黒妖精族の生き残りであることを、ベルアミに明かした。
そして様々な魔術を扱う事ができるという事も伝える。
しかし、ベルアミは「へぇ」とうなずきながらも、どこか半信半疑のようだった。
ま、そうだろうな。目の前で実際にみなければ、リラの凄さはわからないのだ。
それにしても、リラの奴。
本当にポーション屋、なんてものを開くつもりなのだろうか。
おっさんは不安だ。