すべてを焼き尽くせ
ベルアミが俺と一緒に採石場跡へ行くこととなる。
渡りに船とでもいうべきか。
このあたりの地形に関してはこいつの方がはるかに詳しいのだ。
険しい岩場を登る。
前を行くベルアミは振り返り、俺にちらりと意味深な視線をとばした。
俺はそのまなざしに言葉で返す。
「なんだよ、その目は」
「いやね、まさかウルのだんなが、もと王立宮廷魔術騎士団員だったとはねぇ。長い付き合いだってぇのに。そんなことおくびにも出さずに」
「別に、言う必要もないだろーが、そんな事たぁ。それにだ、言葉を返すようでわりぃが、お前だって過去の事なんて俺に一つも話したことはねぇだろうに」
「そりゃ、おれは別に話すようなことは何もねぇんでさぁ」
「けっ、じゃお互い様だろ」
ベルアミは「ふぇ、ふぇ、ふぇ」と奇妙な笑い声をあげて前に向き直った。
ベルアミとこんな風に行動を共にするなんてのは、長い付き合いの中で初めてだ。
こいつとは、俺がジャワ渓谷の山小屋に住んでいた頃に初めて出会った。
俺あての荷物や手紙を俺の小屋まで運んでくれていたのだ。
それに俺の家をたずねてくる客人たちの道案内もしてくれてもいた。特に何かの利害関係があったわけでもねぇが、こいつとは最初からなんとなく馬が合った。
俺たちは互いに詮索せず、それでいて、どこか気安く言葉を交わせるような、いつの間にかそういう間柄になっていた。
きっと、ベルアミの口達者で飄々とした性格が俺の性分とあったのだろう。
しかし、俺が、ベルアミに関して知っている事といえば、弓の紋章師であること、それとどこか異国の地からこの国に転がり込んだ流れ者だという事くらいなのだ。
ベルアミは岩場をのぼりながらも、口をフルに回転させる。
「で、ウルのだんな。採石場跡についたら、どうするんでさ?」
「キメラの討伐は討伐部隊に任せる。俺の目的は“キメラの錬成陣”の破壊だ。そこでお前さんの力をかりる」
「ま、いくらでも力を貸しやすがね。しかしいったいどこのどいつがそんなものを採石場跡に作りやがったんですかねぇ……」
「さぁな。そんなことは俺にとってはなんの興味もない事だ」
「ってぇのに、ずいぶんと熱心ですねぇ」
「このあたりの村人たちには世話になったからな、せめてものお返しさ」
岩場を登り切ったところで、俺たちは眼下の景色をその目におさめた。
切り立った足元から広がる、底深い採石場跡。
俺達は目を凝らす。
そして、採石場跡の奥の方、入り組んだ岩場の壁に、真っ赤な文字で描かれた魔術陣を見つけた。
それに気がついたベルアミが、軽く口笛を鳴らした。
「ありましたねぇえ、ウルのだんな」
「ああ……あれこそが、忌々しい“キメラの錬成陣”だ」
「さっきの話だと、あの中央に位置する場所に入り込むと、自動でキメラの錬成が始まるって事でしたが」
「そうだ。今朝、この目で見た」
「へ? って事は、まさか、誰かがキメラに?」
俺の頭にヴィデンの顔が、ふとよぎる。
俺は少しだけ目を閉じて、そのつらい記憶を振り払う。
気を取り直して、ベルアミに言った。
「あの、キメラの錬成陣に近づくのはとても危険だ。遠方からあれを破壊する」
「ってことは、ここから? そこでおれの魔光器、魔術の弓矢の出番ってわけですかい」
「そうだ」
「ま、魔術陣なんてのは一部を破壊しちまえばそれで事足りますからねぇ。できなくはねぇですが……」
「いや。ベルアミ。俺はすべてを破壊する。この採石場跡、もろともに」
ベルアミは目を丸くしてこちらを見た。
「いくらなんでも、この大きな採石場跡を破壊するってぇなると、おれだけじゃぁ、荷が重いですぜ。日が暮れちまう」
「大丈夫だ、俺が手を貸す」
「手を貸すったってどうやってですかい?」
ここで、俺の考案した呪いの魔術”呪い貸し”の出番だ。
俺はベルアミに伝える。
「以前、お前と一緒にあたらしい呪いの魔術を試したことがあるだろう? “呪い貸し”というやつだ」
「ああ、ウルのだんなが身に着けた“呪具”で得た力を、一時的におれに移すってやつでしたっけ」
「そうだ。呪具により増幅した俺のありったけの力をお前に貸す。そしてお前の巨大な弓矢で、この場所のすべてを灰と化してやるんだ」
ベルアミが俺の顔を不思議そうにのぞき込んだ。そしてどこか不安げに、つぶやく。
「……なんだか、おれの知るウルのだんならしくねぇですねぇ……」
「そうか? もしかすると、これが、俺の本来の姿かもしれねぇぞ」
俺は背中に担いでいた荷袋を、足元に置いた。
ヴィデン。
もしも、お前がいま俺の隣にいたならば、怒るかもしれねぇな。こんな俺のやり方を。
しかし、今、お前はもういない。俺は俺のやり方で、この仕事を片付けることにする。
反乱分子の正体だとか、キメラ錬成陣の調査だとか、知ったこっちゃねぇんだ。
俺のやり方に文句があるのならば、この先、いつか、俺があの世に行ったときに、じっくり聞いてやろうじゃないか。
それまで、おとなしく待ってろ。
「ウルのだんな、準備はいいですぜ」
俺がベルアミに目をやると、夕暮れの赤い空を背景に、ベルアミの頭上に青く輝く魔光器があった。大きな“魔術の弓矢”がうあかびあがっていた。
ベルアミがそれに向かって、手をかざすと、弓矢はゆっくりと降りてくる。
この魔術の弓矢に、俺のすべてをのせる。
この弓矢は、いまから、全てを焼き尽くす、灼熱の弓矢と化すのだ。