弓の紋章師 ベルアミ
俺はその後、ヴィデンの亡骸を背負ってすぐに採石場を出発した。
むずがるリラを、半ば強引にひき連れていく。
ほどなく、俺たちはティアラの率いるキメラ討伐部隊の野営地に合流した。
俺はその場にいた部隊員に事の経緯を簡単につたえヴィデンの亡骸を引き渡した。
部隊員たちは急いで司令部に報告してくれた。
俺たちはひとまず野営地の端にある天幕の下に案内され、休憩するよう告げられた。
リラは押し黙ったまま、床に敷かれた簡易の寝台に横たわると、頭から毛布をかぶってしまった。
今はリラにかける言葉が見当たらない。
そっとしておこう。俺はリラをその場に残して、天幕の外に出ると、近くにいた部隊員に声をかけた。
「ちょっと、すまねぇ」
「はっ、なんでしょうか」
「ティアラたちは、討伐に出ているのか?」
「はい。ティアラ部隊長の班は、現在キメラの討伐にあたっています」
「そうか……ティアラ不在時の場合のトップはだれだ?」
「はっ、副部隊長のルギルテ様か、ザイル様ですが……現在はザイル様のみがこの野営地に待機しておられます。あちら、奥の司令部の天幕におられます」
俺は部隊員が指さした司令部の天幕へと足を運んだ。
司令部の天幕の下には簡単なテーブル。そのテーブルの中央には水晶玉、そのうえにぼんやりと透明の地図がひろがっている。その地図に目をやりながら座っている男がひとり。
俺はその痩身の男に声をかけた。
「お前さんが、ザイルかい?」
黒い髪を後ろでくくった細身の男は、俺の方に目をやる。
俺に気がつくと、慌てて椅子から立ち上がり敬礼をした。
「はっ。ウル様。わたしはマヌル領宮廷魔術騎士団、キメラ討伐、副部隊長ザイルと申します」
俺は簡単に手を額にあてると、テーブルの前に歩み寄った。
そして地図に目をむける。
「ザイル、この渓谷には、何か所の採石場跡があるんだ?」
ザイルはテーブルの上に浮かぶ地図を眺めると、素早く指をさしていく。
「ここと……ここ、あとは、この川沿いです。我々が把握している採石場跡は、3か所ですね」
俺はザイルの指さすその位置を頭に叩き込んでいく。ザイルは説明を付け加える。
「しかしながら、このジャワ渓谷は、昔、隣国のアラビカ公国が管理していた土地です。我々が把握していない採石場も、どこかにあるかもしれません」
「わかった。ザイル、おれの助手、リラが休憩所で眠っている。リラを頼んだぞ」
俺はそういうと踵を返す。
それを見ていたザイルが何かを感じ取ったのか、慌てた様子で俺の背中を引き留めた。
「ウル様。お待ちください。どうされるおつもりですか。ヴィデン様が倒れた以上、代わりの宮廷紋章調査局員が到着するまでお待ちになられた方が……」
「いらねぇよ」
「え?」
「ザイル、悪いが、ちょいとばかしここの物資を拝借するぜ?」
「は、はい。物資は持っていってもらって構いませんが……あ、あの、ウル様。採石場跡へおひとりで向かうのは危険です。ティアラ様たちが戻ってから作戦を……」
俺はザイルの声を振り切って、天幕を出た。
そして、つぶやく。
「俺一人で、十分だ」
俺は軽く食事を済ませ、さっそく出発の準備に取りかかる。
今は昼過ぎ、これから夕刻を迎えるがじっとしてはいられねぇ気分だ。
キメラの錬成陣がまだ、そこらに残っているかもしれないってのは、どうにも落ち着かねぇんだ。
ヴィデンの死を無駄にはできねぇ
俺は、倉庫用の天幕のしたにもぐり込み、あちこちの箱の中を物色する。
ここには一通りの物がそろっているようだ。
さすが宮廷魔術騎士団の野営地といったところか。
旅の基本装備ともいえる傷治癒薬瓶、魔力回復薬瓶、高価な地図水晶はもちろんの事、特殊効果を持つ攻撃用の魔道具。
それに武器や防具の予備までも。かなりの種類がそろっている。
俺が木箱の中をあさっていると、俺を呼ぶ声がした。
振り返ると、そこにはさっき話したばかりの副部隊長のザイルが腕を組んで立っている。
「なんだ、ザイル。引きとめたって無駄だぞ」
「わかっています。引きとめたりはしません。出発される前に、ひとつウル様に少し確認してもらいたいことがありまして……」
「手みじかにな」
「実は、先ほど、この近辺をうろついていた、怪しげな男を部下たちがつかまえたのですが……その男がウル様の知り合いだともうしておりまして……」
「俺の知り合い?」
俺はザイルの後ろについて、再び司令部の天幕に向かった。
少し先に見えた、天幕のかげの中。
数人の部隊員達の監視のもと、椅子に縛り付けられている男が見えた。
見覚えのある、M字の広い額。
下にむいた鷲のくちばしのような大きな鼻。
あの姿は間違いなく、ベルアミだ。
ジャワ渓谷の近くの村や町を飛び回り、荷物運びの仕事をしているやせっぽちの男。
そして、あいつは、俺と同じく野良の紋章師なのだ。
俺は手をあげ、呼びかけた。
「いよぉ! ベルアミ!」
ふと、こちらに目をむけたベルアミと目が合った。
途端にベルアミが目を大きく見開いて、歯抜けの笑顔を見せた。
「いよっほう!! ウルの旦那ぁ! おひさしぶりです!!」
俺はザイルと共に、天幕のしたまでたどり着くと、ベルアミの前に立つ。
ベルアミは手をうしろに回され、椅子に縛り付けられながらも、どこかうれしそうだ。
「ウルの旦那、こいつら何度言っても信じてくれねぇんです。俺がウルの旦那と知り合いだって。旦那からも言ってくだせぇよ」
「はぁ……ベルアミ、お前、一体なんだってこんなところに」
「そんな、つれない事をいいなさんなよ。オレぁ、ウルの旦那を探しに来たんですぜ。山のふもとの村人たちから、ウルの旦那らしき人がここに来ているって噂を聞いてよぉ」
俺は隣にいるザイルに言った。
「この男はホントに俺の知り合いだ、縄を解いてやってくれ」
「わかりました。それにしてもよくこんな場所まで一人でこれたものだ」
「ま、こいつは一応、弓の紋章師だからな」
「弓の? この男が?」
ザイルは目を丸くしながら、ベルアミの縄をとくように部隊員たちに指示した。
縄を解かれたベルアミは、すぐさま立ち上がる。
「あんがとよ! さ、ウルの旦那、いきましょうぜ」
「いくってどこに?」
「きまってまさぁ、キメラ退治にレッツゴーってなもんです」