呪具『ともなりの鈴』
小さな贈り物を喜ぶキャンディ。
その愛らしい姿を何とも言えない気分で眺めていると、玄関のほうからちりりと鈴の音がした。
振り向くと、玄関横の壁にひっかけている焦げ茶色の真鍮の鈴がささやかに揺れている。
「またか……」
凶事の調べか、はたまた風のいたずらか。
この真鍮の鈴は『ともなりの鈴』と呼ばれている呪具だ。
この『ともなりの鈴』は、二つ一組になっていて、片方の鈴がなると、どんなに遠く離れていても、もう片方の鈴も必ず鳴り響くという呪いがかけられている。
確か、この呪いの言い伝えはこうだった。
はるか古い時代、愛し合う二人の男女がいた。
お互い別の種族同士。ある時、その種族間で戦争がおこり、それぞれの国へ強制的に帰らねばならなくなったそうだ。
その種族間の戦争はいつ終わるとも知れず、長引いた。
何年も離れて暮らすうちに、お互いの死に目にあえないことを悟ったふたりは互いの命がつきそうになった時、この鈴で知らせあおうと誓ったらしい。
そんなロマンチックな呪いが込められた呪具。
だが、そんな愛の物語を差し置いて、悪い気もするのだが俺の使い方はこうだ。
鈴のひとつは俺の家の玄関横、もうひとつはというと、俺が呪具を保管している”ドクロ洞窟”の入り口にあるのだ。
洞窟の入り口には、侵入者捕獲用の罠が仕掛けてあり、なにかが罠にはまると『ともなりの鈴』に連動して鈴がなる仕掛けにしてある。
つまり、今、洞窟になにものかが侵入しかけて罠にかかったということだ。
「キャンディ、行くぞ」
俺は急いで装備と荷物をまとめて、洞窟に向かった。
俺が呪具の保管庫として使っている『ドクロ洞窟』は俺の住んでいる小屋のちょうど真北。
そこは、ほぼ人が踏み込むような地ではないから、呪具を盗まれる心配もあまりしていないが念には念を、だ。
時々魔獣や動物が洞窟に入ろうとして罠にかかっちまうことがあるのだ。
おそらく今回もそうだろう。
俺は先を急ぐ。
急流で削られた岩肌を左に眺めながら、ブナやカエデの木々が好きなだけ頭を伸ばす原生林をあるく。周囲を見渡すと、なんだか森に食べられそうな気分になる。
そんな、道なき道を踏み進んでいると、胸ポケットからキャンディが顔を出した。
「はぁ、また魔獣が罠にひっかかったの?」
「だろうな。俺の罠に引っかかるなんて、どんな間の抜けた野郎なんだか。ま、最近肉を食ってなかったから、ちょうどいいじゃねぇか。今日の晩飯は魔獣肉かな」
洞窟の入り口にしかけている罠はいたって単純なスネアトラップだ。
獲物が”きっかけ”となる木の枝を踏めば、しなる木に据え付けてある、縄が下からもちあがる。そして、獲物の足首を縄がまきとり逆さづりになるってすんぽうだ。
もうじきに着くころ。
俺が息を切らして歩いていると、胸ポケットにいるキャンデイがまた声をあげた。
「あっ! あそこ、ほら! なんかぶらさがってるよ」
「ん?」
俺は黄色い声につられて顔をあげる。
少し先、目をこらすと確かに見えた。木々の隙間にもぞもぞするなにかが。
その時、そのもぞもぞから言葉が繰り出された。
「誰か! ここだ!」
言葉。
どうやらイノシシではなさそうだ。
俺はキャンディと顔を見合わせると、あわててその場に駆け寄った。
ちょうど俺の視線の高さくらいに男の子が逆さづりになっている。
俺は急いで男の子の肩を左手で抱え上げた。
腰の右にかけていたナイフを抜き出しその子の足首に巻き付いている縄に刺しこむ。
途端に、縄がブツリと切れる。
足の自由を取り戻した男の子は突然暴れだし、俺の腕から抜けおちる。
地面に落ちると、あっという間に姿勢を変えて、ダダっと走って距離をとった。
そして、ふり振り向き険しい顔のまま身構えた。
ふーふーと怒った猫のように肩で息をしている。
体の大きさからすると10歳、いくかいかないかくらいの人間族の男の子だ。