あれが魔光器、魔術の武器はチートです
「リラ様。いいものを見せてあげましょう」
ヴィデンはそう言うと。背中の荷袋に手を突っ込む。
そして、中から水晶玉を取り出して俺たちの目の前にかざした。
ヴィデンが口元で何かを唱えると、水晶玉の中に、風景が映し出された。
ヴィデンは水晶玉の中に映る風景を指でなぞりながらリラに説明をした。
「リラ様、今、水晶の中に映る小道が我々がこれから通る尾根道です。この道は次の山に連なっています。そして、次の山を少し回り込んだあたり。水晶の上のほうに表示されている地図のココ、ここから地形の調査をしながら、下に向かって山を下りていくことになるでしょう」
「た……たいへんそう……」
「簡単ではありません。山の中で、二晩から三晩ほどは過ごすことになるでしょうね。しかし渓谷でキメラ討伐部隊と合流してしまえば危険は去るでしょう」
不本意ながら、俺はふたりの会話をさえぎった。
「お二人さん、悪いが、どうやら早速お出ましだぜ」
俺の言葉に二人は水晶から顔を上げた。
俺は指をさす。尾根へと続く蛇のようにうねった道のわき。
木々の隙間から、顔をのぞかせてきたのは大角魔鹿だ。
開いた扇のような角を持つ、四つ足の凶暴な鹿の魔獣。
俺はつぶやく。
「ヴィデン、お前さん、氷の魔術を扱えるんだったか?」
「ええ……」
「どうする……?」
「ご安心を。ペイリュトン4匹程度ならば、私一人でも大丈夫です。ウル様は、ここでリラ様をお守りください」
「うほっ、まかせていいのか?」
「ええ。私は氷の紋章師であると同時に……金槌の紋章師でもありますのでね」
ヴィデンがそう言い終えると同時に、ヴィデンの頭上に、青白く光る大きなハンマーが突如としてボウッと沸き上がった。そのハンマーは強い光を放ちながらヴィデンの右の手にゆっくりとおさまる。
俺はその光景を間近に見ながら、リラの前に手をかざし、ゆっくりと後ろに下がらせた。
ヴィデンは右の手に握ったハンマーの柄の手ごたえを確かめるように、ぶんと一振り。
そして腰を落とすと、一気に魔獣どもめがけて地を駆けた。
ヴィデンの左手から氷の矢がとび、先頭にいたペイリュトンの足に命中する。
するとその足元から氷が一気に拡散し、ペイリュトンの体全体を包み込む。
ペイリュトンは叫び声をあげる間もなく、そのまま氷の彫像と化した。
つぎの瞬間、ヴィデンはそいつに駆け寄ると、右手に握る巨大なハンマーでとどめの一撃。
ハンマーを打ちつけられた氷のペイリュトンは、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。
ヴィデンは間髪入れずに、次の獲物へと飛びかかる。
そして、あっという間に凶暴な4匹のペイリュトンを、跡形もなく粉々に消し去った。
戦闘の痕跡すら残さない。これが二つの紋章持ちの戦い方。
生粋の戦士。
俺とリラは木陰のしたで、ただ口をあんぐりとあけてその戦いを眺めていた。
「さすがだぜ……宮廷紋章調査局にはいれるようなエリートは、ひとあじ違うなぁ……」
「……か、か、かっこいい」
「だな、戦士系の紋章と、魔術師系の紋章、両方を授かった奴ってのは、一番攻守のバランスがいい紋章師だからな」
「私も、家に帰ったら、ハンマーの練習しよっかな」
「馬鹿か、おめーは。普通のハンマーは重いだろうが。ヴィデンが操るのは”魔光器(魔術の武器)”だ。戦士系の紋章師が扱う魔光器ってのは、まるで重さを感じないらしいからな。通常の武器とはまるで勝手が違うんだよ。あんなのチートだよ、チート」
ヴィデンはこちらに振りかえると、まるで何事もなかったかのように「さ、先を急ぎましょう」と俺たちに告げた。