キメラ調査開始
次の日の朝。
俺とリラが出発の準備を終えて、泊まっていた村の小屋から表に出ると、ヴィデンが立っていた。
ヴィデンは朝日を浴びながら、待ちかねた、とでもいうような目で俺たちを見た。
そして、どこか不安げな声で俺にたずねる。
「……本当にリラ様もご一緒に?」
「ま、俺の助手だからよ。どーんと、大丈夫だぜっ」
俺はヴィデンに向かって満面の笑みで、親指をぐっと立てて見せた。
ヴィデンは俺のそのノリにどこか冷めたような表情。
何だよ、その辛気臭い顔はよ。
というかよ、リラはよ、俺やお前なんかよりもよ、遥かによ、強いからよ。
と、俺は心の中で韻を踏みながら、つぶやいた。
俺は、隣にいるリラにちらりと目をやる。
小さな巨人ともいえるリラは、つぶらな口をおさえて「ふわぇ……」と、のんきにあくびをかましていた。
いくら強いとはいえ、本当に、緊張感のないやつだ。
一応、リラには昨日の晩、言い聞かせている。
ヴィデンの前では魔術は使わないように、と。
あくまでも、か弱いエルフの少女キャラでいくんだ、と。
なにしろ、今回、同行するヴィデンは宮廷紋章調査局から来た人物だ。
宮廷紋章調査局ってのはこの国の中枢。魔術調査や魔獣の生態研究をおこなっている国家機関なのだ。
リラの正体が絶滅種のダークエルフで、しかも様々な魔術を扱えるヤヴァイ存在だとわかれば、おそらく、ヴィデンはリラを王都に連れて帰ろうとするだろう。
下手をすると、あの死んでいたキメラのように凍らせて持ち帰るかもしれない、というのは言い過ぎだが、リラを研究対象にしかねない連中なのだ。油断してはならない。
ヴィデンはくるりと背を向けると進みだした。
「さ、行きましょう。ジャワ渓谷の途中までは討伐部隊の後について進みます」
俺とリラは顔を見合わせ、ヴィデンの後についていった。
ジャワ渓谷をめざして、歩きなれた山道を登っていく。
じきに岩肌が見え始めるころだ。このあたりから急に歩きにくくなるのだ。
俺は足場に気をつけてすすみながら、前を行くヴィデンの背中に問いかけた。
「なぁ、ヴィデンよぉ」
「なんでしょうか?」
「ここはべリントン家が治めるベリントン領だ。なのに、どうしてマヌル領の宮廷魔術騎士団がキメラの討伐に出向いてくるんだ?」
「”疑い”を晴らす為です」
「疑い? まさか、キメラ錬成の首謀者として、マヌル家が疑われているってのか?」
「ええ。宮廷紋章調査局内では、もはや公然の噂となっています。彼らはその疑いを払拭するため、自らキメラの討伐部隊に名乗り出たのです」
「へー。でもよ、どうしてマヌル家が疑われているんだ?」
「過去の資料によると、キメラと思しき生物が一番最初に現れたのが、マヌル家が治めるマヌル領内だったからですよ。以降、キメラはマヌル領内で何度か立て続けに発生しています。当然のことながら、マヌル家のだれかがキメラの錬成実験をマヌル領内のどこかで実行していたのではないか、と疑う者たちがでてきます」
俺は岩場を蹴って一歩ずつのぼる。
確かに、俺自身、いままでキメラに2回遭遇したが、そのどちらもが、マヌル領内にいた頃の出来事ではある。
しかし、理由としては弱い気もする。俺はヴィデンに聞いてみる。
「でもよ、ヴィデン。宮廷紋章調査局がすべてのキメラの発生場所を把握しているわけじゃねぇんだろ?」
「そうです。他の領地でも発生していたキメラを、ただ見逃していただけ、という可能性も十分にありえますね」
「……だが、まぁ、疑いをかけられちまっているって時点で、マヌル家の領主としては、なんとかしなきゃならねえって事か……」
「ええ。もともと、国王もべリントン領内で発生したキメラについてはべリントン家に討伐を要請したのです。ですが、マヌル家から、キメラの討伐を行いたいとの強い申し出があったため、急遽マヌル家に依頼をしなおしたという経緯です」
「なるほどね……っと」
俺は勢いつけて、岩場をかけのぼる。
ほどなくして、岩場を抜けた。そして、ジャワ渓谷につづく山の頂上近辺にたどりついた。
なだらかに広がる小高い原っぱ。ようやくひと休憩だ。
ヴィデンは周囲を見渡すと、近くの木陰に入った。
俺たちも続く。
ヴィデンは振り返ると、ここからの道程を俺たちに簡単に説明した。
「討伐部隊はここから山を下り渓谷へと向かっていますが、我々は山を下りずに、このまま尾根を通りぬけとなりの山へと向かいます。かなり険しい道のりですよ」
「ぶへぇ……俺はただでさえ体力よわよわな、おっさんなのに……ぐすん」
「我々の目的は、キメラの討伐ではなくあくまでも発生場所を探る調査ですので、できる限りは余裕をもって参りましょう。しかし、この先の尾根を抜けたあたりからは、危険な魔獣もでます」
「てかよ、魔獣はなんとかなるが、万が一あの四本手のキメラに遭遇したらどうすんだよ。何か作戦はあるのか?」
「逃げます。私が氷の魔術でキメラを一時的に足止めしますので、ウル様たちは私にかまわず、全力で逃げてください」
「ぶっ……」
逃げる、とな。
作戦でもなんでもないが、ま、よしとするか。
その時、リラがふいに口を開いた。
「でも、ヴィデンさん。キメラの発生場所を探るっていっても、なにか具体的な目印でもあるのですか?」
ヴィデンは、どこか驚いたようにぱっとリラに目をやる。
そして小さくなずいた。
「リラ様。キメラの発生している場所は谷底であったり、森の奥であったりひと気のない広い場所に限られています。おそらく、それなりの準備と大きな魔術陣を描く場所が必要なのだと考えられます」
「だとしても、この広大な渓谷のすべての場所を私たちだけで調べるだなんて、まず不可能ですよね?」
「その通り。しかし、リラ様。推測するのです。この広大な渓谷の中“我々がいけそうな場所”というのはどこか。もしも自分が誰にも知られずに、広大で正確な魔術陣を描くとするならばどうするか。その思考の末に見える風景を模索するのです。すると、案外と場所は限られてくるものです」
「じゃ、ある程度の場所の目星はついている、ってことですか?」
「ええ。いくつかの候補はすでにしらべてあります。あとは……討伐部隊がキメラ達と遭遇した地点をもとに、たどっていくことになります」
リラは「なるほどぉ」と興味ぶかげにうなずいていた。