氷の紋章師 ヴィデン ★
さてさて、ここでいったんルギルテの視点を離れます。
ウルの視点へともどります。
ではでは・・・・・・・。
昼食で軽く腹ごしらえをした後。
俺はヴィデンのケツについて村から少し離れた森へと足を踏み入れていた。
ざりざりと枯れ葉を踏みしだきながら、ふと周囲を見渡す。
ちいさな蛍光虫が足元からふわふわと浮かぶ森の中。
明らかに渓谷へ続く道からは逸れている。
このあたりは俺様の庭なのだ。どこへ向かっているのかはすぐにわかる。
この先にあるもの。強いてあげるとすれば、古い洞窟くらいのはずだが。
「おい、ヴィデン。いったいどこへ連れて行く気だ。まさか、お前さん極度の方向音痴だったりするのか?」
「まさか。ウル様に見せたいものがあるのです。この先で」
ヴィデンの指さした森の奥。さらに木々が生い茂っている。
ヴィデンは歩をゆるめず、前に進みながら話す。
「10年前……ウル様がキメラ討伐部隊を指揮しておられた時のキメラは、四つ足だったときいていますが……実際に、どのような姿形をしていたのでしょうか?」
「そうだなぁ……ま、四つ足ってのはあってるな……あとは、顔にでかい目玉があったぜ。おまけに口から変な舌を伸ばして、そいつでくるくると獲物を巻き殺していたっけな。今思い出してもぶるっちまうぜ、本当に不気味な奴だった。黒い爪に青い毛に、なんだかどう言い表せばいいのか、よくわからんよ」
「なるほど。では、今回のキメラは、その四つ足の化け物から、さらに進化したのかもしれません……今回のキメラは四つ足でなく、二本の足で立ちあがります。そして、大きく毛むくじゃらの体からは、4本の手が生えております」
「ひぇ、おっかねぇな」
「ウル様が初めて見たキメラよりも、さらに強くなっているかと……」
いや。
俺が宮廷魔術騎士団にいた頃に見たキメラは2回目だ。
じつは、さらにその前のキメラにも、俺は遭遇している。
「言ってなかったが、俺はその前のキメラも見ているんだよ。アイツらとは何かと縁があるのかもな」
「その前?」
ヴィデンは足を止めて、不思議そうにこちらを振り返る。
俺はうなずいた。
「そう。何の因果か、俺は紋章師養成院にいた頃にも、キメラに遭遇しているんだよ」
「院生の頃に?」
「そそ。当時よ、キメラ討伐部隊に人員不足が発生したってことで、急遽、養成院の生徒に護衛作戦の案内がきたんだよ。もちろん志願者のみという前提だったが」
「それに志願されたと……」
「ああ。結局その作戦はキメラの突然の襲撃で中止になったが……あの時に初めてキメラを見たんだよ。あの時のキメラは、なんだかタコみたいな形をしていたっけな。球体のまわりに触手のようなものが生えていた。そう考えると……たしかに発生するにつれて、徐々に進化しているようにもおもえるな……」
ヴィデンは興味深そうに俺の見たキメラについて、あれやこれやと聞いてきた。
当時は突然発生した魔獣という認識だったこともあり。討伐して終わりって感じだった。キメラを詳しく調べたりはせずに終わっていたはずだ。
今回のように、宮廷紋章調査局がキメラの調査に出張ってくるような事はなかったと記憶している。
話しながら歩いていると、ほどなく、森を抜けて目的地にたどり着いた。
川べりの岩場に大きな、かたまりが横たわっているのが見えた。
俺たちはゆっくりと近づく。
どうやら、こいつが、今回のキメラのようだ。
「随分と、でかいな」
「ええ。前回の四つ足キメラは大きくとも、うま程度の大きさのはずですが……今回のキメラは立ちあがると、我々の二倍程度の大きさはあります」
俺は横たわるキメラの周囲をぐるりと回る。
キメラは、すでにこと切れている。顔の中央についているのは大きな目玉。その盛り上がっている巨大な一つ目は、うっすらと開いたまま動かない。その下に両端にむかって切りあがった大きな口。口の端からだらりと真っ赤な舌が飛び出してテラテラと湿っている。
肩からのびる腕は途中から二又にわかれている。どの腕も丸太のように太く、その先端にある手のひらは俺たちの上半身をひとつかみできるほどの大きさだ。
その指先には真っ黒く鋭い爪。戦闘の痕跡なのかところどころ欠けている。
からだ全体を覆う灰色の毛並み。俺は少し触れてみた。
「ひえっ、つめてぇ。かっちこちじゃねぇか」
「ええ。凍らせております。私の氷の魔術で」
「お前さん、氷の紋章師かよ……で、こんな化け物を凍らせてどうする気だ?」
「宮廷紋章調査局へ持ち帰る予定です。生体兵器の可能性がありますので、どのような生態なのか調べてみる必要があります。運搬部隊が到着するまでは、腐敗しないように冷凍保存しております」
「なるほどな、お前さんが、ここに来た理由はそれか」
ヴィデンはキメラを眺めながら話す。
「正直なところ。我々のような、魔術が扱える紋章師であれば、歯が立たないという相手ではありません……問題はその数です」
「そんなに大量発生しているってのか?」
「実際に何匹いるのか、まだ、わかっておりません。それに、今回は最初の一匹が発生した際、発見者からの報告が非常に早かったため、被害を最小限度におさえこめたのです。本格的な討伐作戦は、明日からとなっています」
「……なるほどねぇ、その発見者に感謝しなきゃいけねぇな」
「ええ。その発見者はこのあたりに住む野良の紋章師だと聞いています。たしか、弓の紋章師だったかと」
「このあたりに住む、弓の……紋章師?」
俺の頭に浮かぶのは、M字剥げの、頬がこけた男の顔。
まさか、発見者ってベルアミのことか。
あいつ、まだここで荷物運びの仕事を続けているのだろうか。
俺はヴィデンに確かめる。
「ヴィデン、その発見者って、歯抜けのふがふがとしゃべる男だったか?」
「どうでしょうか……私は実際に会っておりませんので。ウル様のお知り合いなのですか?」
「まぁ……腐れ縁だ」
ベルアミの奴は、無事だったか。