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ルギルテのこころ ②

昼食の時間。


天幕の下に雑然と並べられた折りたたみ式の簡易な長テーブル。

それを囲んでみなが肩を並べて椅子に座る。


テーブルの上には、この村にわずかに残った村人たちが準備してくれた食事がずらりと並ぶ。

こんがりと焼けた肉のニオイ、とれたての野菜の盛り合わせが、食欲をそそる。


質素な食事ではあるが、こういうものこそが、実は一番うまいのだ。

兵士たちの士気を上げるのに、出来立てのおいしい食事の提供というものは重要な役割を果たす。


そして、その出来立てのおいしい食事を、この村に残った村人たちと一緒に食べる。

肩を並べて互いの身の上を語りながら、我々は同じものを食べるのだ。


こういった食事の時間をつくるのは、実は、ティアラ様の部隊長としての方針でもある。

ティアラ様が言うには、村の人たちと語り合い、彼らと絆をつくることで、より彼らを守るのだという紋章師としての使命感が生まれるそうだ。そして、実際に、私自身もそう感じている。

ティアラ様はそのあたりも考え抜いておられる。

とても聡明なお方なのだ。




私がスープを口に運んでいると、後ろから村の女が私の前に小さなカップを置いた。

中にはとろりとした透明なものが波打っている。



「ルギルテ様、リンゴ酒ですわ。どうぞ」

「ああ、ありがとう」



私が礼を言ったそばから、次の女が現れ、別の差し入れをテーブルに並べた。

次から次へと。

次第に、私の目の前に、食べきれないほどの料理が並び始めた。

女達からの差し入れがひと段落したころ。

となりで見ていたザイルが恨めしそうに話す。




「……この色男が……お前はどこにいっても人気者だな。うらやましい限りだよ」

「……こんなにもらったところで食べきれない」

「モテる男はつらいねぇ。女たちの目を見たか? みんなハートマークだったぜ」

「そうだったのか。私にはよくわからなかったが……」

「よく言うぜ。まぁ、いつも、そういう目で見られているからな。俺も、女達からあんなトロンとした目つきで見られてみたいもんだぜ」



ザイルはそう言いながら、不貞腐れる。

私は目の前に並ぶ食べきれない料理を、周囲の仲間たちにこっそりとあげた。女達には気づかれないように気をつけながら。



なんだかんだと、騒がしい食事の時間が終わる。

私たちがジャワ渓谷に入るのは明日。今日一日は、この村で待機となる。

今日は、嵐の前の、束の間の休息日なのだ。

私はザイルに「食べ過ぎたから、ちょっと体を動かしてくるよ」と言い残し、天幕から離れた。








村はずれの小路(こみち)

抜けると、少し先、底が透けて見えるほどの浅い川がゆらゆらと流れている。

私が小川に足を向けると、少し先、先客の背中が見えた。

あの銀色の髪は、ウル(あおのとこ)の屋敷にいた女の子か。名は何と言ったか。




私がなんとなく足音をひそめて、小川に立ち寄る。

すると、その女の子は、パっとこちらに振り返った。

瞬間、目が合う。

その子の金色の瞳は、陽を吸い込んで、白くまぶしく輝いていた。

女の子はにこりと微笑むと、頭を下げた。




「こんにちは、ルギルテさん」

「ああ、こんにちは。確か……リラちゃんだったかな」

「ええ。あの時はウルが色々と失礼しました」

「いや、そんな事は……」




私はひとつふたつリラと会話をしたあと、聞いてみた。




「リラちゃんは、ウル様とは親子ではないと言っていたけれど。どういう間柄なんだい?」

「ウルとどういう間柄かって……?」

「ああ、いや。答えたくないならば、べつに流してくれていいんだけど」

「そうですね……腐れ縁、かな」

「く、くされえん?」





意外過ぎる答えに私は一瞬声が上ずった。

それがおかしかったのかリラはクスクスと笑った。




「うふふ。そんなに驚かなくても。実は今の言葉は、ウルが言ったんです」

「あ、あぁ……そういう事か……キミみたいなかわいらしい女の子から出る言葉とはおもえずに、つい。ウル様がそういった、というのを聞いて、なんだか妙に納得できたよ」

「ウルはすぐにそういう言い方をするんです。たぶん照れくさいんだろうなっておもうんですけど」

「そうなのかい。私は、ウル様の事はあまりよく知らないけれど。私の部隊長であるティアラ様は随分とウル様を褒めておられたよ。今は、ウル様とは一緒ではないのかい?」

「はい。ウルは偉い人とお話があるって、さっき村の外に出て行っちゃいました」

「村の外に? キミを置いて?」





リラはこともなげに「そうです」と笑った。

その屈託のない笑顔に、私はふと、違和感を覚えた。


この村が何の危険もない平和でのどかな場所であったならば、こんな違和感はもたなかったと思う。

しかし、この村は今、国から避難勧告が発令されている地域であり、キメラから襲撃される危険性が高い場所なのだ。


それほどの危険地帯だというのに、このリラという子の態度から不安のようなものは一切感じられない。そればかりか、この子を一人おいて保護者ともいえるあの男は、村から出て行ってしまっているだなんて。私は軽く注意をうながす。




「リラちゃん。村のはずれに一人でいるのは危険だと思うよ」

「……あ、そうなんですか。もしここにいてはダメならば戻ります」

「いや、そうじゃないけれど。怖くはないの?」

「ここには皆さんがるから……」




リラは少し困ったように目を伏せた。


私たち宮廷魔術騎士団の仲間たちですら、いつもよりは緊張しているというというのに。

こんなにか細い女の子が、これほどまでに落ち着いていられるものだろうか。

もしかすると、リラは、キメラの事についてあまり知らないのかもしれない。

そうだ、きっとリラは、キメラの怖さについてなにも知らないに違いない。


私はさっきから感じているリラの態度に対する違和感を、そう結論づけた。




「さ、リラちゃん。そろそろ村の中にもどろう」

「はい。でもルギルテさんってモテるんですね?」

「え?」

「うふふ、わたし、さっきお食事するところを見てたんですよ。女の人たちからたくさん食べ物を貰ってましたよね」

「あぁ、そんなところを……」

「そのあと、女の人たちにもらった食べ物を、他の人に分けていたのも、バッチリ見てました」

「それは、まいったな。たのむから、秘密にしておいてくれよ」





リラはクスクスと笑うと、くるりと体の向きを変えて村の方へ走っていった。

少し行ったところで、こちらを振り返り手を振った。




「じゃ、ルギルテさん! また明日!」





私は軽く手を振り、リラを見送った。




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