とある魔術の禁術書 ★
数日後。
ここは、ジャワ渓谷の近くにある名もない小さな村。
といっても、いまは村人の姿はない。
村人の代わりに、目に入ってくるのはせわしなく動きまわる宮廷魔術騎士団員達の姿。
真っ赤なマントがこれだけいると、さすがに目がチカチカするし、うっとおしい。
まるで騎士団の寮にでも迷い込んだ気分だ。
別に古い友人たちとの再会を期待していたわけでもねぇが、なんだかなぁ。
村のあちこちには、小山のような天幕が貼られ、その下には物々しい荷物がずらりと並んでいる。いったい中身はなんなのやら。
俺たちはティアラに案内され、村の奥にある少し大きめの屋敷に入り込んだ。
一室に案内され、席についてホッと一息。
「ふぅ……どうやら村をひとつ、そのままキメラ調査・討伐部隊の宿営地にしちまったようだな……」
「そうみたいだね~」
俺の隣。なぜかリラが座っている。
何度止めてもついてくると言って聞かないものだから、仕方なく俺の助手という名目で同行させることにしたのだ。リラは落ち着きなくきょろきょろしている。
こんなボロい屋敷のなにが珍しいんだか、リラはキラキラした目であちこちを見回している。
その時、ノックの音と共にティアラともう一人、男が部屋にはいり込んできた。
ふたりは、俺たちの前に立った。
男のまとう青い制服。
その高い襟元には、金に輝く獅子紋のバッジ。
男は俺とリラを鋭い目つきで一瞥すると軽く会釈する。
そのまま、俺の前の席にストンと腰をおろした。
短く刈った金の髪、左の耳たぶには、半円のシルバーピアスが揺れている。
男はその薄い口を開いた。
「私は、キメラ調査団として”宮廷紋章調査局”から派遣されたヴィデンです」
「ウルだ。コブつきで悪いね」
「お隣にいるのが助手ということでよろしいか?」
ヴィデンがリラに目をやる。
じっとりとした三白眼。こいつの目つきの悪さは俺といい勝負かも。
ヴィデンは、まるで仮面のように白い顔で続ける。
「ウル様。あなたの事をすこし調べさせてもらいました。マヌル紋章師養成院を卒業、その後、王都にある王立紋章師養成院に進学された……」
「……まぁ……そうだが」
ヴィデンは、俺の返事など求めていないとでもいうように、よく回る口をさらに回転させる。
「そのあと、マヌル領の宮廷魔術騎士団へ入団。件のキメラ討伐部隊にて、若くして師団長に抜擢された、と」
「……おめぇはストーカーかっ……」
わざと聞こえるように言ってやったが、ヴィデンはまったく意に介さない。そのかわりにリラが「ちょっと、やめなさいよ」とひじで小突いた。
ヴィデンは無表情に話し続ける。
「……キメラ討伐部隊での功績から、王立宮廷魔術騎士団へと昇格。しかし、ほどなく退団されていますね。順風満帆な道半ばにみえますが、何か退団の理由が?」
「……別に。ただ気ままな暮らしがしたかっただけさ」
「ま、いまは深くはお聞きしません」
「そりゃ、どうも」
ヴィデンは青い目をまっすぐ俺に向けると、本題に入った。
「今回の一件は他言無用です」
「いいから、早く調査の内容を教えてくれ」
「では。すこし時間をさかのぼってのお話になりますが。実は……今回のキメラが発生するほんの数日前、王都にある地下宝物庫から、魔術書が数冊、盗み出されていたことが判明しました。しかも、さらにまずいことに。その数冊の魔術書は、なんと、数十年前からすでに盗まれていたのではないかという疑いが出てきてしまったのです」
「随分とずさんだな、それで?」
「あるまじきことですが、現在の管理者は魔術書が盗まれていた事実にすら気がついていなかったようなのです。なにせ偽物とすり替えられていたもので。その盗まれた数冊の魔術書というのはいわゆる“禁術書”なのです」
「禁忌の魔術について書かれた本か……」
ヴィデンはうなずく。
「ええ。盗まれた数冊の禁術書はとくに危険で邪悪な魔術の発動方法が書かれているのです。その一冊が“錬成魔術”に関して書かれた本」
「つまりは……キメラの錬成について書かれている本、というわけか」
「その通り。おそらく禁術書を盗んだ何者かが、数十年前から、この国のどこかでキメラの錬成実験を繰り返している可能性が出てきた、というわけです」
「で、今になって慌てているというわけか……」
「ええ。お恥ずかしい話です……」
「そのキメラの錬成魔術の禁術書が、この国の反乱分子とやらの手に渡ったという事か」
ヴィデンは少し、言葉に詰まりながら話す。
「ええ。おそらくは。……そして、ウル様もご存じかとは思いますが、発生するキメラはその度に、強くなっています。今回のキメラは10年前のものに比べて、さらに……」
「このまま放っておくとさらに進化していく……ってわけか」
ヴィデンは、ひと呼吸を置いてこう言った。
「あの禁術書は、様々な人物の手の中を渡り歩いているのだと思います……」
そして小さくため息をついた。
ひとまずの経緯は全て話し終えたようだ。
「ヴィデン、だとすると……俺はいったいなにをすればいいんだ?」
「ひとまず、キメラの調査員として私に同行してほしいのです」
「まぁ、事情はわかった。でも、そんな内部事情をはなしてまで、なぜ部外者である俺を?」
「禁術書の流出は、宮廷紋章調査局の中に内通者がいなければ不可能です」
「なるほどね、内側に裏切り者がいるかもしれないから、あえて外部の俺を使うというわけかい」
「ええ、あなたは報酬さえ支払えば、問題ないと聞いております」
はっきりとモノ言う男だ。
ま、いいだろう。
俺は話を切り替える。
「さてと……ヴィデン。その肝心の報酬は、はずんでくれるんだろうな?」
ヴィデンはふとティアラを見上げる。
ティアラはどこか苦く笑った。
ヴィデンは少し黙り込んだ後、小さくうなずいた。
「わかりました。ご希望通りに」
「おっしゃ、いったな。約束は破るんじゃねぇぞ?」
よし、契約成立だ。