錬成魔術
ふたりが消えた後。
俺は思わず、悪態をついた。
「ちっ、胸糞わりぃ……なんて話をしやがるんだ」
俺はソファから腰をもちあげた。しかし立ったところでなにをするでもない。
なんだか、落ち着かず、俺は馬鹿みたいに応接間を行ったり来たり。
いまさら宮廷魔術騎士団なんかに未練はねぇ。
しかし、俺の古巣であるジャワ渓谷にいる人たちのことを考えると、どうにも放っておけねぇ。
「くそっ……これじゃ、あいつらの思うつぼじゃねぇか……それにしても、ルギルテめ。ティアラが言いにくそうにしている事をサラッ言いやがった。涼しい顔して、とんだ食わせもんだな」
それにしても、ティアラがいう“反乱分子”とはいったいどういう連中なんだ。
俺にその反乱分子の調査を依頼するにしても、話の内容があまりにも中途半端だ。
俺は大きく息を吸い込んで、意を決する。
俺が応接間を出て、屋敷のホールまでたどりついた時、ティアラとルギルテはすでに玄関を出るところだった。見送るリラが軽く手を振っているのが見えた。
俺はそこに割り込むように「待ってくれ」と、声をかけた。
ふたりはこちらに気がつくと、双方、顔を見合わせ立ち止まる。
俺はふたりの前まで歩み寄る。
「ティアラ、まだやるとは決めてねぇが、もうすこし詳しい話を聞きたいんだが……」
「ウル様、お話したいのは山々ですが……これ以上のお話をご希望でしたら、我がキメラ調査・討伐部隊の宿営地までお越しくださいませ」
「やると決めなきゃ、話せないってことか」
「その通りでございます。いくら、わたしの愛するウル様と言えど、ここでお話できることにはかぎりがありますわ……」
「……ティアラ、俺にこの調査の依頼をかけたのは、どうしてなんだ?」
ティアラは口元に指をあてると、頬を赤らめた。
「うふふ、やだ、ウル様ったら。宿営地でまっていますわ」
ふたりを見送った後、俺は玄関の扉を閉めた。
リラがこちらを見上げて、噴き出す。
「な、なんだよ、いきなり」
「だって、ティアラさんのウルを見る時の目がなんともいえない感じなんだもの。でもさ、ウルなんかのどこかいいのかしら」
「おい、“なんか”とはなんだ“なんか”とは」
「あ、ごめーん」
リラはそう言いながら悪戯っぽく口元を押さえた。そして「わたし応接間を片付けてくるね」と言い残し、小走りにかけていった。
その後、俺とリラは応接間でひとやすみする。
ソファに座り、ティアラが持ってきた手土産を開いた。
中くらいの小箱のフタを開くと、中には、焼き菓子がたっぷりと入っている。
リラは嬉しそうに手をたたくと、早速いくつかを手にとり口に持っていく。
「おいしい!」
とキラキラした目で俺にすすめる。
つられて、俺も一つ、つまんでかじる。
あ、この味。覚えがあるな。確か、昔もティアラからよく焼き菓子を貰ったっけ。
あの呪いの手紙と、あ、ちがった、恋文と一緒に。
俺が過去の思い出に浸りながら、焼き菓子をかじっているとリラが聞いてきた。
「ウル、このお仕事はひきうけるの?」
「まぁ、なぁ……俺の故郷にキメラが出たってんなら、助けに行かねぇとなぁ」
「そういえば、わたしウルの故郷ってあんまりよく知らないな、わたしも行こうかな」
「だめだ。キメラがわんさかと出るんだぞ、危険すぎる」
それにしても、キメラが、生体兵器だなんて話は、本当なんだろうか。
高位の複合魔術には、生物を造りあげることができるという“錬成魔術”があると聞いた事はあるがな。
しかしそれは禁忌の魔術だったはず。
俺はふと、隣のリラに目をやった。
リラは嬉しそうに焼き菓子を頬張りながら、次の焼き菓子を選んでいる。
こうしてみると普通の少女。
だが、こいつは数百年前に滅んだとされる漆黒妖精族の生き残りなのだ。
古代語を操り、数々の魔術をこの世に生み出し、そして今に遺した最強種族の生き残り。
その時、ふと思った。
もしかして、リラは錬成魔術について何か知っているかも。
「なぁ、リラ。お前、昔の記憶はどこまで残っているんだ?」
「昔の?」
「ああ、お前は魔術により、数百年眠らされていた。その眠らされる前の記憶さ」
「正直、あまり覚えてない……両親やおじいちゃん、おばあちゃんの事はよく覚えているけど、それ以外の事はほとんどおもいだせないよ。わたしが、目覚めた時に、記憶を神様に持っていかれちゃったんだとおもう」
「……そうか。そうだったな」
確か。
リラが数百年眠っている間、リラの体は“とある神様”に支配されていたのだ。
その神様はリラの体を彼女に返す時「記憶を整理した」といっていたっけ。
良い思い出だけが、リラの心に残るように、と。
生体兵器を作る錬成魔術の事など、今のリラが知っているはずはないか。
俺は一息ついた後、ティアラたちが待つ宿営地へ行く準備に取り掛かった。