反乱分子 ★
俺は屋敷内に二人を招き入れると応接間に案内した。
少し低めの革のソファに向かい合って座る。
真っ赤なマントをはがしたティアラの華奢な肩。
そこにかかるのは特徴的な緑がかった長い髪。胸のあたりまでまっすぐに伸びている。
ティアラは目の前のテーブルに置かれたカップにひとつ口をつけて、コトリと戻した。
カップから立ちのぼる白い湯気を、大きな瞳で眺めた後、口を開く。
「……ウル様、もちろんの事。この国の過去のキメラ発生の経緯はご存じですわよね?」
「まぁな。最初の発生はたしか、30年ほど前だったか。以降、7年から10年くらいごとに、どこからともなく現れる奇妙な生き物。それがキメラだ。ただ、俺にはそれくらいの知識しかねぇな」
「……ウル様がキメラ調査・討伐部隊を指揮されていたのが今から10年ほど前でしたわよね」
「そうだ。その時だって詳しい正体はわかっちゃいない。俺たちの部隊はただキメラをせん滅したってだけだぜ」
ティアラはうなずいた後、悩まし気に口元に指をあてる。
すると指がプルプルと震えだす。
「そ、そうでしたわね……たしかに。わたしは……その時にウル様に初めてお会いして、そして助けていただいてからというもの、ウル様の事を……一時も忘れた事はございません、毎夜、毎夜……ウル様への熱い思いがあふれてきて、」
後ろに立つルギルテが慌てた様子を見せた。そして、暴走しかけるティアラの軌道修正を試みる。
「あの、ティアラ様。ウル様への思いのたけはいったん置いておいて……先にご用件を……」
「……あ、そ、そうね。ごめんなさい。わたしとしたことが……で、ええっと、何の話でしたっけね」
「キメラ討伐のおはなしです」
「そうでしたわね」
ティアラは軽く咳払いをして、話をつづけた。
「ウル様。今回の新種のキメラの調査と討伐。それを我々マヌル領宮廷魔術騎士団に命じたのは国王ではあるのですが……今回ウル様に参加をお願いしようとおもったのは、わたし独自の判断なのです」
「……だとおもったよ。でもよ……いまさら俺にキメラ討伐部隊の指揮をとってくれってわけでもないんだろ?」
「ええ。ウル様にキメラ討伐に直接参加していただこうとはおもっておりませんわ。ウル様には、調査をお願いしたく……」
「なんでぇ、そりゃ……いったい何をしらべろって?」
ティアラは息を深く吸い込んで、重くつぶやいた。
「このエインズ王国にひそむ、反乱分子について」
一体何の話かと思ったら。
ティアラめ、昔のよしみで話を聞いてやろうと思ったってのに。
聞いて損したぜ。俺はきっぱりといい切った。
「ごめんだね」
「はぁ……やっぱり……そうおっしゃるとは、思っておりましたが……」
「あのよ、ティアラ。俺はもう宮廷魔術騎士団からは抜けたんだぜ、頼む相手を間違えてんじゃねぇのか」
「……けれど、ウル様、その反乱分子たちがキメラを造り上げているとしたら……」
「……え? どういう意味だ? まさかキメラが人工物だってのか?」
「確証はありませんが、その可能性が出てきているという話です。キメラは、その反乱分子たちが作り出した”生体兵器”なのではないかと……」
「まじかよ……おえっ、吐き気がしてきた」
ティアラは困ったように口を閉じ、ソファに深くもたれかかる。
そして、何事かをいいだそうとして悩んでいるような、そんなそぶりを見せた。
その時、ティアラの代わりに、といわんばかりに、後ろのルギルテが口を開いた。
「ウル様、僭越ながら。わたくしから申し上げます。今回の新種のキメラの発生場所は、ここべリントン領です。しかも……ジャワ渓谷の付近なのです」
「な、なんだって!? ジャワ渓谷っていやぁ、俺がもともと住んでいた場所じゃねぇか!」
「……はい。存じております。わたくしとティアラ様はここへ来る前、ウル様の消息を訪ねて、そちらにも行った事があります。のどかで、とても良い所でした」
ジャワ渓谷。
俺は長い間、あの渓谷の近くにある山小屋で一人暮らしをしていたんだ。
野で狩り、山で採り、あの地には様々な思い出が残っている。
あの辺りには、いくつかの村や町があるんだ。そこの連中には随分と世話になった。
流れモノの俺を詮索するでもなく、快く受け入れてくれた人たちがいる。
彼らは無事なのか。あんなちいさな村や町なんぞ、凶暴なキメラなんかに襲われたらひとたまりもない。
まさか、ティアラの奴、俺のその事情を知ったうえでの今回の依頼なのか。
今や、他人の心を利用しようとするような大人になっちまったってことなのか。
狡猾な立ち回りが悪だとは思わねぇ。
だが、しかし、これはひとの心を逆なでする、癪に障るやり方だ。
俺はティアラに視線を向けた。
俺の少しの怒りを読み取ったのか、ティアラは目を伏せた。
俺は聞いた。
「ティアラ、ふもとにある村や町の連中は無事なのか?」
「すでに、ジャワ渓谷近くの町や村には避難を呼びかけけております。しかし、一部被害もでているのが実情です……」
「新種のキメラの発生が、俺がかつて住んでいたジャワ渓谷であることを俺に伝えると、俺が今回の仕事を引き受けると思ったのか?」
ティアラはすっと視線を上げて、俺の目を真正面からじっと見つめた。
「ウル様、誓って言いますが。他意はありません。ジャワ渓谷近辺で新種のキメラが発生したという事実と、わたしがウル様に今回の件を依頼しようと思ったことにつながりはありません。わたしは純粋にウル様にお願いに来たのです」
「その言葉を信用しろと?」
「いいえ。信用してくれだなどというつもりは毛頭ありません。ウル様がわたしを信じてくれるのか、くれないのか。それはわたしにはどうすることもできませんわ。わたしはただ、わたしの思いを伝えるのみです」
「少し、考えさせてくれ」
ティアラとルギルテはうなずいた。
そして、ほどなく、簡単な挨拶だけを残し、二人は部屋を出ていった。