表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

339/431

新種のキメラ




さてさて。



しばらくは、ウルの幼少期の頃のお話でしたが。



ふたたび、おっさんに戻ります。




時は流れて、十数年後。



おっさんになったウルの視点へと・・・・・。




ではでは・・・。


新緑鮮やかな森の奥での渓流づり。

これが、俺が最近はまっている、癒しだ。


ひと気のないひっそりとした小川の前に無心で佇んでいると、そのまま自分が川と一体になったような気分にひたれるのだ。


さらさらと、光を弾く小川を眺め、つり竿をゆるくしならせる。



俺は呪いの紋章師ウル。

わけあって貴族家を追われて、ふらふらしている独り身のアラサー男だ。

時々俺のもとを訪ねてくる客の呪いを解いて、金を稼ぎ、こうして勝手気ままに暮らしている。




「……嗚呼、ひとりって、さいこー……」



その時、俺のひとりの時間をさえぎる声。

リラの声は、どこか不服そうだ。



「ねぇ、ウルったら。いつまでやってるの。もうお昼過ぎだよ。市場に行けばお魚なんていくらでも売っているじゃない」




俺は振り返らずに答える。




「か~っ、そういう事じゃねぇんだよな~」




リラがすっと俺の隣にしゃがみこんだ。

白銀の髪に薄く輝く黒い肌。とがった耳を持つダークエルフ族のリラが、俺の今の同居人だ。

昔、ちょいとコイツの呪いを解いた縁で、今は一緒に暮らすようになっている。

外見こそ、かわいらしいが、こいつはとびぬけた魔術の才覚の持ち主。

それこそ、一瞬でこの目の前の小川を干上がらせることもできるほどの、恐ろしい小娘なのだ。



つり竿を握る俺の隣。リラは、何も言わずにキラキラ光る水面(みなも)をじっと見つめている。

そのまましばらく、心地よい沈黙が流れた。

どれくらい経ったか、ふいにリラが口を開く。



「ウルってさ、つりが好きな割には、あんまり……」

「おっと、俺の悪口はそこまでだ。リラ、帰りたいんなら先に家に帰っててもいいぞ、せめて二匹はつって帰るようにするからよ」

「は~い。期待しないで待ってま~す」

「おまえよぉ……俺を見くびってると……」





____ザリッ、ザリッ




川べりに転がる石を踏みつけるかすかな音。背中の方から響いてくる




リラがつぶやく。




「……ウル、お客さんみたいなの……」

「リラ、お前それを伝えに来たのか」

「うん。真っ赤なマントを羽織った、背の高い男の人だよ」

「……まさか、宮廷魔術騎士団か」

「そうみたい」

「はぁ……こりゃまた、厄介な客だな」




案の定、ひそかな足音が、こちらに徐々にちかずいてくる。

そしてほどなく、とまる。

男の低い声。





「あなたが、ウル様ですね。さがしました」




男の声はどこか控えめに響いた。

俺が振り返らずに、そのまま黙っていると男は続けた。





「もと、マヌル領宮廷魔術騎士団、キメラ調査・討伐部隊師団長、呪いの紋章師ウル様、で間違いはないでしょうか?」



そのながったるい肩書をきいて、反応したのは俺ではなく、リラだった。

リラは顔をこちらに向けて俺に問いかける。



「ウル、何の事?」




その声に、かすかに驚きが含まれている。

無理もない。リラには“そんなこと”は一切話してはいなかったのだ。

だというのに。この男はべらべらと。初対面から余計なことを。

俺はリラにむかってぼそりとつぶやく。



「……人違いだろ」

「でも、呪いの紋章師ウルっていってるよ?」

「ウルなんて名は、この国じゃ珍しいもんでもねぇよ」

「もう……そんなことばっかり言って……」




リラは俺の態度に耐えかねたのか、急にたちあがる。

そして、俺の代わりに振り返り、男に挨拶をした。




「あ、こんにちは。すいません。お客様……ですよね」




男はリラと会話をはじめた。

しかし、その声は明らかに俺に向けられている。




「このような場まで押しかけて申し訳ありません」

「いえ。いま、この人、ちょっと釣りの最中で……っていっても朝から一匹も釣れてないんですけどね」

「そうなのですね。釣りは簡単なように見えて難しいですから。わたくしも、釣りは好きですよ」

「へぇ、釣りなんかのどこが……あ、いえ、そ、そうなんですね。あははは……」





けっ、リラの奴。妙に態度がぎこちないな。

俺は背中のまま男に告げた。




「あのよ。どこの誰だか知らねぇんだけど。ひとに名前を聞くんだったら、まず自分から名乗るのが筋ってもんじゃねぇのか? つりの最中に来て、いきなり人様の素性を確認するだなんて、無礼にもほどがある。お前さんは、生まれてこのかた、礼儀作法っちゅうもんを学ばなかったのか?」



男の慌てたような声。

「あ、も、もうしわけありません。わたくしはマヌル領宮廷魔術騎士団、双剣の紋章師、ルギルテと申します」

「あっそ」




しばしの沈黙。それに、耐えかねたように、ルギルテの困惑した声。




「あ、あの……」

「見ての通り、今は、つりの最中なんだ。わるいが後にしてくれねぇかな」

「……し、失礼しました。わたくしとしたことが、急いでいたものでつい……しかし、今回の依頼はエインズ王国、国王様からの命令でおたずねしておりまして、できれば早急におはなしを……」




俺の釣り竿がぴくんと触れる。


国王。

だと。


おいおい、エインズ王国の国王といえば、アルグレイ・べリントン陛下。

それって、つまりは、俺の父。俺をべリントン家から追い出そうとしたばかりか、命まで取ろうとした、その当人。



釣竿の先っぽから、つたわる重みが、増してくる。

それはどこか不吉な調べ。

次第に、つり竿の糸がピンと張りつめる。




今、俺の後ろにいるルギルテと名乗る男。

コイツの依頼はいったいなんだ。俺は汗ばんだ手でつり竿をぐっと引き絞る。

そして、問うた。




「国王からの依頼ってぇのは、一体……なんだ?」

「はい。新種のキメラが発生したのです」

「新種の……キメラ、だと……」

「はい。その調査の依頼を、もとキメラ調査・討伐部隊を師団長として率いていたあなた様に……」

「……あ、しまった」




緩んだ手から釣竿がするりと抜け落ちた。

手から落ちた竿はそのまま、カラカラと引きずられ、川に誘い込まれていく。

俺は、慌てて竿をつかみ上げたが、その時にはすでに、獲物の手ごたえはなくなっていた。




「あぁ……くそっ、にげられたか……」




俺はため息をついて振り返る。

そこには片膝を地につけ、丁寧にからだを折りたたんだ大きな男の姿があった。

こうべを垂れたその姿。


なるほど、リラの態度がぎこちなかったのはこのせいか。

こんな態度をとられたんじゃ、話しにくくて仕方ねぇ。

どうにも、こざかしい野郎だ。

ルギルテは、うつむいたまま話す。



「師団長様、どうかお話だけでも……もしもすぐには無理でしたら、このまま、ここでこうしてお待ちいたします」

「はぁ……よしてくれ。それに”もと”が抜けてるよ。”もと”師団長だ」

「はい。申し訳ありません」



リラはほほを膨らませて、俺とじっとみていた。




「おおこわ、はいはい、話を聞けばいいんでしょうが」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ