帰り支度(第十一章 最終話)
目が覚めると、俺はベッドの上にいた。
白い陽が窓からさしこむ室内。いまは、お昼頃だろうか。
体を起こそうとした途端、脇ばらに鋭い痛みが走る。
「ぐおぉお……」
俺はおもわずうめいた。
そして息を吐きながらゆっくりと、腹に力を入れないように、腕で体を持ち上げる。
ふと見ると、胸から腹にかけて、白い包帯がぐるぐるに巻かれ、固定されている。
「そうだ、みんなは……」
俺が部屋の中を見渡すと、俺と同じように大勢の人たちがあちこちのベッドで横たわっている。
みな顔や手足に包帯を巻かれているようだ。
横たわる怪我人たちの中に、4人の顔もあった。どうやら、みな無事だったようだ。
俺は、ほっとため息をついた。
ひとまずは、大丈夫そうだ。
それにしても、けが人だらけだ。ここは、モモロの町の集会場か何かだろうか。
その時、こちらに歩み寄る男がいた。
男は俺のそばまで来ると、ガバリと俺の肩を抱き寄せた。
右のわきに電撃のような痛みがはしる。
「いてててて! ちょと、痛いっす!」
「お! すまん」
男は俺を体からはがすと、照れたように笑った。
「無事だったな、紋章師」
「ええと……」
「ふっ、覚えてないか。教会の前で傷治癒薬瓶をもらった傭兵だよ」
「あ、あなたでしたか……」
あの時は暗がりでよく顔が見えなかったけれど、確かにこの特徴的なげじげじ眉毛は覚えている。あの時の傭兵だ。
男は短く刈った頭をぽりぽりとかきながら、話す。
「あの時はすまなかった。お前の傷治癒薬瓶を頂いちまって」
「いえ、そんな……それより、キメラは、キメラたちはどうなったんですか?」
「へ? どうなったって……お前たちが倒したんじゃないのか? 教会内のキメラは全滅していたと聞いたが」
なんだか記憶が混乱して、うまく思い出せない。
たしかあの時、俺たちはキメラに囲まれて。
それから、どうなったんだっけ。
男は不思議そうな目で俺を見つめる。
「覚えてないのか?」
「はい……正直、よくは……でも、キメラが全滅していたのならばよかったです」
「そうだな。しかし、貨物を運ぶはずの作戦はおじゃんだ。またやり直しになるそうだ。なにしろ貨物部隊も護衛部隊も昨夜のキメラの襲撃でかなりのダメージを受けちまったからな」
「そうですか……」
「ま、そんな深刻な顔すんなって。また一から準備しなおせばいいんだ」
男はそういうと「じゃあな、ヒーロー」といって去っていった。
俺は男の背中を見送ると、ふたたび体を横たえた。
そして、思い返そうとした。キメラとの戦いを。
しかし、うまくいかない。
まるでその部分の記憶だけがモヤがかかったようにぼんやりとする。
バルトロスを助けに教会に向かった、というところまでは、はっきりとおぼえているというのに。
「キメラは……全滅……か」
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それから数日、俺たちはモモロの町で傷をいやした。
そして、今日、紋章師養成院にもどる事となった。
部屋で荷造りをしているところにハルエリーゼが訪れる。
俺達はみな手を止めてハルエリーゼのもとに集まった。
ハルエリーゼは、「今回はすまなかった」と、頭を下げた。
もう何度目だろう、彼がこうして俺たちに謝るのは。
今回の想定外の出来事に関して、かなりの責任を感じているらしく、俺たちの顔を見るたびに深々と頭を下げてくるのだ。
それを見たリリカが困ったように口を開く。
「ハルエリーゼさん、頭を上げてください」
「……しかし、今回の件は完全にわたしの過ちだ。養成院の生徒達をこんな危険な目にあわせてしまうとは……」
「でも、こうしてみんな無事なんだし。それに、私たちにとっても今回の作戦に参加して得たものは大きいです」
「そう言ってもらえると、ありがたいが……今回の一件は養成院のポープ院長にも報告させてもらった。院長からはかなりのお叱りを受けてしまったよ……心から、反省している」
次に、ハルエリーゼはバルトロス目をやる。
「バルトロス君、傷の方は大丈夫かい?」
バルトロスは右目に包帯をあてられた顔でにこりと笑った。
「はい。痛みはほぼひきました。それに……俺はハルエリーゼさんには、むしろお礼を言いたいんです」
「わたしに礼を?」
「はい。俺は今回の作戦に参加して思い知ったんです。自分の未熟さを。それなりに戦えるんじゃないかと思っていたんですけど、それは俺のうぬぼれでした。だって、あのキメラに手も足も出なかったんですから。まだまだ訓練が足りないようです」
「そんなことはないよ。キミはよく戦ってくれた。あの場にいた傭兵たちからも、キミの働きは聞かせてもらった。立派だよ」
「……もしも、またこういう作戦があれば、是非参加させてください」
「まぁ、それは少し考えさせてもらうよ」
ハルエリーゼは苦笑いをした後、こちらに顔を向けた。
「ウル君も、脇腹の怪我は大丈夫かい?」
急に話をふられて、俺は一瞬固まる。
「え? あ、はい」
「ならばよかった」
「あの、怪我はもう大丈夫なんですが……でかい球体キメラが死んでいた原因はわかったんですか?」
「ふうむ。それなんだが……いまだにどのように倒されたのかはわかっていない。これと言った致命傷が体のどこにも見あたらないからね。あの球体キメラと周りにいた数体のキメラは、突然死したように見える。最後に戦っていたのはキミたちのはずだが、キミたちに覚えがないのならば、正直、原因を探りようがない。また何かわかれば、教えるよ」
「はい」
ハルエリーゼはみなと握手した後、最後にもう一度頭を下げて部屋を出ていった。
みなでハルエリーゼの背中を見送った後。
ファイリアスが口を開く。
「ふっ、しかし、今回はとんだ災難だ。宮廷魔術騎士団になる前に、こんなところで死んだら笑い話にもなりはしない。お前ら、この貸しは必ず返してもらうからな」
ファイリアスはそう言い捨てると、再び荷造りをはじめた。
俺たちも各々のベッドの前に戻り、手持ちの荷物を詰め込んだ。
今回の俺たちの護衛作戦は結局、中止となった。
これからまた、マヌル紋章師養成院にもどり、魔術の特訓が始まるのだ。
その時、かがんだ俺の耳元で、声がした。
____ウル・べリントン
俺はぞくりとして、立ち上がる。後ろをパッと振り返った。
しかし、誰もいるはずがない。
でも、いま確かに聞こえた気がしたんだ、誰かの声が。
俺の名を呼んだ。
しかも、養成院では、誰も知るはずがない俺の本名、ウル・べリントン、と。
俺の視線に気がついたシールズがこちらを不思議そうに眺める。
「どうしたんだよ、ウル。ぼーっとしちゃって」
「いや、別に……」
「はぁ、なんだか、何しに来たんだかってかんじだよね」
「そうだな」
俺は手元に視線を戻し、着替えを荷袋に詰め込んだ。
養成院にかえれば、また、ポープ先生の魔術の特訓が始まるのだ。
第十一章 学園編Ⅲ 魔術の特訓
完
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また、続きがかければと思います。
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