ウルの覚醒
あれ? ここは、どこだろう。
見渡す限りの白い平原。俺はただ一人、突っ立っていた。
上も、下も、右も、左も、どこまかしこも真っしろけ。
俺は、確か、バルトロスを助けるために、教会に入り込んでキメラと戦っていたはず。
それにしても、なんだかここには、前にも来たような。
____あ、そうか。ここは、またいつもの、夢の部屋……か
そうだここはきっと夢の中。最近よく見る、あの夢なのだろう。
どれだけ目を凝らしても何も見えない。
どれだけ走っても、どこにもたどりかない。
あの、広大な白い部屋だ。
____いや、ここはまるで、出口のない、白い牢獄だ
俺は慌てて走り出す。なぜか無性に不安になる。
ここは本当に、シールズの言っていた転生の部屋なのだろうか。
生まれる前に訪れるという神様と話す部屋。
それとも、死ぬ前に訪れるという、死神様と話す部屋。
どっちなんだろう。
____どうせなら、さっさと出てきやがれ! 俺をつけ狙う、クソ死神が!!
俺の声にならない叫びがこだまする。
その時、まるで俺の声に呼応するかのように、どこかから声が聞こえた。
俺はすべての意識を耳にあつめる。ぐっと目を閉じ、その声に焦点を当てる。
その時、後ろに気配を感じる。
俺はおそるおそる、ゆっくりと、振り返る。そこには。
黒いローブの人物がさかさまに浮かんでいた。
俺はその人物に向き合った。その黒いローブの人物はうつむいたまま何も言わない。
俺は、聞いてみた。
「アンタ、どうしてさかさまなんだ?」
その人物はふと顔を上げた。
フードの奥に顔はなく、そこにあるのはただの闇。
闇が話す。
「さかさまなのは、お前のほう。ウル・べリントン」
「あの……死神様、どうして俺の名を?」
「ふん! 死神なものか。アタシが死神だったらとっくの昔にオマエをあの世へ送っているわ」
「なにをそんなにカリカリしてるんだよ。ていうかアンタ、死神様じゃなかったら誰? 顔が真っ黒いから闇?」
「好きなように呼べ」
「じゃ、闇ってよぶことにするわ」
「悪くない。我が名はヤミだ。しかし、今はふざけている場合じゃない。オマエは今、宙づりになり、死にかけているのだから」
「あぁ……そうだったっけ……俺、何を、してたんだっけ……?」
ヤミはすすっと俺に近寄り、俺のひたいに指をあてた。
「お前の体にはアタシの魔力が宿っている。いいか、今から呪いの魔術をおまえに伝授してやる。目をさましたら、アタシのおしえた呪詞(呪文)を一息で唱えろ。そして“標的”に手をかざし、そいつの中心をひねりつぶすように拳をつくるがいい。標的を一瞬で呪い殺すのだ。お前のありったけの憎悪をすべてぶつけろ。いいな?」
「え、俺の憎悪だって? よくわからないな。そんな事、急に言われても……それに、呪詞(呪文)を覚える時間もないじゃないか」
「助け船をだしてやる。さぁ……じきに目を覚ます……」
ヤミの真っ黒な顔がフードから広がっていく。ゆっくりと、白い部屋が真っ暗なヤミに侵食されていく。
____おい、ヤミ、どこへくんだよ。あれ? 俺は一体、なにを
____ヤミ
目を開いた瞬間。俺の顔の前にキメラの真っ赤な口があんぐりと迫る。
無数の牙が奥まで見えた。こんなのに噛まれたら、ひと噛みで体がバラバラになっちまう。
その時、俺の頭の中に、何かが流れ込んでくるような感覚。
俺は咄嗟に目を閉じて、頭に浮かぶ古代語を一息で黙唱する。
よくわからないが、もはや身を任せるしかない。
俺は唱え終わると、目の前のキメラに手をかざした。そして、ゆっくりと拳を作っていく。
目の前のキメラの中心を握りつぶすように。
そして、俺はつぶやいた。
____即死呪殺
俺のてのひらに、柔らかくて生暖かい感触があたる。
俺はそれを一気にひねりつぶした。
ぎゅちゅ、という鈍い音と共に、見えない何かがつぶれる。
途端に、俺の足に巻き付いていた触手がだらりと力を失った。
俺はそのまま、一気に地に落とされた。
「ぐえっ!」
かろうじて頭からの落下をふせぐ。
しかし、なんだいまのは。でも、考えている時間はない。
俺はすぐに体勢を整えて、立ち上がると周囲を見回す。
何匹ものキメラが触手を振り回しながらうごめいている。触手の先にはとらえられたみなの姿。だれもが、ぐったりと目を閉じている。
「くそう! 一匹ずつでは間に合わない!」
俺はあとずさり、やつら全員を視界におさめる。
そして、目にうつるすべてのキメラめがけて両手をひろげた。
さっきから、体の中から際限なく湧き出てくるこのどうしようもない魔力は何だ。
抗いようのない巨大な魔力。
俺の中で生まれる、キメラに対する、怒り。憎悪、嫌悪。
「……クソキメラどもが……みんなから!! 手を離しやがれえ!!」
俺は再び頭の中に流れ込んでくる古代語を心で唱える。
そして両手を教会中のキメラを標的として振りあげた。
____全体即死呪殺
俺の両手一杯にひろがる、あの感触。
やわらかい、生の肉を握るようなあのぐにゃりとしたゆび触り。
そうか。わかった。
この感触。
これは、キメラの“心臓”なのだ。
俺は今、こいつらの心臓をこの手のなかにおさめているのだ。
俺はキメラたちのみえない心臓をゆっくりとひねりつぶしていく。
ギリギリとしめあげる。指にありったけの力を込めて。
生きたままのやつらの心臓を握りつぶしていくのだ。
あちこちから、キメラ達の悲痛な叫び声がこだまする。
____ギュイイイイイイイ!!!
____ピイイギャアアアアアアアアアアアア!!!!!!
____イイイイタアアアアイイイイヨオオオオ、オギャアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
そうだ、叫べ、叫ぶがいい。どうせ最後なのだから思い切り叫ぶがいい。
死ぬまでの束の間、叫び続けろ。
耳に届く、やつらの断末魔が心地いい。
そうだ、全員死ぬがいい。
俺は祭壇の上に偉そうに陣取っていた球体キメラに目をやった。
球体キメラは全身を、すべての触手を、ぴくぴくと小刻みに痙攣させている。
中央にある大きな目玉はカッと見開き、俺を見ていた。
その目は、まるで恐怖におののくように、左右に震えていた。
俺はじっと球体キメラの目玉を見つめた。
やつの目は次第に力なく、閉じていく。
俺はじっと化け物どもの死にざまを見つめる。
キメラ達の断末魔に混ざり、別の声が聞こえてきた。
その声が、俺自身の笑い声だと気がついた頃には、キメラ達は一匹残らず、死に絶えていた。
この俺に心臓をつぶされて。