キメラの大ボス 球体キメラ
教会まで続く道。
あちこちで、倒れている傷ついた傭兵団の男たち。彼らに、俺たちが持っていた傷治癒薬瓶を渡していく。
教会の入り口にたどり着くころには俺たちの持っていた傷治癒薬瓶はすっからかんになっていた。
俺たちは、教会の扉の前で立ち止まる。
この中に、ひときわ大きなキメラがいるはずだ。
後ろから、シールズとリリカのやり取りが聞こえる。
シールズが弱々しい声でいう。
「はぁ……もってきた傷治癒薬瓶ぜーんぶ渡しちゃったよね。一個ぐらいとっとくべきだったのかも……」
弱音を吐くシールズを、しかりつけるように諭すリリカ。
「仕方ないでしょ。今からまた宿屋に取りに帰れとでもいいたいの?」
「そういうわけじゃないけど……ボク、痛いのは嫌だなぁ……あれって痛み止めの効果もあるからさ」
「私たちでも、無傷でキメラに勝てたじゃないの、さっきの要領でやれば大丈夫よ」
「でもさ、さっきは1対4だったからだろ。中に2匹以上いたら、やばいよ」
「その時は、その時よ」
「いつものリリカらしくないなぁ……屁理屈でいいから、もっと勇気づけてよ」
「もう! うるさいわね、グズグズと!」
俺は意を決して教会の扉を押しひろげた。
その光景に、目を奪われる。
教会の一番奥、祭壇の上に、ひときわ巨大な球体キメラがはりついていた。
やつの大きな目玉が、俺をじろりと睨みつける。
床中に折れた椅子やテーブル、ろうそくの残骸がちらばり、あちこちから火が出ている。傷ついた傭兵たちがそこら中に倒れている。
生臭い血のニオイが充満している。傭兵たちはピクリとも動かない。生きているのか、死んでいるのかすらわからない。
一番奥にいる球体キメラは、俺たちとはまだ距離があるせいか、とくに動こうとはしなかった。ゆらゆらと、体の周りに触手を揺らしているだけだ。
教会内は、その悲惨な光景とは裏腹に、奇妙なほどに静かだった。
俺たちは巨大な球体キメラを見上げながら、慎重に足音を忍ばせてあるく。
すぐ後ろから、ファイリアスのささやく声。
「ウル、お前……何をする気だ」
「バルトロスだ……バルトロスを探してくれ……」
「あのでかいキメラはどうするつもりだ」
「奴が仕掛けてきたら戦うしかない。でも、いまは、キメラよりも、バルトロスが優先だ」
「ちっ……バルトロスならあそこだ。でかいキメラのすぐ右側の柱のそば」
俺はファイリアスの言った先に目をやる。
たしかに。いた。
柱にもたれかかるようにしてうなだれているのは間違いなく、赤マントを羽織ったバルトロスだ。ファイリアスは続ける。
「どうやらここにいるのは、あのでかいキメラ一匹だけのようだ……よくわからんが、今は落ち着いているらしい。こちらに気がついているのに攻撃をしかけてこない」
「あぁ……」
「お前とバルトロスを盾の魔術で守るようシールズには指示する。俺とリリカはいつでも攻撃に移れるように、少し離れた柱の陰で待機する。それでいいな?」
「わかった」
「何かあった場合はハルエリーゼさんからもらった閃光瓶を使え。あのキメラに効くかどうかはわからんが……もしもバルトロスが生きていたら頭の上でマル、すでに死んでいたら、バツを作れ、いいな?」
ファイリアスは非情な命令を俺に下した。
バルトロスが死んでいるだなんて。そんなことは想像したくない。
けれど、ここからでは息をしているのかどうかすら、わからないのだ。
俺はファイリアスの指示に、小さくうなずいて、さらに奥にすすんだ。
球体キメラを刺激しないように。奴の動きに気を配りながら。
ゆっくりと、ゆっくりと。
祭壇の奥の壁にはりついた球体キメラは俺に焦点を合わせつつ、まだ、何もしては来なかった。さっきと同じようにからだの周りにふらふらと触手を揺らしているだけだ。
俺はついにバルトロスのもとにたどり着いた。
誰の血なのかもわからないほど、バルトロスの羽織ったマントは血にまみれていた。
うなだれた顔の半分は、赤く腫れあがり、手も足も傷だらけだ。
俺は、おそるおそる、バルトロスの首元に手を当てる。祈るように。
トクン、と俺の指先に、バルトロスの命の脈が触れた。
「……よかった。生きている」
俺は、素早く後ろを振り返り、頭の上で両腕でまるを作った。
みながうなずいて、こちらに近寄ってくる。
とたん。
不意に周囲の空気が揺らいだ気がした。俺は動きを止め息をひそめる。
すると、柱のかげからキメラの触手が伸びてくる。
「しまっ……た」
柱のかげ、天井の隅、倒れた机の下。あちこちから数匹のキメラがぞわぞわと這い出してきた。いままで、影になって見えなかった。そこにキメラ達は潜んでいたのだ。
身を潜めて待ち伏せをしていたのだ。
俺たちの周囲にキメラが群がってくる。囲まれた。もはや逃げ場はない。
そうか。
やつらは、バルトロスをエサにして俺たちを誘い込んだのだ。
奇怪な見た目にだまされた。
やつらは俺たちが考えていた以上に高い知能をもちあわせていたのだ。
なぜ、やつらはこの教会に逃げ込んだのか。
なぜ、やつらは今までじっとしていたのか。
今さらわかった。
やつらは傭兵団に追われて教会に逃げ込んだのではない。
やつらは、わざとここに逃げ込み、自らの網にエサがかかるのを待っていたのだ。
糸を張り、息をひそめてひっそりとまつ、毒蜘蛛のように。
はめられた。
しかし、それを理解したところで、すでに遅い。
その時、俺の体に真横から衝撃が走った。
何が起きたかわからない。視界がぶれて、俺の体は何かに激突した。
脇腹の奥でゴキッと鈍い音がした。
ああ、骨が、折れた、な。
俺はそのまま倒れ込む。からだの中がジンジンとする。
その時、俺に差し迫ったのは、痛みに対する恐怖ではなく、死に対する恐怖だった。
一度死んだはずの俺でも、やはりもう一度死ぬのは怖いのだな。
そんな思いが、頭を駆け巡った。
手に足に、腹に首に、ぐにょりとした不快な感触が巻き付いてくる。
なんだか、体がふわりと宙に浮かんだ気がした。
俺は薄れていく意識の中で、なんとか目を開く。
____みんなは、みんな、は無事、なの、か。
薄い視界にうつったのは、崩れた教会の中で、キメラ達の触手にまかれていくみんなの姿。
なにかを叫んで剣を振りまわしているファイリアスの姿が見えた。その後ろで、こちらを見上げて、泣き叫ぶシールズが見えた。そのすぐ隣には、触手にあしもとをすくわれて転んだリリカが見えた。
そして柱の根元に、横たわる、バルトロスが見えた。バルトロスの首に触手が巻きつく。
巣だ。
この教会は、キメラの巣だ。
こんな、ところにきちゃ、いけなかったんだ。
きっと、きっと。どこかで、選択を、間違えた。
俺の首に、ぎりぎりと、圧が、加わって、いく、頭が、ぼんやり、してきた
だん、だん、と、息が、つまって、
ああ、今度、こそ、
ほん、とう
に、
し