作戦前夜
ようやく着いたモモロの町。
荷馬車での旅程を終える頃には、俺たちの疲れはすでにピークに達していた。
これから作戦だってのに、こんなので本当に作戦に参加できるのか不安ではある。
俺たちは、荷馬車から降りると、馭者の後について、湖沿いにある宿屋にたどり着いた。
俺たちが泊まる大部屋のとびらを開けた瞬間、広がる景色に息をのむ。
俺たちは部屋のまどぎわまで近寄ると、入り込んでくるひんやりした空気を吸いこんだ。
眼下に広がるのは巨大な湖。
リリカの小さな声。
「わぁ、なんて綺麗な湖」
エメラルドグリーンに輝くなだらかな湖面を見ると、旅の疲れがほんの少し和らいだ。
俺たちは、荷物をおろすと早速、食堂に向かい、準備されていた昼食を腹におさめた。
全ての皿が片付けられたあたりで、ハルエリーゼが食堂につかつかと入ってきた。
大きな男がその後ろに付き従う。
大男の胸には銀に輝く厳めしい胸当て。そして、腰には大きな剣がぶら下がっている。
俺たちは一斉に立ち上がり、敬礼をした。
ハルエリーゼは手を軽く振り「敬礼などいらぬ」と苦く笑った。そして「座ってくれ」と付け加える。その言葉に従い、俺たちは腰を降ろした。
ハルエリーゼと大男は俺達の座るテーブルの前に立ちどまる。
すると、ハルエリーゼよりも先に後ろの大男が、堪らずに、という感じで先に口を開いた。
「ハルエリーゼの旦那、我々は紋章師が来ると聞いていたんですが、まさか、この子らが?」
「彼らは紋章師だよ。まだ養成院の生徒たちではあるが。事前に伝えていたはずだが」
「……あ、いや、まさか本当に養成院の生徒が来るとは」
不安そうに顔をゆがめた男の言葉に、どこか気まずい空気がながれた。
なんだか来てはいけなかったような気分だ。
その空気をひっくりかえすように、バルトロスが椅子を、ずずっと後ろにずらしながら立ち上がった。そして大男に向かって伝えた。
「養成院の生徒では不安かと思いますが、一生懸命、護衛させてもらいます」
大男は慌てたように大きく手を振る。
「いや、いや、そういうわけではねぇんだが……おっと、自己紹介が遅れたな。おれは貨物部隊の指揮を執る傭兵団長のグリゴリだ。よろしく頼むな」
グリゴリはそういうと軽く頭を下げた。俺たちも会釈する。
すると、グリゴリはそそくさと背を向けて食堂を出ていってしまった。
ハルエリーゼはグリゴリを見送ると、こちらに向き直り口を開いた。
「すまないね。悪い男ではないのだが、少し気が利かないところがあってね……」
腰をおろしたバルトロスの隣に座っていたファイリアスが、グリゴリの出ていった扉を憮然と睨みつけた。
「ふんっ。失礼な奴だ。傭兵の分際で。あとでほえ面かかせてやる」
それを見ていたリリカが、はす向かいの席から話した。
「でも、あの態度も無理はないかも……私たちってみるからに……ねぇ」
ふいにリリカと目が合った。
なんだ、なんだ。その目は。
しかしだ、リリカ、その意見には全面的に賛同する。
こんな俺たちみたいなでこぼこチームをみて、安心する人はあんまりいないだろう。
俺はぐるりと、我が“ファイリアス班”を見渡す。
むっつりと押しだまった筋肉だるまの、バルトロス。
口の周りにさっき食べ終えたばかりの昼食の食べかすをこびりつけている、シールズ。
前髪のセットに心血を注ぐ、赤毛のキザ野郎、ファイリアス。
小柄で華奢、負けん気だけは一人前のリリカ。
そして、白銀の髪の毛の下に、青白い顔をして息を切らす俺、だもの。
ハッキリ言って、ぱっと見だと、俺たちの誰よりも、さっきのグリゴリという男の方が強そうだ。
それにしても。
俺はハルエリーゼを見上げた。
「ハルエリーゼさん。いまさっきのグリゴリさんは、宮廷魔術騎士団ではなく、傭兵なんですね……」
「そうだ。以前にも言ったが、近隣にいる我がマヌル領宮廷魔術騎士団員達は、キメラの討伐にほとんどの人員を割かれている。後方支援にキミたちの手を借りねばならぬほどにね」
「傭兵の人たちは、当然のごとく……紋章師ではないんですよね?」
「そうだ。彼らは魔術を扱える者たちではないが……腕っぷしの強さは保証できる」
ハルエリーゼは「さて」と仕切りなおした。
「言っておいたステータス表を今から書いてもらおうかと思うが……どうかな」
リリカがそれにこたえる。
「大丈夫です。すでに全員が作成済みです」
「ほう。準備万端だな」
ていうか、全員、リリカに無理やり書かされた、というのが正解なんだけど。
俺たちはそれぞれのステータス表を、ハルエリーゼに手渡した。
剣の紋章師 :バルトロス
盾の紋章師 :シールズ
火の紋章師 :ファイリアス
雷の紋章師 :リリカ
呪いの紋章師:ウル
俺たちの班は、この5人での編成となる。
しばらく手元のステータス表を眺めていたハルエリーゼがぽつりとつぶやく。
「……ふむ。では、まず先に君たちに渡しておくものがある」
そういうとハルエリーゼは食堂の隅にあった木箱に歩み寄る。ガサゴソと中から何かを取り出してきてテーブルに置いた。
俺はテーブルに置かれたそれをじっと見つめる。
なんだろうか、腰巻きのようだけれど。
ハルエリーゼが口を開く。
「これは宮廷魔術騎士団員に配布されている魔道具用の道具隠しだ。ベルトを腰に巻いて装備する。ポケットは4つある。自分が使いそうな魔道具を選択しここに忍ばせておくことができる」
ハルエリーゼはそう言いながら、ツールポケットをみなが見えるよう掲げる。黒革の腰ベルト、そこにポケットが4つある小袋がぶら下がっている。
「ヒトにより中に仕込む魔道具は変わってくるが……今回はキミたちに、宮廷魔術騎士団の標準装備4つを渡しておこう」
そう言いながらハルエリーゼはポケットの中にすでに入っていた魔道具を取り出していく。
その4つはこうだった。
〇傷治癒薬瓶(小)
〇魔力回復薬瓶(小)
〇閃光瓶
〇灯火瓶
ハルエリーゼは一つ一つを前にかざして、みなに見えるようにしながら説明する。
「ポーションとエーテルは説明不要だと思うので省こう。閃光瓶は、いわゆる目くらましに使うものだ。瓶を割って3秒後、非常に強力な光を放つ。使用する場合はかならず顔を伏せ目を閉じるように。光を直接見てしまうと15~20秒程度は視界が制限される」
次にハルエリーゼは赤く光る小瓶を手に持った。
「そして、これが、灯火瓶。いわゆる明かりとして使うものになる。夜の森や洞窟なんかで重宝する事になるだろう」
魔道具の説明をひと通り終えるとハルエリーゼは皆の前に、順番にツールポケットを置いていった。みな、さっそく手をのばし、我先にと自分の腰に巻きはじめる。
俺も目の前に置かれたツールポケットを手に取り、自分の腰にぐるりとまわしベルトをぐっと止める。
わるくない。ちょっとカッコいいし、なんだかワクワクする。
急に自分がいっぱしの紋章師になったような気分になる。
その時、俺の隣でわさわさと腕を動かしていたシールズが顔を上げ、泣きそうな声を上げる。
「あのぅ……ハルエリーゼさん。ボク、ベルトの長さが足りないんですけど……」
その言葉にハルエリーゼが慌てて違うツールポケットを持ってきた。
「わるい、わるい。大きめのサイズを選んだつもりだったが。これならば大丈夫だろう」
シールズは代わりのツールポケットをハルエリーゼから受け取ると腰に装着する。
どうやら今度はシールズのぶっとい腹にも巻き付けられたようだ。
みなにツールポケットを配り終えると、ハルエリーゼは再びテーブルの前に立ち「それから……」と切り出す。
みながハルエリーゼに注目する。
「あとで、キミたちに、宮廷魔術騎士団の赤マントを渡そう。今回の作戦の間のみではあるがね」
その言葉を聞いたバルトロスが顔を赤らめて、興奮気味にさけんだ。
「え!? ほ、本当ですか。あの赤マントを!?」
嬉しそうなバルトロスにハルエリーゼは告げた。
「そうだ。あの赤マントは、見た目があざやかなだけでなく防御性能もかなり高いぞ。ある程度の斬撃にも耐えうる強度を持っている。後で部屋までもっていくよ」
一堂はさけぶ。
「やったぁ!!!」
ハルエリーゼが食堂から去った後、俺たちは食堂のテーブルを囲み額を寄せ合う。
これから、ハルエリーゼから与えられた宿題の続きをしなくてはいけないのだ。
宿題の続き。
それは、互いのステータス表を確認し、作戦を考える事。
誰がどのような役割を担うべきかを、自分たちで考えるのだ。
これは宮廷魔術騎士団の実際の作戦であり、俺たちの授業でもある。
俺たちは互いのステータス表を順にまわして目を通していく。
それぞれの魔術の種類や効果の確認、得意武器なんかを話し合う。
一通り、意見を戦わせたあと、俺たちは互いを見渡した。
リリカが口を開く。
「じゃ……いよいよ明日が、本番ね」
ファイリアスが余裕の表情で答える。
「ふん。お前ら、俺の足を引っ張るんじゃないぞ」