アリシア・ハルンのこころ ④ ひどい仕打ち
マヌル紋章師養成での魔力測定会を終えた後、私たち一行が向かったのはそのお隣であるべリントン領。
お次は、べリントン紋章師養成院で魔力測定会を行わなくてはならないのだ。
しかし、べリントン紋章師養成院に行く前に、まずは領主であるべリントン家の居城、ティフリー城へ向かわなくてはならなかった。
その理由は、お悔やみを伝える為。
数か月前に、べリントン家の次男様が亡くなったばかりなのだ。
現在は、べリントン領内全域が喪に服している。お祭りや催しごとなど一切が中止されているそうだ。
私たち一行は黒い正装に身を包み、ティフリー城に到着する。
領主様への挨拶の前に、まずは、若くして亡くなったべリトン家次男様の墓所へと案内された。
べリントン家に仕える兵士たちに従い、私とフューゴ局長、そのうしろに他の局員たちが付き従う。皆、真っ黒の服で押し黙ったまましずしずと歩いていく。
そんな中、フューゴ局長はいつも通り、私の隣で大あくびをしている。
「ふぁぁ~……」
私が驚いて、おもわず局長に目をむけると、フューゴ局長は咄嗟に口を押えた。
「……っと、すまん」
「……局長、不謹慎とまではいいませんが……頼みますから、べリントン家の人たちがこっちを見ているときは、絶対にあくびは控えてくださいよ」
「わかったよ。だがなぁ、正直……僕は“しきたり”というやつはあまり好かん質だから」
「……局長って、こういうまじめな雰囲気、苦手ですものね……」
「……そうだ、さっきから、あくびを噛み殺すのに必死さ」
私たちは周囲に聞こえないよう互いに耳打ちしながら会話する。
一体いくつの墓標があるのやら。
しかも、どの墓標も私たちの背丈を越える程に立派で、その形も様々だ。
人物をかたどった銅像であったり、十字架の彫刻であったり。
そして、その表面には美麗な文字で深々と名が刻まれている。
私は声をひそめてフューゴ局長に話しかける。
「……それにしても、すごいですね。まるで美術館にでも来たような気分です」
「エインズ王国が誇る七大貴族、その筆頭のべリントン家だからね。華麗なる一族ってやつさ」
今一番勢いのある貴族だといわれているべリントン家。
現領主、アルグレイ・べリントン様は次期国王なんて噂されているほどの人物だ。
そのべリントン家のご子息の急死。この訃報はエインズ王国全土に響き渡った。
以降、最低でも一年間は、べリントン領内全域が喪中となる。
フューゴ局長はあたりを軽く見渡しながら、私にささやく。
「でも、正直なところ、僕はこんな立派なお墓には入りたくないなぁ……こんなものを自分の遺骨の上に建てられたら、重たすぎて胸やけしてしまいそうだし」
「……あの、局長……あまり正直すぎるのも、どうかと……」
「おっと、着いたようだ」
私たちが前を向くと少し先、ある墓標のまえで兵士たちが立ち止まる。
そして私たちに道を開けた。
フューゴ局長から順にべリントン家次男様の墓標の前で膝を折り、祈りをささげる。
私も祈りをささげた後、次の局員に道を譲り整列する。
なんといえばいいのか。
べリントン家、次男様の墓標を見た瞬間から、私の中に、べリントン家に対する、ある種の反発心のようなものが芽生えた。
なぜなら、その次男様の墓標があまりにも質素だったから。
他は見事な彫刻がなされた墓標だというのに、次男様の墓標は味気ない正方形の墓石。
私のひざ下あたりの石の塊はまるで墓を作りかけている途中のように見えた。
それほどに酷かった。
べつに質素な墓標が悪いと言いたいわけじゃない。
素朴な事がいけないと言いたいわけじゃない。
でも、この墓標のシンプルさには悪意があった。
周囲とワザと差をつけてやろうというような、そんな底意地のわるさを感じたのだ。
若くして亡くなったというべリントン家次男。その人物は、死してなお、こんな仕打ちを受けなければならないほどに、悪行を働いたのだろうか。
死んでなお、辱めを受ける程の事をしたのだろうか。
まさか、墓所で、こんなものを見せつけられるだなんて。
その時フューゴ局長の声がそっと私の耳に届いた。
「ハルン君。今は、自分の気持ちをそっとしまって……静かに祈ろうじゃないか」
「……はい、彼の為に」
「そう、ウル・べリントン様の為にね」
荘厳に静まり返った朝の墓所。どこからか響く、鳥のさえずり。
その鳴き声は、皆の頭上に降り注いだ。