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アリシア・ハルンのこころ ② 後ろの正面だあれ

朝から始まった魔力測定会は、とどこおりなく進んでいた。

緊張した面持ちの紋章師養成院の新入生たち。講堂入口の扉から順に列をなしている。

名前を呼ばれるたびに「はい」と大きな声で返答し、一名が進み魔力測定器の上に立つ。

そして。



ある子は

「ちょえええええええ!」



そして別のある子は

「はぁああああああ! みなぎれ! 我が魔力!」



また、また次の子は

「ふん! 魔力装填!!」



と、さまざまな決めゼリフを叫ぶ。

この一言叫ぶ慣習っていつから始まったんだろう。

声をだせば魔力の測定値があがるってもんでもないんだけど。


私の隣の席。テーブルに片肘をついてそれを眺めていたフューゴ局長。

何か言いたげにこちらをちらりと見た。

その瞬間、ばっちりと目が合ってしまった。

フューゴ局長は、少し肩を上げて、口元に手を当てると、小声でささやく。



「……なぁ、ハルン君、魔力測定会というのは、大声選手権も兼ねてるのかな……?」

「ま、まぁ、みな“そういうお年頃”ということで……あの、あれでしたら、叫ぶの……やめさせます?」

「いや……別にどっちでもいいんだけど」

「私はすきですけどね……大声選手権」

「まぁ、魔力測定時の”魔術光(まじゅつこう)”っていうのは天秤(てんびん)の紋章師である君にしか見えないからね……ここでは君がルールさ。キミがいいならいいんだ……」




フューゴ局長はそういうと、再び顔を生徒達のほうに向けて、目を細めた。


魔力測定といっても、明確に何かの数値が浮かび上がるわけではない。

まず生徒が魔力測定器の上に立つ。その後、天秤の紋章師である私が生徒に向かって“分析術”をかける。

それにより、その子の体から魔術光(まじゅつこう)というものが発せられるのだ。


魔術光は、魔術を発動させたときに浮かび上がる光の総称。

普通は、魔術を発動させた時にしか見えないけれど、私は分析術によって見る事ができる。しかも潜在的なものまで。


その魔術光の色、濃さ、強さ、大きさなどから、私が判断し大まかに数値化していくという作業になる。

つまり、いま魔力測定器の上に立っている生徒達には何も見えてはいない。

彼らが自分の魔力測定の結果を知るのは、もう少し後になる。





フューゴ局長の声が、ぼそっと聞こえる。



「おっと、次が例の子かな……」




目の前の生徒が去った後、今朝、局長と話していた時に名前が出た、ウルという生徒が魔力測定器に上る。

フューゴ局長が、ぬっと身を乗り出す。




「……ふむ、この子がポープ院長の教え子……たしか呪いの紋章師」

「のようです。さっきの子と比べると、なんだかちょっと、不健康そうな……」

「15歳で、髪色がすでに銀灰色(シルバーグレイ)とはねぇ……僕ですら、白髪はまだ数本しか生えていないのに」

「あらフューゴ局長、白髪あったんですか? 私、気がつきませんでした」

「最近横の方からね……」



私たちがそんなことを話している間、ウルは魔力測定器の上で面倒くさそうにぼんやりと立っている。

しばらく、その姿をじっと見ていたフューゴ局長が、私につぶやく。




「……なんだ、彼は“叫ばない系”か」

「なんですかそれ?」

「いや、なんとなく」

「では……」



私は分析術の秤詞(ノリト)(呪文)を唱えた。

ウルの周りに涼やかな光が集まり、彼を包み込んでいく。

白と青、ほかにも様々な輝きが見える。

けれど、先ほどの生徒ほどのちから強さは感じられない。

隣からフューゴ局長のひそひそ声。




「……どうだ。ハルン君。ポープ院長の秘蔵っ子の魔力は……」

「良いものは持っていますが、先ほどの子よりは……でも……なにかしら……あれは」

「ん、どうしたんだい?」

「なんでしょう……彼の魔術光の後ろにも……何かがぼんやりと……」

「何か、とは?」

「私にも、よくは……」




ウルの魔術光がゆらゆらと彼の体を包んでいる。そこまでは今までの生徒達と同じ。

問題は、その、後ろ。

彼よりも一回り大きな真っ黒な人影のようなものが浮かんで見える。


彼の魔術光の形かとも思ったけれど、どうも違う。

たとえようのない異質感。彼とは違う、何か別の存在。

こんな光景は、はじめて。


私の背筋が冷たくなる。

その黒い影はまるで彼に後ろからつかみかかるように、彼の両肩に手らしきものを置いている。私は集中し、さらに目を凝らしよく見る。

すると、驚くことに、その影からも魔術光らしき輪郭がぼんやりと放たれていたのだ。

その影の魔術光を目で追っていく。

私は見上げる。その影の魔術光は、この円形講堂の天井にまで届きそうなほどに大きかった。

私が黙り込んで見上げていると、私の視線にきがついたのか、フューゴ局長が口を開いた。




「ハルン君……ウル君はべつに空を飛んではいないぞ?」

「……魔術光、らしきものが天井まで……まるでこの講堂すべてを支配するかのように……」

「この講堂全体を……?」

「はい、私の……見間違え、なのかもしれませんが……」




フューゴ局長は「ふうむ……」とつぶやきこういった。




「ハルン君……このことは、いったんここだけの話にしておこう。さ、はやく、次の生徒を……」

「あ、は、はい」



私はフューゴ局長の言葉にふと我に返り、ウルにかけていた分析術を解いた。

でも、今のはいったい。

フューゴ局長が、仕切りなおすように「さて」と、声を上げる。

私も気持ちを無理やりきり替える。




「お、次の子はなかなか、いい面構えをしているな……」

「たしかに……それに、かわいらしい」




私は手元の資料に目をやる。

リリカ 雷の紋章師

歴史学 90 算学 97  ………



「フューゴ局長、彼女、魔力も強そうですが、成績の方もなかなか優秀です……」

「だな。しかし、記録によると、一度、懲罰委員会にかけられているなぁ……カンニング疑いで。残念」

「あ、そ、そうでしたっけ……?」




私は慌ててリリカの資料を隅々まで確認する。すると、記載があった。

初回の試験でのカンニング行為。一度懲罰を受けているようだ。

しかし、その後は特に授業態度に問題があるわけではないようだ。

問題がない、というよりは、模範生として名を挙げてもいいくらいの成績だけれど。



私はふと、フューゴ局長の横顔をみた。

フューゴ局長は、頭の後ろに両腕を回し、心底つまらなそうに伸びをしている。



そんなフューゴ局長の横顔を見ながら、私は、つくずく感心してしまう。

フューゴ局長は、さっき、一度だけ生徒たちの資料に目を通したばかりのはず。

それなのに、その一度だけで、生徒たちの記録のほぼすべてを頭に叩き込んでいる。

恐ろしい記憶力の持ち主。



私はリリカに視線を戻し“分析術”をかける。

リリカは目を閉じて「はぁぁぁ!」と大きな声を上げた。

すると、彼女の周囲にキラキラとした光が集まりはじめ、揺らめく光が炎のように赤く青く明滅しはじめる。光の輪郭は棘のように鋭くとがり周囲にせりだす。そして次第に、彼女の体を包む込むほどに大きく広がり、輝き始めた。




「……フューゴ局長……いままでの生徒達の中では一番強い魔術光です……」

「ほう、そうなのか。負けん気の強そうな顔をしている子だし。かなり練習を重ねてきたんだろうね」

「そのようです」




私は自分の目に映る魔術光の色や濃度、大きさを手もとの資料に追記する。

一通り書き終えると、分析術を解きリリカに声をかけた。




「お疲れ様。リリカさん。もういいわよ。じゃ、次の生徒どうぞ……」


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