宮廷紋章調査局員 アリシア・ハルンのこころ ① ★
さて、ここで少し主人公ウルの視点からはなれます。
宮廷紋章調査局員である
アリシア・ハルン、という女性の視点へと…………
ではでは……
ここはマヌル紋章師養成院内にある一番大きな円形講堂。
誰もいない講堂内に、朝の空気がひんやりと漂っている。
静まり返った講堂内を見渡し、私は一息ついた。
「ふぅ……」
今日はここが、私、アリシア・ハルンの仕事場だ。
今日は、ここで魔力測定会が行われる予定なのだ。
今年、マヌル紋章師養成院に入ったばかりの新入生たちの魔力測定会。
その為、宮廷紋章調査局から派遣された私たち一行は、前日にこの地に乗りこんでいた。
そして、一晩かけて魔力測定会の会場の準備をしていたのだ。
そして、ようやく、今しがた、一通りの準備が終わったところだ。
私は最終確認を行う。
声を出しながらの指さし確認。このひと手間が大切なのだ。
「さてと……魔力測定器の設置はおっけい。テーブルの位置もここでいいし……測定器起動の為の魔術陣も描き終えたし。あとは、生徒達を待つのみね……」
その時。
講堂の扉から、とぼとぼと入り込んできた前かがみ気味の男。
私の上司、結界の紋章師フューゴ局長だ。
私は手をあげて、声をかける。
「フューゴ局長! おはようございます!」
「ああ、おはようハルン君」
「フューゴ局長、もうちょっと何とかならないんですか? 今日は紋章師養成院の新入生たちと顔を合わせる日ですよ?」
「んん? なにが?」
「しわだらけなんですけど……」
「ああ、僕ももう、いい歳だからな」
局長はそういうと自分の頬に手を当てすりすりとした。
「いえ、私が言っているのは、顔のしわじゃなくて……服のしわのほうです」
「ん、あぁ……別に気にせんでいいだろ。僕たちの事なんて生徒たちは見ておらんし」
局長ったら、いつもこうなんだから。
くしを入れないくせっ毛の頭はひなのいない鳥の巣のようにボサボサ。
寝起きだからか、猫背がいつもよりさらにひどい。
フューゴ局長はパンツのポケットに手を突っ込んだまま、魔力測定器の周囲をぐるりと回る。
何事かをぶつぶつとつぶやいている。
私は局長に歩み寄ると、その背中に問いかけた。
「局長、なにか、問題がありましたでしょうか?」
「いや、何も。ハルン君ならばいつも完璧だから心配してないよ。まぁ、一応最終確認をするのが僕の仕事だから。形式的なものだよ。気にしないでくれ」
「はい、わかりました……あ、そうだ。局長。今日の生徒達の資料は見ていただけましたか?」
「生徒達の資料? そんなもんあったっけ?」
「もう……王都の出発時に資料をお渡ししたはずですよ。まさか、まだ目を通してくださっていないんですか?」
「あぁ、あれか……すまん、すまん。今から目を通すよ」
「もう、ほんとに……」
フューゴ局長はくるりと向きを変えると、講堂の前方にあるテーブルに向かいその上に置いてある資料を手に取った。局長はその場に立ったまま、寝起きの目をこすりながら、資料をぱらぱらとめくりはじめた。私は局長の隣につき、簡単に説明をつけ加える。
「そちらは、本年度のマヌル紋章師養成に入学した生徒たちの種別データです」
「ふむ……貴族出身者の割合が少ないんだなぁ……」
「そうですね。ただ……正確に言うと。貴族出身者の数が減っているというよりは、庶民からの入学者が増えているといったほうがいいかもしれません」
「なるほどねぇ……ヒト族以外の他種族も増えてきているな、そういう時代になりつつあるのかな」
フューゴ局長は生徒達に興味があるのか、ないのか、あくびをしながら私の説明を聞いている。その時フューゴ局長の手が止まる。局長が目を細めた。
珍しい。局長の興味を惹かれるよう事が書いてあったのだろうか。
私は横目で局長の手元のページを覗き込んだ。
「局長、何か、気になることでも?」
「いやぁ、珍しい紋章師がいるんだなぁと」
「あぁ、そうですね。今年は、稀少な紋章師が5名、入学しています」
「ふうむ……死霊……獣、呪い……氷、それに、祝福の紋章師までいるとは、珍しいな。今年はそういう年なのかねぇ……」
そういう年ってどういう意味かしら。
突然、フューゴ局長がぱっと顔を上げた。
「そういえば、ここのポープ院長は呪いの紋章師だったよなぁ?」
「ええ。それがなにか……?」
「いや、ということは、この新入生の呪いの紋章師の子。この子はポープ院長に直接魔術を習っているということか」
「そうなりますね。聞くところによると、ポープ院長はかなり厳しい指導をされるとか」
突然、フューゴ局長がふふっと笑った。
「そうだよ。それにポープ院長が直接指導することは非常に珍しいんだ。どんな子なのかな、このウル君という子は……なんだか、少し楽しみだ」