死霊の紋章師 トト との出会い
“もと俺”の故郷であるべリントン領、ティフリー城。
そこに戻り、セフィロート・べリントンの痕跡を探すという目的ができた。
とはいうものの、そんなことは、すぐには無理だ。
なにせ、この紋章師養成院の生徒には外出制限が設けられている。
生徒達に外出が許されるのは、定期試験後の休息期間である“解放の日”のあいだのみ。
それまで、この養成院のなかで出来る事を考えなくてはならない。
俺は、はやる気持ちを押さえて、二つの課題を設けた。
いまポープ先生から猛特訓を受けている傀儡術の上達が第一。
そして、第二にあげられるのは、魔術図書館での調べもの。
俺はシールズの言葉をうけて、時間があるときには、可能な限り、紋章師養成院内にある魔術図書館へと足を運んでいた。
今日も昼食後の休憩時間をつかって魔術図書館に入り浸る。
その時、俺の視界のすみにうつりこんだ、少女。
「……また、いる……」
あの子だ。
何度か魔術図書館に通っているうち、よく見かけるようになった女の子。
彼女は、いつも黒魔術関連の本棚の前にいるのだ。
俺の扱う呪いの魔術も、黒魔術に分類されている為、自然と彼女の近くの本棚をウロウロすることになる。
最初、彼女を見た時は、正直教師のほうかと勘違いしかけた。
本をなぞる指先や、その指をあてる口元からにじみだしている妙な雰囲気のせいだ。
なんというか、だだもれしているあのオーラは、女の色香というやつなのだろうか。
制服を着ていたから、かろうじて生徒だとわかる。
が、制服姿でなければおそらく、誰もが彼女の事を生徒だとは思わないだろう。
なにより俺の目を引いたのは(男ならば誰でもそうだとは思うが)その豊満な曲線にかこまれた肢体のライン。
俺は視界の隅で、彼女をビンビンに意識しながらも、何食わぬ顔で本棚を見上げていた。
ここにある魔術書や歴史書を何冊か読んでいったけれど、セフィロート・べリントンのことについて書いてある本など、あるわけもなかった。
無駄な知識ばかりがどんどん積みあがっていく。
その時、ふと、声がした。
俺が視線をずらすと、そこに彼女がいた。
彼女は、その胸を誇示するように、いたずらっぽく微笑んだ。
「最近、よくみるね。あなたも、黒魔術に分類される紋章をさずかったの?」
彼女は雰囲気だけでなく、その声すら大人びていた。どこか低く、足元の方からすっと響く声。
俺はできる限り、胸から視線をそらし答える。
「へ? あ、ぁぁ。俺は呪いの紋章をさずかったんだ」
「呪いの紋章師……か。なまえは?」
「う、ウル」
「ウルね。わたしはトトっていうの、死霊の紋章師。よろしくね」
「よ、よろしく」
「うふふ……なんだかさっきから目が泳いでるけど、大丈夫?」
「え? あ、そ、そう? いやぁ探し物が多くてね。あちこちにさ」
トトは口元をおさえて、ぷっと噴き出した。
「さがしものって、私の胸の事?」
「へ? あ、ごごめん。いや別に、そんなつもりじゃ」
「へー、ウルって大きい胸がすきなんだ?」
「いや、だから違うって!」
トトがわざとらしく、こちらにずいっと踏み込んだ。
「別にいくらでも見ていいよ、減るもんでもないし」
「な、何を言ってんださっきから」
「うふふ、冗談よ、じょうだん。ウルってうぶなのねぇ」
そういうとトトはふっと一歩後ろに下がる。そして本棚を見上げてため息交じりにつぶやいた。
「ここってろくな本ないよね……わたしが知りたいことが書いてある本なんて一つもない」
「……え?」
「ウル、あなたもそう思わない?」
「あ、まぁ……そうだな」
突然の話の転換。さっきまでのドキドキは何だったんだろう。
俺はふとトトの顔を横目でちらりと見た。
トトは物憂げな表情で本棚を見上げている。いま、死霊の紋章師といったっけ。
俺は聞いてみた。
「トト……さん?」
「トトでいいよ。あなたも今年入った新入生でしょ、わたしもそうだし」
「そうなんだ。じゃ、トト。キミは死霊の紋章を授かったって言ったよね」
「そうよ、普通は嫌がられる紋章だけど、わたしは好き。なんだかさ、不吉で、おどろおどろしくて、カッコよくない?」
なんとも返事のしようがない質問に俺は曖昧にうなずく。
トトはクスリと笑って話を続ける。
「ウル、あなたも何かを調べてるみたいだけど、ここにある本では見つからないものでしょ?」
図星を突かれた俺はびくりとする。
勘が鋭いのか。それともただのあてずっぽうか。
いや、もしかすると、トトも俺と同じように隠された何かを調べようとしているのかもしれない。俺は正直に話してみた。
「実はさ、ある呪いの紋章師について調べているんだ。でもその人は、過去にいけないことをして歴史からその名を消されてしまったんだって」
「へぇ~、なんだかいわくつきの人物なんだね」
「ああ、なんだか興味をひかれてさ……で、キミはいったい何を調べているんだ?」
「死者を呼び戻す方法」
「はい!?」
「いったでしょ。わたしは死霊の紋章師なの。でもさ、この養成院の先生たちの中に死霊の紋章をさずかった先生自体がいないのよ。意味わかんない。そんなのわかってたらここに入学なんてしてないわよね、そう思わない?」
「まぁ……たしかに」
トトは不満げに続ける。
「授業で教わるのは通り一遍の事ばっかり。なんだか全然おもしろくないの。だから、自分でいろいろな本を調べているんだけど。結局、ここにおいてある魔術書も先生たちと同じように、通り一遍の事しかおしえてくれない。この学校って、紋章師を養成するための最高教育機関ってきいたから入学したのに期待外れもいいところ」
なるほど、だからここでずっと一人で勉強していたのか。
トトの事を考えると、俺はまだ運がよかったのかもしれない。
ポープ先生という師に出会えたのだから。
トトが、くるりとこちらに向き直る。
「ね、ウル。わたしたち友達にならない?」
「え? あぁ、べつにいいけど」
「……べつにいいけど、ですって? ぷっ」
トトは笑顔で俺の首筋にだきついた。そして鼻を近づけ、フッと耳元でささやく。
「……あら、なんだかいい匂い。まるで……わたし、あなたの事、好きかも。これからよろしく。う・る・ちゃん」
思いっきりあたるトトの柔らかすぎる胸を自分の肘あたりに感じながら、俺は撃沈した。
そして、この魔術図書館での出来事が、この先続くトトとの腐れ縁を、確信した瞬間だった。