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ひとりきりの秘密の作戦 ★



ポープ先生による、連日の魔術の実践練習は、ここに来てさらに激しさを増していく。

強烈なしごきに、つい音をあげそうになるが俺は何とか持ちこたえていた。


ポープ先生のしごきは、自分が小さいころに父から受けた剣術稽古に近いものがあった。

何度も剣を手から落とし、そして、何度も拾わされた、あの感覚だ。

結局、物事を体に染み込ませる為には反復練習しかないのだ。

今考えると、あの苦い経験があったからこそ、今の状況に耐えることができているのかもしれない。



「はぁ……ポープ先生、最初はやさしいだけのじいさんかと思っていたけれど違ったようだ」




今や、やさしそうなおじい様の顔は剥がれ落ち、その後ろから見え隠れするのは鬼の顔。




「……いててて……」




今日も一日魔術訓練場で立ちっぱなしだったせいか、少し腰が痛い。

俺は自分の部屋のベッドのうえで、ゴロンと向きをかえた。

目に入ったのはシールズの背中。

シールズはベッドのすぐわきにある椅子に腰かけて、何かの本を読んでいる。


夕食の後、シールズが俺の部屋にやってくるのは毎度の事。

何をするでもなく、ふたりして一日の出来事をダラダラと話し合うのが日課になっている。

寄宿舎のこの小さな個室に、でかいシールズが入ってくると、とたんに部屋全体が縮こまったようにせまくなる。

シールズは背中のまんま話した。




「ウル。なんだか最近ずぅっと魔術練習場にいるみたいだね」

「あぁ……今は他の紋章師の授業がひと段落して、魔術練習場に空きがあるから、だってよ。俺みたいに数の少ない紋章師はなんでも後回しさ。やってらんねぇよな。シールズのほうはどうなんだよ?」

「僕たちは今、課外授業が多いよ。外に出て町に侵入する害獣の駆除の手伝いをやってる」

「へぇ……害獣駆除作戦か……さっすが“盾の紋章師”って感じだな」




シールズの奴は“盾の紋章”を授かっている。盾の魔術をあやつる防御魔術の専門家だ。

俺のような呪いの紋章師とは違って、魔術の性質が防御に特化している。

その為か、生徒とはいえど、様々な魔術作戦にかりだされることが多いらしい。

シールズはいつもそのことについて嘆いていた。“僕たちはだいたい最前線か最後尾に配備される”って。

俺は、なんとなく聞いてみた。



「なぁ、シールズ、盾の紋章師ってさ」

「うん、なぁに?」

「なんかこう、伝説の紋章師とかいないの?」

「え? なにそれ。どういう意味?」

「いや、過去にとても強い盾の紋章師がいた、みたいな伝説とかがあるのかなって」

「そうだなぁ……何人かは授業で習ったけど、名前忘れちゃったし」



ま、そんなもんか。

俺はポープ先生から聞かされた、呪いの紋章師、セフィロート・べリントンの事を思い出していた。

魔術的禁忌、倫理的禁忌をも犯し、その名を歴史から消されてしまったという人物だ。

あの話を聞いた時から、俺は片時もその名を忘れた事がなかった。

それは、彼が俺の一族であるから。俺の祖先にあたるからだ。

もし自分に関係がない人物だったとしたら、とっくにその名を忘れているのだろう。

その時、シールズがふと振り返る。




「何? 伝説の紋章師がしりたいの?」

「いんや……別にそういうわけじゃねーけど……」

「ふうん。もし何か調べ物をしたいんならば、養成院の魔術図書館に行けばいろいろ調べられるかもよ」

「それがよ、歴史書とかには載ってないかもしれねーんだよな」

「……へぇ。じゃぁ、現地に行くしかないよね」




現地? 一瞬、考える。

俺はシールズに聞いた。




「現地って、その人物の?」

「そうさ、本には載っていなくても、地元の誰かは知っているんじゃない? 僕の住んでいる村には魔術図書館なんて立派なものはないけどさ、紋章師出身者の家にはその人の事について、家族が書き残してある本が残ってたりするから。きっとその人にも家族がいるだろ」

「家族ねぇ……いわれてみれば、確かに」




といっても。セフィロート・べリントンの家族となると、もちろんそれはべリントン家の一族。

彼の事を調べるとなると、べリントン家のすむあの城に舞い戻らなくてはならない。

べリントン一族がすむのは、べリントン領の中央にある広大なティフリー城。



挿絵(By みてみん)



その地下には巨大倉庫や魔術書庫があった。あの中ならば彼の痕跡が残っている可能性もあるかもしれない。



「でも、なぁ……」

「ぶつぶと、何を言ってるんだよ」




シールズはそっぽを向いて、再び本を読み始めた。




べリントン家に戻るなんてできっこない。

なにせ俺は、あそこでは、すでに死んだことになっているんだから。

盛大な葬儀も執り行われたらしいからな。

今さらこんな姿をさらすわけにもいかないし、万が一見つかればどうなるかわからない。

他人の空似ですめばいいけれど、そうはならない気がする。


もしも、父に見つかれば、おそらく俺が本人だと感づくだろう。

父はそういう人物だ。俺の嘘など通用しない。一瞬で見破られるはずだ。

そうなれば、俺はきっと、もう一度殺される。

そして二度目の棺桶行きだ。



ウル・べリントンは、べリントン家にとって“死んでいるべき人物”なのだから。



しかし、俺の中である作戦が思いつく。

ひとりきりの秘密の作戦。

俺がいま猛特訓をうけているのは、くしくも“傀儡人形(パペットドール)を作るための魔術“なのだ。他人を操る魔術ともいえる。


俺ではない誰かの傀儡人形(パペットドール)をあやつり、あの城に侵入することができたなら。セフィロート・べリントンについての何かを調べることができるのかもしれない。


俺の目の前に明確な目的がふいに姿を現す。


傀儡人形(パペットドール)を操り、べリントン家の住むティフリー城に侵入する。

そして、セフィロート・べリントンの痕跡を探す。

一族から消された男の残した、何かを。




「戻ってみるかな……わが、居城へ」


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