呪いの魔術の授業⑦ 命令の仕方
俺は少し後方に下がり、俺の複製を向こうに振り返らせて、ポープ先生と対峙させた。
ポープ先生はどこから取り出したのか、両手に練習用の木刀を握っていた。その片方を、ふいに、コピーに向かって放り投げた。俺は慌てて指示を出す。
「木刀を握れ」
俺のコピーはすっと左手をあげたが、その手は木刀には届かなかった。
木刀はコピーの足元の床で小さくはねてカランと転がる。
しかし、コピーは、左手を天に突き出したまま、じっとしている。
俺は命令を少し変えて、小さくつぶやく。
「木刀を拾え」
コピーはなかなか動かない。
思わず俺は自分自身の体を折り曲げて、見えない木刀を拾い上げて、頭の上に持ち上げた。
そしてもう一度力強く命じる。
「木刀を!拾え!」
すると、ようやくコピーが動き出した。
足もとに落ちていた木刀を両手で握り、仰々しく上段に構えた。
しかし向きがおかしい。コピーはポープ先生の方でなく俺の方を向いて木刀を身構えている。なんなんだこいつは。
我ながら腹が立ってくる。
さっきから見ているその動き。まるでじいさんの寸劇を見ている気分だ。
あちこちの関節の動きがどこかちぐはぐだし、体も傾いているし。
なんか、ダサい。
「はぁぁぁぁぁっ! ポープ先生! どうすりゃいいんですかぁぁ! ……こんなにいちいち命令を出していたんじゃ、何もできないっす!」
ポープ先生は困り顔になる。そして俺にこう告げた。
「黙唱を体得せよ、ウル」
「も、もくしょう……」
黙唱。読んで字のごとく。声に出さず、心でとなえる魔術の詠唱方法だ。
熟練の紋章師になれば、ほとんどの魔術をこの黙唱で済ませることができるようになるらしい。周囲から見ると、まるでなにも唱えずに魔術を発動させているように見える為”無詠唱”なんてクールな言われ方もする。
が、その実、心の中では長い長い古代語をぶつくさと唱えているのだ。
本当はぜんっぜんクールじゃないんだがな。けっ。
ポープ先生が話を続ける。
「ウル。他律型の傀儡人形は術者の指示通りに動くのが最大の利点じゃ。しかし、そうやっていちいち長ったるい古代語を口に出していたのではらちが明かんのじゃ……特に戦場でそんな独り言をぶつぶつとしゃべっていれば真っ先に発見されて、一番に殺されるぞい」
「……わかってますよ……でもポープ先生、口に出しても、心の中で唱えても、呪詞(呪文)の長さは一緒でしょ?」
「そう思うじゃろう? しかしのう、ウル。心の中では永遠が一瞬となるし、その逆もまたしかり。こればかりは何度も鍛錬をして身に着けねばわからぬ領域じゃて……どんなに長い古代語もほんの数秒で唱え終わる、これが黙唱の神髄じゃぞい」
なんだかそれっぽい事をいって、また俺の事を煙に巻く気なのか、ポープ先生は。
俺はひとつ息を吸いこんだ。
そして意識を集中し、心の中で唱える。
『木刀をポープ先生に向かって振り下ろせ』
俺は自分自身の体を動かす。見えない木刀を握り、手を振り下ろした。
少しの間が開いたかと思った瞬間、俺のコピーは体の向きをかえて、ポープ先生に向かって木刀をゆっくりと振り下ろした。
____カァァァァァン
乾いた音が鼓膜に痛い。
コピーの持っていた木刀はポープ先生にはねかえされ、見事に宙を舞う。
くるくると回転しながら地に転がった。
コピーは木刀失ったあとも、木刀を振り下ろした姿勢のままでピクリとも動かない。
尻を間抜けに突き出した自分自身のすがた。自分のケツをこんなに間近で見る羽目になるとは。
なんだか、ちょっと恥ずかしいんですが。
というか、この魔術、本当に、俺に使いこなせる日がくるのだろうか。
俺の中の不安はどんどんと大きくなっていく。
ポープ先生は木刀をすっとおろすと、小さくため息をついた。
「ふう……ウル。なにをひとりで踊ってるおのじゃ。お前自身の体を動かしたところで、なんの意味もないぞ、まったく……これは考えていた以上に時間がかかりそうじゃのう……」
「う、ポープ先生ったら、なにもそんな正直に言わなくても。それって俺にセンスがないってことですよね」
「なにをいっておるのじゃ。最近の若いもんは、すぐにセンスだの才能だの生まれがどうだと言いたがる……ウル、この紋章師養成院で一番大事なのは努力じゃよ。他の教師からもそう指導されておるはずじゃ」
「は、はい……すみません……肝に銘じます」
「さて、木刀を拾いなさい。まずは傀儡人形への命令に慣れる事からはじめるのじゃ」
俺は気持ちをきりかえて、再び練習に臨む。
傀儡人形を使ってポープ先生と木刀での打ち合い稽古を続けていく中。
何度も木刀をはじきかえされ、床に落ちた木刀を拾い上げる事を繰り返しているうち。
俺は、あることに気がつきはじめた。
それは傀儡人形に対する“命令の仕方にはコツがある”という事だ。
単純な動作を一つ一つ命じるのではなく、一連の動作をつなげて命じる方がはるかに効率がよく、命令が早く伝わるという事だ。
『しゃがめ』『木刀を握れ』『立ち上がれ』『木刀を振れ』といった、ぶつ切りの命令の仕方ではなく『足元の木刀をにぎり、相手に思い切り打込め』という具合にしたほうが良いという事だ。
命令をある程度つなげた方がいいのだ。
それに気がついてから、傀儡人形の動きが明らかに変わり始めた。
といっても、じいさんの寸劇が、若者の寸劇になったという程度のものではあるけれど。
それでも、何かが前に進み始めたという実感が湧いた。
そんな、木刀での打ち合いが続くさなか、ポープ先生が小さく笑った。
「……ウル、少しコツをつかんできたようじゃのう……これはゆかいじゃのう……ほぉ、ほぉ、ほぉっ」
ポープ先生はそう言いながら、下方からの振り上げを繰り出した。
さっきまでならば、俺のコピーの持つ木刀は、その豪快な振り上げに負けて、手に持つ木刀を弾き飛ばされていた。
しかし、今回は違った。
俺は瞬時に命じていた、ほぼ無意識といってもいい速さで。
俺のコピーは、ポープ先生の振り上げをかわしたのだ。
おもわず声が漏れ出た。
「おっしゃ!」
が、次の瞬間。
ポープ先生のさらなる追撃により木刀は木の葉のごとくヒラリと舞い上がった。
はぁ、ポープ先生ってば容赦ない。
俺は勢いよく回転する木刀をながめて、ぼそりとつぶやいた。
「あら~、見事な、舞い……」