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呪いの魔術の授業③ 自分の宿命 



エルフ族やオーク族の死体を使って傀儡人形(パペットドール)を作っていただなんて。

なんておぞましい話だろう。



でもなぜ、エルフやオークなんだろう。

彼らはヒト族に比べれば、本来的に高い魔力をその身に有しているといわれているけど。それだけの理由なのだろうか。俺はその疑問をぶつけた。




「……ポープ先生。その男は、俺達ヒト族の死体は……使わなかったのですか?」

「わしが師から聞いた言い伝えによれば、その男はヒト族だけは依り代として使わなかったそうじゃ」




なんだか、嫌な予感がした。




「……ポープ先生。まさか、その男の種族って……?」

「ふむ。その男はわしらと同じ、ヒト族だ」

「自分の種族はつかわないだなんて、卑劣すぎる……それって種族差別じゃないですか」

「そうじゃのう。ここエインズ王国はヒト族の割合が最も多いが、他国にくらべれば種族間差別は、無いに等しいとされている。それでも、なにか極端な状況におちいった時に、ふいにそういう部分が見え隠れしてしまうものなのじゃろう……ただ、その男の真意がどこにあったのかは、わしらにはわからぬ話だがのう」




ポープ先生は苦々しくため息をついた。

その時、俺の頭に、ふと、同級生のシールズの顔が浮かんだ。

シールズは巨碧人(オルクス)族とヒト族との混血種。シールズは体が大きくて、臆病で、怠け者で、そして、とてもいい奴なんだ。

俺はシールズに対して何か特別な違いを感じたりはしていない。


でも、シールズ自身が俺の事をどう思っているのか、正直それはわからない。

いつも楽しく一緒にいるが、もしも、なにか抜き差しならない状況になった時、俺たちもお互いの事を差別の対象として見てしまうのだろうか。俺は、ほんの少しだけ怖くなった。



俺は、後ろに立つポープ先生を見上げる。

ポープ先生はしろいあごひげをいつものように撫でている。ポープ先生は俺の視線に気がつくと「すまんの、こんな話をしてしまって」と小さくつぶやき、次の話をつづけた。




「ウルや。この話をきいてお前がどう感じるか。わしにはわからぬ。だが伝えておこう」

「はい……呪いの紋章師として、この話を胸に刻んでおきます」

「ほっ、そういうまじめな事もいえるのじゃのう。ほぉ、ほぉ、ほぉっ」




ポープ先生はどんよりとした空気を振り払おうとするかのように、笑った。俺もつられて少し口元がゆるむ。でも、気がゆるんだのも束の間。

次に聞かされるポープ先生の話に、俺は打ちのめされることになる。



「ウル。その呪いの紋章師の男はヒト族であったと同時に、ある貴族の一員でもあった」

「そうなんですね……でも、紋章師の大半は貴族出身者なので、別に、珍しい話ではないのでは……」

「ふむ。そうなんじゃがの……その男は、今このエインズ王国を支配している七大貴族の出身者だったといわれているのじゃよ」



エインズ王国を支配する七大貴族。

俺が今いるのはマヌル家が治めているマヌル領。それ以外にもラトヴィア家、イルグラン家などの有力貴族がこのエインズ王国の各領地を支配している。

なんたって、俺もそのうちのひとつ、べリントン家の生まれなのだ。

いや、生まれだったというのが正解か。今はただのウルだし。



次にポープ先生はこういった。



「死体を使った傀儡人形(パペットドール)で、宮廷魔術騎士団をつくろうとしたその男。その呪いの紋章師は。現在、エインズ王国の七大貴族の筆頭と言われている貴族の出自」

「七大貴族の筆頭……え? それって……」

「その男は、大貴族べリントン家の男だったという事じゃ。この事実は、当時のべリントン家一族によって闇に葬られたといわれている」

「……べ……?」



次の言葉が出なかった。

俺の背中が自然に後ろに引っ張られて、椅子の背もたれにぴたりとついた。

今、ポープ先生はべリントン家の男、と、そういった。

べリントン家は、俺の。

俺の一族じゃないか。


俺は背中にポープ先生の気配をうっすらと感じながら、頭の中で自問自答を激しく繰り返した。



まさか、ポープ先生は俺の正体を知っているのか。

俺がべリントン家の出身であること知っているのだろうか。


いや、知るはずがない。

今の俺はマヌル領、ギージャ村出身の市民、ウルなのだから。


でも、ポープ先生はなんだかテマラと知り合いのような。

二人で一緒にいたところを見た気がする。


しかし、それだけでは何の証拠にもならない。

それにテマラが俺の出自をポープ先生におしえる意味がない。


そうだ、テマラもポープ先生も呪いの紋章師だし。

同じ呪いの紋章師同士のつながりがあるってだけなのかもしれない。


それでも。それでも、だ。

こんな話を突然、俺にするのか。

紋章師養成院のいち生徒である俺に打ち明けてもいい秘密なのだろうか。

ポープ先生は単に歴史の知識として、この話を俺にしただけなのだろうか。




俺の出自であるべリントン家は、誉れ高き光の貴族と呼ばれている。

今や、七大貴族の筆頭。


この国の中枢にはべリントン家の一族が深く食い込んでいる。

なにより、俺の実父である、アルグレイ・べリントンはここエインズ王国の、現宮廷魔術騎士団のトップ。総帥にまで上り詰めている人物。しかも史上最年少で。


そして、周囲からこういわれているのだ。アルグレイ・べリントンこそ次期、国王候補、と。

俺は、そのアルグレイべリントンの息子なのだ。


その俺にポープ先生はこんな話をするのか。

この話の全容はまだ聞けていない。

でも、この時点でろくな話ではないことは確かだ。そこだけは確かなんだ。

これは、我が(・・)べリントン家の暗部であり、醜聞であり、隠すべき恥部なのだ。



その時。

かつての、記憶が一気に駆け巡る。

俺は、思い返す。


俺は15歳になってすぐ『天資(てんし)の儀式』を経て“呪いの紋章”を授かった。

そして、父にその結果を告げた。


あの時の父の目。

父の目は敵意に満ちていた。憎しみに満ちていた。

あの時ほど、俺は打ちひしがれたことがなかった。


俺は体が弱かった。ふがいない息子だと思われているのはわかっていた。

けれど、あの時までは、父に少なからずの愛情は感じていた。


けれど、俺が呪いの紋章を授かったと告げた時。

あの日以来、父は明らかに変わった。

それと同時に、周囲も変わってしまった。


あの日以来、父とべリントン家の親族たちの、俺に対する拒絶は想像以上だった。

次の日から、地獄のような日々が始まったのだから。


あの拒絶の理由は、今聞かされた、この忌むべき過去の歴史にあるのだろうか。

俺は、べリントン家に生まれてはいけない存在だったのだろうか。

べリントン家にとって呪いの紋章師の誕生は、文字通り、呪いなのかもしれない。

俺自身がべリントン家にとっての“呪い”なのかもしれない。

畜生、畜生め。



俺はうつむき、歯を食いしばる。

こぼれそうになる感情を抑える為。そして、この涙をこらえるために。


俺は決めた。この話を最後まで聞こう、と。




「ポープ先生、話の続きを、聞かせてください」




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