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朝もやの中の尋問会

 次の日の早朝。

 まだ薄暗い中、俺は客間に訪れた盾の兵士に無理やりたたき起こされ、そのまま偽物のリゼの眠っている寝室まで連れていかれた。まったく扱いが雑すぎる。


 まだ開ききらないまぶたをこすりつつ朝の空気を吸い込みながら、兵士の案内のままに廊下をついていく。廊下を抜け寝室の扉をくぐり。部屋の奥、寝台に深く横たわる偽物のリゼの隣行くと早速、彼女にかけていた睡眠術を解いた。


 苦しそうにしわを寄せていた目元を和らげた彼女は、すぐに目を開いた。目だけで周りを見回し、俺と目があうなり、顔色を変えてガバリと体を起こした。

 うるんだ瞳で俺を見上げる。



「……ウ、ウルさん、私……いったい……」



 俺は胸ポケットに指を差し込んで、そこに忍ばせていた指輪を取り出す。

 昨晩、彼女の左手の小指から抜き取った赤い宝石のついた”乙女殺しの指輪”だ。

 もはやその効力は失われ、今は赤い石が嵌め込まれた、ただの安物の指輪となり果てたが。



「も、もしかして、それは!」



 彼女は自分の左手を目の前にかざしてくるりと確かめると、体を跳ね上げて俺の首元に抱き着いてきた。そして耳元で「ありがとうございます」と何度も涙声で礼を言った。



(なんだか、おじさん困っちゃうなぁ……)



 俺はこれから始まるであろう尋問会の事が頭をよぎり、憂鬱が押し寄せた。俺は偽物のリゼを慰めた後、寝室を後にした。


 

 客間に戻り、ほどなく俺は再び盾の兵士に呼び出された。











 大きな広間。高天井の中央からクリスタルのシャンデリアが優雅に垂れ下がる。踏むのも戸惑うほどの精緻な装飾の絨毯が床一面にひろがる。壁際で立っている俺の目の前で、薄い氷のような緊張感が漂うやりとりが続けられていた。



 右手、上座の椅子に大きく構えて座るのはマルコ・ルルコット。

 癖なのか右足を上に組み、前で小さく揺らしている。左に目をやると、蝋人形のように白い顔で立ちすくむ、ミカエル・ステインバード、隣に、偽物のリゼ。


 その少し後ろに、いかつい顔の兵士が数名。突き刺すような視線で二人を眺めている。

 ふいに、マルコが口を開いた。



「……で、ミカエル。その隣にいる、麗しき令嬢は、どこの誰なのかな?」



 ミカエルは声をつまらせながら、さっきいった通りの説明をオウムのように繰り返した。



「で、ですから、これはわたくしの娘、リゼです。マ、マルコ様、さき程からいったい何をおっしゃっているのですか!」



 ミカエルは、こちらをキッと睨みつけ指をさす。



「こんな、どこの馬の骨ともわからぬ男の話を信用してはなりませぬ! 誰の差し金かわかりませぬぞ。そ、そうだ、きっと我が商売敵であるレインズ商会の回し者に違いない!」



 ミカエルの必死の叫び。その余韻だけが広々とした客間に残る。

 緊迫した静寂の中、マルコが悠然と口を開く。



「ミカエル、そなたの言い分は以上だな。では、彼らを中へ」


 

 マルコのその言葉を合図に、周囲にいた兵士たちがすっと音もなく動き、入口に集まる。ゆっくりと客間の扉を開いた。

 その向こうから現れたのは。



「……まじか」



 マルコのこの手際のよさ。一通り話させてから動かぬ証拠を突きつける。その冷徹さに背すじがヒヤリとした。



 両に開いた扉から、手に枷をつけられてしずしすと滑り込んできたのは、小奇麗な服に着替えたランカ。そして、白いローブを羽織った仮面の女。本物のリゼ・ステインバード。

 二人は客間の中央に連れられて、兵士の命により、マルコの方に体を向け、その場にひざまずいた。

 その少し後ろから、ミカエルと偽物のリゼが不思議そうにその光景を眺めていた。

 マルコは冷たい目でひざまずいた二人を一瞥すると、ミカエルに告げる。



「ミカエル。男の方は知っているな。ステインバード商人団の護衛隊長であり、槍の紋章師であるランカ」

「……は、はい。し、しかし、どうしてランカがこのようなところに……」

「この男は、昨日の生誕祭で無差別の殺戮を企てていた罪で、今、この城の幽閉塔に投獄されている」

「……は? あ、あの……いったい何のお話を……されているのでしょうか……」

「最後まで聞け。そして、ランカの隣にいるのは、リゼ・ステインバードと名乗る娼婦だ」



 ミカエルの顔から精気が抜けていく。何かを悟ったのか。目の色が変わる。

 ここから見ていても、ひざが震えているのが見てとれた。ミカエルは口をパクパクと開いて息をするのも精いっぱいだ。

 そしてゆっくりとその場に崩れ、後ろに尻をついた。そして、白いローブ姿のリゼの背中を指をさす。



「は……ははは……な、なにを言っているのです? こ、この女がっ、リゼ・ステインバードですと? はっ……はははははは、そんなわけがありますまい! 何を! いったい何を!」



 ミカエルの隣でうつむいていた偽物のリゼは、そのミカエルの姿を眺めている。その無感情な顔は、まるで白い仮面のようだった。

 マルコが座り込んだミカエルの代わり、とでもいうように腰を上げた。



「ミカエル、そして隣の女。今からお前たちの、尋問会を開く。尋問会で、一言でも偽証(うその証言)をおこなえば、その罪により、この場でお前たちの、両の手足を切り落とす。そして飢えた魔獣の檻に放り込み、生きたままそのはらわたを食いちぎらせてやるぞ。では、まずそこの女からだ。お前はリゼ・ステインバードか?」



 偽物のリゼはびくりと肩をすくませて、マルコを見上げた。胸が勢い良く上下する。そして声を震わせて名乗った。



「……わ、わたしは……シルキィです。わたしの本当の名はシルキィ。ど、どうかお許しください!! わたしは、この男、ミカエル・ステインバードに無理やり連れ去られて、娘のふりをしろと命じられたのです! ですから! 仕方なく! そうしないと、親兄弟を殺すと脅されたのです!」



 マルコは眉一つ動かさずにシルキィと名乗った女の話に耳を傾けている。その時、隣に座り込んでいたミカエルが大声で割り込んだ。



「な! 何を言っている! マルコ様! 違います! もとはといえばこの女が、わたくしをそそのかしたのです! 私の名器をつかえばどんな貴族の男でも落とせる、貴族とつながりたいのならば私を娘にすればいいと! この女が持ちかけたのです! キサマ! う、薄汚い娼婦の分際で偉そうに! このわたしを売るつもりか!」

「なにさ!! 嘘おっしゃい! アンタが娘の代わりの女をさがしているってアタシに持ちかけたんだろうが! ええ! ほんとのことをお言いよ! うすぎたない詐欺師はオマエだ! 女はあんたの道具じゃないんだよ!!」

「なんだと! きさま!」



 さっきまでしおらしかった偽物のリゼ、いやシルキィは豹変し、口調も顔つきもがらりと変わった。ミカエルとシルキィの口汚い罵りあいは底なし沼のように果てし無く続いている。

 その時、俺の胸ポケットから小さな声がした。



「本性見たり……ってかんじよね」

「……だな。あのシルキィって女……最初にあった時とは、まるで、別人じゃねぇか……なんだか、俺、ショック……あのしおらしかった女の子はいずこへ……」

「はぁ……アンタさ、巨乳がどうこう言ってるからコロリと騙されるのよっ」

「面目ねぇ……って、おい、俺が悪いのか?」

「そうよっ。そんな事より、いつまで続くのよあの二人の悪口合戦は……」



 その時、マルコが右手を上げて何かを指示した。途端に部屋の隅に控えていた兵士たちがミカエルとシルキィを取り囲み、二人の手を後ろに回し、ガチャリと大きな鉄の手枷をつけた。ミカエルとシルキィは未だ半狂乱のまま、互いに責任をなすり付けている。

 二人はそのまま兵士たちに連れられていく。泣き叫び許しを請いながら、最後の最後まで、マルコ様、マルコ様とあがき続けていた。

 その姿は俺の目に、実に苦々しく映った。




(はぁ……なんとも醜い姿だ。利害だけでつながっている関係ってのは、それが崩れた瞬間、お互いにその責任をなすりつけ合うようになっちまうもんだな)




 二人が部屋を去った後。妙な静寂が訪れる。部屋の中央には膝をおり床に傅くランカとリゼ。マルコは腕を組んで二人を見下ろすと小さく告げる。



「ランカ、そして本物のリゼとやら。顔を上げろ」



 二人は動きを合わせて、少しだけ顔を上向けた。周囲の兵士たちが見守る中。マルコは優しく話しかける。



「本来ならば、死罪に相当する……が、お前たちの処遇は、そこにいる呪いの紋章師に一任することにしよう」



 周囲の兵士達が、かすかに色めきだった。しかしマルコはその空気をはねつける。



「この決定に不服のある者はいるか?」



 その強い言葉に浮ついた空気は一気にしぼんだ。俺はそっとマルコに目をやる。マルコはこちらに視線を送り、縦に小さくあごを揺らした。




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