石になったクレタ ★(十章最終話)
俺は力がぬけてその場に座り込んだ。
見上げるクレタの石像は、窓からの日を浴びて、どこか神々しくたたずんでいる。
突如、俺の首元にレギーがしがみついてきた。
「うわぁぁあん! よっかたウル! よかったよぉぉぉおぉぉ!」
レギーは大声をあげて泣いている。
助かったのか。
まさか、クレタの最終目的が、俺たちを殺すことだったなんて。
しかし。
俺の口元から、言葉が漏れた。
「テマラ……テマラが……死んじまった……」
その時、レギーが顔を離す。そして、涙をぬぐいながら首を振った。
「ううん……大丈夫みたい」
「え?」
「だって、ほら」
レギーはそう言いながら震える手で俺の足元を指さした。
さっきまで転がっていたはずのテマラの首なしの死体がない。
それどころか、俺の足元に広がっていたはずの血の海も消えている。
そのかわりに、俺の足元に落ちていたのはヒトの形をかたどった木片だった。
「これは……ヒトガタ? え? てことは」
「うん、あれはテマラさんの姿をした傀儡人形だったみたいなの」
「そんな、一体いつの間に入れ替わったんだ?」
「さぁ、わからないけど……」
まさか、テマラが傀儡人形と入れ替わっていたなんて。
一体、誰が本物で誰がニセモノなんだ。
だとすると、ひとまず本物のテマラは生きているという事か。
こんな差し迫った状況だったというのに、俺達をほったらかしにして、いったいどこで油を売っていやがるんだテマラの奴。
「ちいっ、俺はてっきり死んだかと……傀儡人形と入れ替わるんなら、一言ぐらい俺たちに言っておくべきじゃないのか。まったくおどろかせやがって」
俺はレギーの肩をもち、ともに立ち上がる。
レギーは目の前のクレタの石像を見上げてつぶやいた。
「まさか、クレタちゃんが……わたし達を殺そうとするだなんて……」
「それがクレタに与えられた役割だったんだ。きっと逆らう事の出来ない運命だったんだよ」
「クレタちゃんのあの言葉、全部嘘だったのかな……わたし達と会えてよかった、幸せだったって言葉も、全部、全部、嘘だったのかな」
「さぁ……どうだろう。もう二度と答えを聞くことはできない……石になっちまったからな」
その時、レギーがパッと俺から身を離して俺の顔を覗き込んだ。
「ウル、目は大丈夫なの? あの呪具を使ったのよね? 使ったら目が石になるって言ってたけど」
「あぁ、なんとか見えるよ。まだ、ちょっと目がかすむし、痛いけど」
「それならよかった……」
俺は立ち上がると指輪を抜き取り周囲を見渡す。
この部屋の中には、俺とレギー。そして、石になったクレタと、床に横たわるニスリン王女がいる。
これからいったいどうするべきか。
本物のテマラを待つべきか、それともニスリン王女を迎えに来るという正体不明の連中を待つべきなのか。
しかし、ここに来る連中が俺たちの味方である確率は低そうだ。
なにせクレタが俺たちに襲いかかって来たのだから。
いったい何に巻き込まれているのか、まだ全貌が見えない。
すでにこの部屋から姿を消したあの老婆。
あの老婆こそがクレタに役割を与えた張本人だった。
あの老婆はわかっていたはずだ、ミュウの呪いが解けた瞬間に、クレタが俺たちを殺しにかかるという事を。だからさっさと姿を消したのだろう。
「とんだ食わせ物だ、あのばあさんめ……レギーここから離れよう」
「え? でもあの子はどうするの? 置いていくの?」
「いまからあの子を迎えに来る連中がいるらしい、そいつらに見つかるとまた面倒ごとに巻き込まれるかもしれない」
「……そうなの? よくわからないけれど」
「とにかく急ごう……」
俺は戸惑うレギーを横目に、その場を整理する。
解呪の道具やテマラの傀儡人形がもっていた荷袋をかき集める。
そして出発の準備をする。
ここにはできる限り俺たちの痕跡を残すべきじゃない。
テマラならばそうする。そんな気がした。
室内を片付けて荷物をまとめると、俺たちは入り口にむかった。
入口を出る瞬間、おれはもう一度振り返る。
部屋の中央に眠るニスリン王女。
その少し隣、彼女を守るかのように剣を振りかざしたまま石になった、勇ましいクレタ。
傀儡人形は通常、その役割を終えると魔術が解け“ヒトガタ”に戻ってしまう。
それは木の人形だったり、魔力のこもった紙切れだったり、護符だったりする場合もある。
でも、クレタはその役割を終えることができない。
紙切れや木くずにならず、永遠にその姿をたもったまま。
美しい少女の姿のまま、永遠に、ここに残るのだ。
「クレタ……その石化の呪いは永遠に解けることはない……わるいな、終わらない旅になっちまった。キミは俺のことを恨むだろうか。それともなんとも思わず、ただ静かに微笑むだけなのだろうか……クレタ、約束しよう。俺が、また……この国、このダールムールを訪れる事があったなら、会いに来るよ」
俺はクレタに背をむけた。そして別れの言葉を述べる。
「さよなら……いつか年を取った俺と、永遠に年をとらないキミとの再会を願って……」
その時、部屋の奥から俺を呼び止めるような声が聞こえた気がした。
その声透き通るようなが声が何と言っていたのか、俺にはよく聞き取れなかった。
でも、きっとそれは再会を願う言葉だ。
俺の勘違いだったとしてもいい。
そう、思わせてくれ。
第十章 学園編Ⅱ ~アスドラの姫君~ 完
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