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ふたりのクレタは、うりふたつってもんじゃない、まるで鏡だ


デンデルーズ平地にあるグロノ砦跡(とりであと)


俺たちは、殺された男の本棚から持ち出したあの本の導きによって進む。

いわば、まだ知らぬ誰かとの“待ち合わせ場所”だ。



テマラの案内により、俺たちは休む間もなくその地に向かう事となる。

そして、ほどなくたどり着いた。

その目的地は男の屋敷からそう遠くはなかったのだ。



なだらかな丘、見渡しのいいその上にぽつんと見えてきたのは、崩れた石造りのグロノ砦跡。

大きな石門をくぐり中を進むと、辛うじて持ちこたえている唯一の屋根のついた場所に入り込む。椅子くらいしか物がないせいか、中は随分と広く見えた。

床に差し込む光と共に、不気味な窓枠のかげが黒々と浮かぶ。




挿絵(By みてみん)




皆が立ち止まると、テマラが口を開いた。



「ひとまず、着いたな。さて……(おに)が出るか(じゃ)が出るか……」



(ほこり)がチリチリと舞う静寂の部屋。響いたテマラの声。

その声にクレタが応じる。



「……すみません、わたしの為にこんなところまで」

「別にお前さんのためでもねぇよ。クレタ、今、お前さんたちは追手にも追われ、宮廷魔術騎士団にもおわれる身だ。とっととこの仕事を終えてしまったほうが俺たちにとっても都合がいい」

「そうですね。それにしても……ここに、一体誰が現れるのでしょうか……」

「さぁな。ま、敵じゃねぇことを祈るしかねぇよ」




疲れのせいか、みな、どこか重たい口調。

俺はひとつ、ため息をついた。白い光が差し込む窓辺に目をやり、ふと考える。



あの追手がまさか傀儡人形(パペットドール)だったとは。

クレタも傀儡人形(パペットドール)、そして追手さえも傀儡人形(パペットドール)となると、どちらもその背後には彼女たちを操る“呪いの紋章師”がいるはずだ。

いったいどんな連中なのだろう。

俺自身もいつか、こういった連中と戦う事になるのだろうか。


その時、ぼそりとテマラのつぶやきが聞こえた。

テマラはかすれがちの声でこういった。




「……まるで()(どもえ)傀儡合戦(くぐつがっせん)だな……勝者は誰になるのやら……」




____コツ、コツ、コツ




床を蹴る靴の音。俺たちの誰も、歩いてはいない。みな、その場に立ち止まっている。

靴の音はいまさっき俺たちが入り込んできた入り口のむこうから響いてくる。

その音は徐々に、確かに、大きくなってくる。

俺たちは互いに目くばせすると、じっと入口の方を見やった。




____コツ、コツ




入り口に人影が浮かび上がる。

立ちどまった、その姿。

可憐な少女のその姿。

入り口から現れたのは。



クレタだった。



まぎれもなく、今、俺の隣にいるクレタそのものだったのだ。




「ク……クレタが……ふたり……?」




俺は足元から力が抜けそうになる。

まるで遠く離れた鏡合わせのように、ふたりのクレタはお互いを見つめ合っていた。

お互いに驚くこともなく、全くの無表情で。


俺のすぐ前にいたレギーが小さな悲鳴を上げた。そして、隣にいるクレタと、入り口にいるもう一人のクレタを見比べて、目をぱちくりとさせている。




入り口のクレタは俺たちを見渡すと、後ろの誰かに呼びかけた。

ほどなく、後ろから音もなく姿をあらわしたのは、紫いろのローブをまとった老婆。

老婆はフードを目深にかぶりながらも、すいっと顔を浮かせ、俺たちをぶしつけな眼差しで睨みつけてきた。そして、驚きの声をあげた。




「まさか、そこにいるのは、クレタかい!? まったく! アタシの手を煩わせるまでもないじゃないか。せっかく国を越えてここまで来たっていうのに……それにしても、一緒にいるそのガキどもと男は誰なんだい? この場所にはロルテアという爺さんが一人で来るはずだって聞いていたのに」




その問いかけに、俺の隣に居るクレタが答えた。




「あ……(あるじ)様……残念ながら、そのロルテアさんという方はなくなったようです。私たちを追って来た賊に命を奪われたようです」

「なんだって!? ロルテアの爺さんが追手に殺された? 奴らにバレたのかい。厄介だねぇ……まったく」




そこにテマラが割って入る。



「おい、ばあさん。悪いんだが状況を説明してくれねぇか? 俺たちゃチンプンカンプンだ。何が何だかわからねぇ」

「ふんっ。部外者は黙ってな、命が惜しけりゃな」

「部外者とは心外だ。俺たちはここまでクレタ達を連れてきたんだ。それに、おそらく俺は、そこにいるワイバーンの呪いを解く仕事を依頼されていたはずなんだからよ。ま、残念ながらすでに仕事の依頼主は死んじまったようだが……」



老婆が一瞬、動きを止めた。そしてゆっくりと、何かを確かめるようにテマラを眺める。すっとテマラを指さす。その指は、腐りかけた木の枝のように細く浅黒い。老婆のしわがれた声が響く。




「ワイバーンの呪いを解く為に、雇われただって? ……ってことはアンタ、呪いの紋章師って事かい?」

「そういう事だ。それに、お前さんも呪いの紋章師だろう。クレタ達を造りあげた呪いの紋章師」

「ふふ……なるほどねぇ……どうやらロルテアの爺さんに送ったはずの伝言を受け取ったのは、アンタたちだったってことのようだねぇ……」

「そういうこった」

「ならば、さっさとそのワイバーンの呪いを解きな。それでアンタたちの仕事は終わりだ」



老婆の偉そうな物言いを気にするわけでもなく、テマラは背中の荷袋をおろしながら老婆に伝えた。




「呪いを解くのはいいが、報酬が必要だ。といってもすでに報酬は決めている。この仕事の報酬はクレタの持つ“魔獣除けの結界宝玉”だ。いいな?」

「好きにしな。そんな物でよければくれてやる」

「ほっ、太っ腹だな。話の早いばあさんだ。余計な手間が省けていいねぇ。お前さんも呪いの紋章師ならば、解呪の方法は知っているはずだ。呪いを解くにはその呪いの内容を知らなきゃならねぇ、話を聞かせてもらおうかな」




老婆はゆっくりとこちらに近づくと、にやりと笑った。



「いいだろう」



その時、テマラが俺に目をやる。

そしてこういった。




「ウル、解呪の魔術だ。お前にも手伝ってもらう」

「え? 俺が!? 俺、解呪なんてまだ習ってねぇけど?」

「実践で学べ。魔術書を何度も読むより、一度の実践の方がはるかに有意義だ」

「ま、マジかよ………」




俺はテマラに言われるがまま、流れに身を任せた。




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