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パパとお兄ちゃんとかいっちゃってますが



ルシウと名乗ったその大柄な女紋章師はじっと俺を見つめる。

俺は目をそらさずにルシウの疑いに満ちた視線を受け止めた。


ルシウは大柄なだけでなく、その風体(ふうてい)も独特だった。

俺達ヒト族とは明らかに違う容姿。

真横にとがった黄色い瞳。その瞳を包む長いまつ毛は耳の付け根まで届いていた。

後ろに束ねられ固く結んだ長い髪はさらさらと緑に輝いていた。

____獣人族、か。




ルシウは瞬きを一つすると、ふいに視線をゆるめた。




「すまないな、少年。驚かせてしまったかもしれぬ」




先ほどの声とは違う。どこかやわらかい。

まるで鉄の鎧を脱ぎ捨てたかのように、ルシウの俺への態度が一変したのを肌で感じた。

その時、後ろから声がしたかと思うと。テマラが俺の頭を後ろから急につかみ、ルシウにむかって、わざとらしい声を出した。




「いや~、たすかった。ありがとうございます。宮廷魔術騎士団様、ほら、おめぇも、頭を下げねぇか! お礼を言うんだよ!」




テマラはそういうと、俺の頭を強無理やり前にぐいと押し、地に着きそうなほどに俺の体を

折り曲げた。



「なにすんだよ……いってえなぁ……」


俺が頭を下げながらちらりと横に目をやるとテマラも同じように頭を下げていた。テマラは一瞬、意味深な視線を俺に向けて頭を上げる。そして、ルシウに話かける。




「いや~、しかし、こう言っちゃなんですが、賊には容赦ないですなぁ。盗人どもは問答無用というわけですねぇ~」




ルシウは、テマラに目をやると口をひらいた。




「いや、普段ならば捕獲するところなのだがな。実は、最近、このあたりは物騒でな。正体不明の呪いの紋章師が傀儡人形(パペットドール)をつかってあちこちで事件を起こしている。今、このジジの町一帯は厳戒態勢なのだよ……」

「へぇ……正体不明の呪いの紋章師に傀儡人形(パペットドール)ですかぃ……」

「そうだ、そなた達の足もとにも転がっておるぞ」

「……え?」




俺とテマラは、ほぼ同時に足元に目をやる。瞬間、俺は息が止まりそうになった。




「そ、そんな……今の、今まで……マントの男が、ここに倒れて……」




俺たちの足元にいたはずの賊は消えていた。羽織っていたはずのあの黒いマントも、妙に長くみえた奇妙な手足も、何もない。跡形もなかった。


その代わり、俺たちの足元に転がっていたのは、小さな木片。

その小さな木片に、先ほどルシウが射た矢が二本、見事に突き刺さっていた。

手のひらほどのその木片は大きな矢をその身に二本食い込ませ、今にも崩れてしまいそうだった。

間違いない。この木片。

これは呪いの紋章師が傀儡術(くぐつじゅつ)を使う時に()(しろ)として使用する“ヒトガタ”だ。それを見たテマラがつぶやいた。




「なるほど、問答無用だったのは、こういうわけですかい……」




ルシウは「そうだ」と答えると、すいと俺たちにちかより足元のヒトガタを拾い上げた。

そして手にしたヒトガタを睨みつけ、苦々しくつぶやいた。




「忌まわしき呪いの紋章師め……他者をあやつり、他者をあざむき、その尊厳まで踏みにじる、まるで性根の腐った連中だ。紋章師の風上にも置けぬ」




ルシウの今の言葉は決して俺たちに向けられた言葉じゃない。

しかし、俺とテマラは呪いの紋章師。

俺はルシウのその言葉にある種の反発を覚えた。

同じ紋章師として、そこまで言われる筋合いがあるのか、と。



その時、ふとよみがえったのはテマラの言葉。

いつだったか、テマラが酒に酔っていた時に、俺に向かって放った言葉。

テマラは血走った目で、ふがふがとこういった。



「……オレはなぁ、もともと孤児奴隷だ。オレはそっから這い上がって、死に物狂いで紋章師になった。だからよ、金で何不自由なく暮らしている貴族出の奴らが気に食わねぇ。紋章師の養成院だか、なんだかに通って宮廷魔術騎士団になっているのみると反吐が出るってもんだ。ウル、お前もその一人だったんだぜ? オレはそんな奴らが、心底大きらいなんだ。けっ、お高くとまった連中がいったい何の役に立つってんだ? 紋章師の本分を忘れた、エリートぶった、まがいものどもめ……あいつらはまがいものだ」



あの時、テマラはひどく酔っていた。とはいえ、あれはきっとテマラの掛け値なしの本心だった。


俺はテマラの方をちらりと見た。

テマラはそんな本音をおくびにも出さず、笑顔でルシウに話しかける。




「助けていただきありがとうございます、では私たちはそろそろ行かなくては……さ、何をぼさっとしてやがるんだ、行くぞ」




テマラはそう言うと、もう一度ルシウに頭を下げた。そして俺の服を引っ張りその場を離れようとした。しかし、ルシウの鋭い声が俺たちの動きを縛る。





「待たれよ」




その言葉にテマラは足を止め振り返る。

俺も一緒に振り返り、胸に抱いていたミュウをぐいっと担ぎなおした。

ルシウはその大きな体の前で腕を組み、ゆっくりとこちらを見下ろす。




「そちらの御仁……先ほど魔術を操っていたように見えたが……そなたも紋章師か?」

「へぇ、一応は紋章師のはしくれですが、大した魔術は扱えませんよ。ただの野良の紋章師です」

「野良の紋章師か……では、何の紋章師か、きいてもよろしいかな?」

「……何の紋章師? いやぁそりゃ、別にいいですが……」




ルシウは、今度は俺ではなくテマラの方に関心を向けているようだ。

ここで“呪いの紋章師”と名乗ってしまってはまずいのではないか。

あらぬ疑いをかけられる可能性がある。

そんな事は俺でもわかる。

テマラは何と答える気なのか。嘘が通じる相手ではない。

テマラもきっと、そう感じているはず。どこか緊迫した空気が流れた。テマラが口を開く。




「いやぁ……まぁ……」





その時、張りつめた空気を破ったのは遠くからのレギーの叫び声だった。

俺たちはつい振り返る。

宿の庭を抜けてレギーがこちらに走り寄ってくる。

走りながら、レギーは妙なことを言い出した。




「パパ! おにいちゃん! 大丈夫なの!?」




パパと、お兄ちゃん。

俺とテマラは一瞬にしてその”取り決め”を飲み込んだ。一か八かだ。

俺はすぐさま、レギーに向かって手を振った。




「ああ、大丈夫だよ! 心配かけたな!」



テマラも続く。




「宮廷魔術騎士団様が助けてくれたんだ! ミュウは無事だぞ~!」




レギーは俺達のもとまで来ると、いきなりルシウに向かって飛びついた。





「ありがとう! 騎士様! パパとお兄ちゃんと、ミュウを! みんなを助けてくれて!」





ルシウはまとわりつくレギーを困り顔で眺めている。そして戸惑った様子で口を開いた。




「あ、ああ、そなた達、家族連れだったか……すまないな、足を止めて」




ルシウはそう言うとレギーの肩に手のをのせてしゃがみこんだ。レギーに笑みを向けると小さくうなずいて「さ、もういきなさい」と優しく諭した。

そして、俺たちにも気をつけるように言葉をかけると、背を向けて颯爽と去っていった。



嵐がすぎ去っていく。

俺たちはルシウの姿が消えるまで見送ると、ついに互いの顔を見合わせた。

まず、テマラが口を開く。




「けっ、パパにお兄ちゃんとはな。俺に、お前たちみたいなガキがいるだなんて、想像しただけでもゾッとするぜ、ああああ、気持ちわりぃ!」



俺がすかさず言い返す。




「そんなもんお互い様だ! なぁレギー、こんなオヤジ死んでも嫌だよな!」




レギーがプッとふきだしながらいう。





「えーわたしはテマラさんみたいなおじさま、嫌いじゃないけどぉ?」




テマラはそそくさと体の向きを変えて宿のほうに歩きだす。




「もういいから、早くいくぞ!」




そう言いながらテマラは、ふと足をとめて、ぼそりとつぶやく。




「……いや、しかしながら、親子を(かた)り宮廷魔術騎士団をあざむくとは、なかなかいい作戦だったな、レギー」



レギーが得意げに鼻をならした。



「でしょ! これからはしばらくパパって呼ぼうかな? ね、テマラのパパ!」

「やめてくれ! 気色の悪い!」




テマラは再び足を速めて宿にむかっていった。

取り残された俺たちはテマラの背中を見ながらつぶやく。




「なぁレギー、テマラの奴、まんざらでもなさそうだったな」

「え? そうかしら。ほんとに嫌そうに見えたけど?」

「そうか……はぁ、さ、今からまた旅が始まるぞ」

「え? どこかに向かうの?」

「ああ、ちょっと、次の目的地ができちまったよ」




次の目的地は、光る本から手に入れた目的地。

“デンデルーズ”と呼ばれる地へ。




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