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でっかい女の名は、弓の紋章師ルシウ


俺は仕方なくテマラの言葉に従う事に決めた。

俺が、テマラの後ろに続き足を踏みだそうとしたその時。

胸のあたりが妙に暖かい。





「ん、なんだ……?」



立ち止まる。

胸ポケットに手を差し入れると、さっきの、あの屋敷でなんとなく手にした小ぶりなあの本にぶつかる。白紙の小さな本。まるで本がその内側から熱を発しているかのようだった。俺は本をつかむと目の前に持ちあげた。



「なんだこりゃ、光ってる……?」




俺のその声にテマラも振り返って、目を丸くした。




「ウル……なんでぃ、その本は、光ってるじゃねぇか」

「いや……実はさっき屋敷の中で見つけた本なんだけど、なんとなくもってきちまって。まるであの男の死体がこの本を指さしているように見えたからさ……ちょっと悪いと思ったんだけど」

「ほう……お前もなかなか呪いの紋章師っぽくなってきやがった……とりあえず、ちょっと開いてみろ」

「あ、あぁ……」




俺はテマラに言われるがままに本を開いた。

パラパラと白紙のページが並ぶ中、とりわけ白い光を放つページに行き当たる。俺とテマラがしばらく眺めていると、そのページにうようよと文字が浮き上がってきた。まるで小さな無数の蛇のうねり。




「ぐえっ、きもちわりぃ……なんだこれ」




うようよとうごめく幼虫のような文字たちはやがて形を整えはじめた。そこに浮かびあがってきたのは、古代文字。紋章師たちが魔術をとなえる時に使う、あの気が遠くなるような難解な文字だ。




「テマラ、どうやらこれは、古代文字だよ」

「ほう……殺されたあのジジイは紋章師だったのかもしれんな……で? なんと書いてあるんだ?」

「……ええと……デンデル・ルムス……南西、三本、杉の木……なんだかよくわからないけど……」

「デンデル・ルムス?……どこかで聞いた事がある地名だな。デンデルーズの事か?……よし、続けて読んでみろ」




俺はページに並ぶ文字をテマラにいい聞かせる。文字達は羊皮紙の中を泳ぐように動き回り、次から次へと消えていく、そして次から次へと新たな文字を形作る。俺は古代文字を読み解いていくのに精いっぱいで意味を考えるような余裕はなかった。


目の前のテマラは俺の読み上げる文字をなぞって口に出す。一文字一文字確かめるように。

そうこうしているうちに、本から発せられていた白い光が薄れていく。

そしてついに文字は浮かんでこなくなった。



俺がようやく本から目を離すと、テマラは眉にしわを寄せて考え込んでいる。

俺はたずねた。




「テマラ、いったいこの本……何なんだ?」

「……おそらく何かの“伝言術”がかけられているんだろう。遠方の相手とのやり取りに使う遠隔魔術だ」

「ふえぇ、そんなものまであるのか」

「まぁ、そこそこの高位魔術だ。誰でもがつかえるわけじゃあ無い」

「で、その伝言で一体何を伝えてきたんだ、俺は読むのに必死で何も覚えてない」




テマラは腕組をする。



「ウル、お前の知識じゃまだ読みとれない古代文字もあったようだが、そこを補って考えてだな……今の伝言は、特定の場所とそこに行くまでの道順のようだ」

「なるほど……でもさ、伝言が来たという事は、これを送って来た相手がいるってことだろ。どうして俺たちに場所なんかを教えるんだ」

「別に、“俺たち”に教えたわけじゃあないだろう。おそらく今こちらに伝言を送ってきた奴は、その本の元の持ち主、つまりあのじじいが死んだことをまだ知らないのかもしれない」

「あぁ、そういう事か。じゃ、あの死んだジイサンあての伝言か……」

「そうなるな。ふうむ……その指定の場所に行くべきか、行かざるべきか……迷うところだが……」





その時、宿の上の方から鋭い声。悲鳴だ。しかも、この声はレギー。

俺とテマラは顔を見合わせると声の方を見上げた。


安宿の裏庭から見上げると、ちょうど二階建ての宿の窓が整然と並んでいるのが見える。

その二階の窓の一つから黒い影が勢いよく飛び出した。窓を突き破りながら。

キラキラと割れたガラスの破片をまき散らしながら見えたのは、マントを羽織った賊の姿。

賊の背中にはクレタがずっと抱えていたあの木箱が担がれていた。あの木箱の中には幼竜であるワイバーンのミュウがいるはず。




「追手!? まさか、ミュウの入っている箱を!」




マントを優雅にひるがえし賊は地に降り立った。賊は、俺達に気がついたのか、すかさずもう一度空に飛びあがった。テマラが舌打ちをして右手を構える。





「ちぃ! こんなところで!」




テマラは口元で呪詞(ノリト)(呪文)を唱えると賊に向かって右手の指をぐっとひろげた。

テマラの5本の指は五匹の蛇に姿を変えて弧を描いて伸びていく。追手は空中で体をひねりながらテマラの蛇を次々とかわす。手に持っている短刀を振りかぶると何匹かの蛇の頭をはねた。しかし蛇はすぐさま再生し、あらたな頭で賊を追い回す。


俺が呆気に取られ見上げていると、賊の手元で何かが光った。




「ウル! よけろ!」




テマラの声と同時に、空から氷の刃が降りかかる。俺は慌てて木陰にすべり込んだ。ずっずっず、と大地のあちこちに鋭い透明の牙がめり込んだ。



賊はあっという間に裏庭を飛び越えてこちらに背を向けた。

逃げられたら、終わりだ。

俺の体の底から湧き上がるなにかが、俺を突き動かした。

俺は立ち上がると木陰を飛び出し、賊の背中めがけて走り出す。


その時。




賊の真横から飛んできたまっすぐな光が、奴を捕らえた。


あれは、矢。

輝く矢が賊の足を貫いた。

賊は声ひとつあげずその場に倒れこむ。しかし、再び体を起こそうともがくそぶりを見せた。


次の瞬間、二本目の光の矢が、今度は賊の頭を真横から貫いた。

賊はそのまま前に倒れ込むと、ついにその動きを止めた。

賊の背中にはりついていた木箱が大地に転がる。横向きになった木箱の蓋ががたりと開くと、その中から小さなミュウが顔をのぞかせた。




「ミュウ、よかった……」




俺はミュウに走りよると、ミュウを両手でぎゅっと抱きかかえた。

ミュウは小さく鳴いた。

足元には頭と足を真横から大きな矢で貫かれた賊が横たわっている。うつぶせになったままピクリとも動かない。すでにこと切れているようだった。



遠くから、凛とした声が響きわたる。




「全員! その場から動くな! 動くとお前たちの頭も我が矢の餌食(えじき)となろう!」





俺はびくりと肩を震わせる。その声には人を従わせる何かがあった。俺は声の方に顔を向ける。そこにいたのはダールムール宮廷魔術騎士団の制服に身を包んだ、細身の女。日に焼けた顔、頬の肉は削げ落ちている。そのくぼんだ目から発せられる黄色い眼光はオオカミのように鋭かった。




細身の女は大きな弓を手に、俺の方に矢を構えながらゆっくりと近づく。そばに来れば来るほど、見上げるほどに大きい女であることがわかった。女がふたたび口を開いた。





「わたしはダールムール宮廷魔術騎士団、第三十二団、団長、弓の紋章師ルシウ。無実の民に向ける矢はない。しかし、もしも抵抗するならば容赦なく、そなたの頭を打ち抜く」




ルシウと名乗った大きな女は俺の隣まで来ると、ゆっくりと構えていた弓をおろした。

そして悠然と俺を見下ろした。






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