呪具『黒うさぎのぬいぐるみ』
室内にいても、森の気配が染み込んでくる。
風にこすられる枝葉のざわめきがサラサラと耳に心地いい。
ここは俺の住む山小屋。
俺は片肘をついて、目の前のテーブルに座る小さな黒いうさぎのぬいぐるみに話していた。
長年続く一人暮らしのせいで頭がおかしくなった、というわけじゃない。
このぬいぐるみは、俺が預かった”呪具”(呪いの道具)のひとつ。
黒うさぎのキャンディだ。
この黒いうさぎのぬいぐるみには”なにものか”の魂が宿っている。
動くし、話すし、本物のうさぎ以上に飛び跳ねる。
こいつが言うには、はるか昔はどこか遠い異国の娘だったそうだ。
呪いをかけられて、このぬいぐるみに魂を封じ込められたらしいが、今のところ真相は確かめようがない。
キャンディは腕を前について、尻からひょこっと立ち上がった。
「なんてひどい名家! アタシの蹴りをおみまいしてやりたいくらいよ! アチョ!」
「まぁ、俺の話はこんなところだ。次はお前の身の上話を聞かせてくれよ」
「言ったでしょ、アタシは何百年もこの姿で放浪しているの。昔の事なんて忘れちゃった!」
キャンディは踊るような足どりで、自由自在に飛び跳ねる。
ずっと一人で暮らしていた俺に、久しぶりの同居人ができたことはどことなく懐かしいような、面倒なような。
キャンディはふと動きを止めて、俺に顔を向けた。
「あ、そういえば、今日はお客さんが来るんでしょ?」
「そうだ。女が来る」
「一体どこのお嬢様がこんな魔物どもがうろつく谷の奥に来るってのよ」
「さぁね。”呪いもち”ってのは自分の身分をあかしたがらないもんだからな」
「そのお嬢様は姿をカメにでもかえられたのかしらね。だったら思いっきり甲羅をけっ飛ばしてやるわ!」
コツ、コツ
その時、小屋のドアを叩く音が、乾いた空気にこだました。
俺とキャンディはぱっと顔を合わせ、どちらからともなくうなずいた。
キャンディはテーブルからひらりと飛びはねて、俺の腕を駆けのぼる。
そして、俺の服の右胸のポケットに滑り込んで、すぽんと大きな耳だけを出した。
俺は立ち上がると、ドアに向かった。