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ダールムールの宮廷魔術騎士団たち


俺が男から目を離し、振り返ろうとした瞬間。



その男の手に違和感を覚えた。血塗られた左の手。

傷を押さえたのか、その手には赤黒く固まりかけた血がべっとりとこびりついている。

その左手の指はこぶしをつくっている。しかし人差し指だけが、ピンと伸びていた。

まるでどこかを指さすように。

俺の視線は導かれるように男の指さす方向を追う。




仰向けに寝転んだ男の指の先は、壁際に置いているこぶりな戸棚に突き当たっていた。四角い木の戸棚。俺のひざ下あたりまでの高さしかない。



「まさかな。死に際の伝言ダイイング・メッセージだなんて……あるわけ……」




ただの偶然。そう思おうとはしたけれど、なぜか足が自然と動いた。俺は男の人差し指に従いその小さな戸棚の前にしゃがみこむ。ゆっくりと両開きの戸を開いた。

古臭い戸棚の中は二段構えになっている。上には小瓶やカップ、下の段には本が一冊ぽつんと置かれていた。その本を手に取りパラパラとめくる。しかし、古びた羊皮紙には何も書かれてはいない。

本を閉じて表紙を眺める。表紙にすらなにも書かれてはいない。分厚い黒革の表紙。何かの魔獣の革だろうか。




「白紙の本……これを指さしていたのか……」




俺は何となく、その本を服の内ポケットに忍ばせて立ち上がる。もう一度男の死体を見つめた。この男は最後に、何を伝えたかったのだろうか。

そんなことをぼんやりと考えていた時。



階下で騒々しい物音が響いた。

次に誰かの叫び声。

俺は慌てて階段を駆け下りた。






俺が一階に降り立つと、テマラの背中。その向こう。屋敷の入り口に大きな男らしき影が見えた。その腰に大ぶりの刀がきらりと光る。その大きな男は入り口前にいたクレタとレギーに何やら話しかけている。


俺はそろりとテマラの背に近寄り、小声でつぶやいた。




「……テマラ、あいつはいったい……」

「まずいな。あのぴちぴちの制服に大きな半月刀(シャムシール)を見ろ。あいつはこの国、ダールムールの宮廷魔術騎士団だ……」

「きゅ、宮廷魔術騎士団……!? ま、まさか俺達、捕まるの? 捕まったら……」

「エインズ王国に強制送還されるだろうな」

「……じゃ、紋章師養成院はクビ……!?」

「……めでてぇなぁ、おめぇは。このくそぼうず。いいか。俺たちは、密入国者だぞ。養成院退学どころの話じゃねぇだろうが。捕まれば、間違いなく“牢獄行き”よぉ」

「……あああわわわわっわわ……ど、ど、どうすんだよっ」

「突破する。見ろ……クレタの手元を。あいつもその気だ、後れをとるな」





その時、ちらりと目に入ったクレタの手元。クレタは後ろに手を組んで、俺達に見えるように形を作っている。親指をたたみ、そのほかの指はピンと伸びている。




_____4




「……合計で4人……いる!?」




俺のつぶやきに、テマラはこう答えた。




「ウル、お前は入り口にいる奴の動きを止めろ、外の3人は……俺たちがやる!」




テマラは一気に駆けだした。

考えている暇はない。

俺は呪いの魔術のひとつ、緊縛術“呪いの鎖”を唱えた。

俺の手元から漆黒の鎖が伸び、入り口にいる大柄な男の四肢に蛇のように巻き付く。




「ぐおっ……き、きさまら一体!!」



男が何かを言い出す前に、そのまま、ぶんと、薙ぎ払う。

男は黒い鎖に拘束されたまま、屋敷の壁に激突し、ずりずりと床に沈んだ。

気を失ったようだ。



見ると、さっきまで目の前にいたはずのテマラとクレタがいない。

入り口の向こうから、野太い悲鳴が聞こえたかと思うと、途端に静かになった。



俺は魔術を解いて気を失った男から鎖をはがすと、部屋の隅にしゃがみこんでいたレギーに駆け寄る。




「レギー! 大丈夫か!?」





頭を抱え込んでいたレギー。俺の声にびくりと反応し、肩をすくめながら顔を上げると、引きつった笑いを見せた。




「え、ええ……な、なんとか大丈夫かな。は、はは……はぁ」




俺はレギーの無事を確認すると、急いで外に飛び出した。

かっと照り付ける太陽に一瞬目がくらんだけれど、すぐに目がなれる。

そこに広がっていた光景に立ちすくむ。





石畳の細い道の上に横たわる、ダールムールの宮廷魔術騎士団達の姿。体にはりつくようなぴっちりとした薄茶の制服。筋骨隆々の男達。みな、頭にはスカーフをぐるりと巻いている。しかし男たちは情けない格好で横たわっている。ある者は尻を突き出して、ある者は白目をむいて。俺が呆気にられていると、テマラの声がした。




「ふぅ、なかなか、やるねぇ、クレタよぉ」

「……いえ、テマラさんも、素晴らしいお手並みでした」




あっという間に、この男たちをのしたのか。

このぷっくらした中年太りの小男と、この華奢で可憐な美少女が。

ぼんやりしている俺の前でテマラとクレタが話している。




「おそらく、偶然じゃぁねだろうな。こんなにタイミングよく宮廷術騎士団がこの屋敷に来るなんざぁ……誰かが俺達を……いや、クレタ、お前たちをはめようとしているのかもしれん」

「……なんだか、もどかしいです。私にきちんとした記憶があれば、今この状況をどう考えればいいのかわかるんですけれど……」

「けっ、仕方がない。お前さんはただの“傀儡人形(パペットドール)”だ、お前さんの役割に不要な記憶なんざ持ち合わせてねぇのが普通だ。つまりな、この状況は“不測の事態”ってこった」

「……え?」

「おそらくお前さんを送り出した連中は、今のこんな状況までは想定してねぇハズだ。俺たちの存在、この屋敷の住人の死、宮廷魔術騎士団の訪問、すべてが想定外のはずだ。“外部からの干渉”の影響がかなり大きいようだ」

「外部からの……干渉……ですか……」

「お前さんの背中に抱えている“その赤ん坊(ワイバーン)”は、体の小ささの割に、案外と大物かもしれねぇな、ま、俺たちには関係ぇねぇ話だがよ」





テマラはそう言うと、すぐにここから離れたほうがいいと、俺たちに話した。




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