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死体となった依頼主 ★



隣国ダールムールに入り込んでから、3日目、ようやく俺たちは目的地であるジジの街にたどり着いた。

森に囲まれた、何の変哲もない田舎町。そんな言い方がしっくりくるちいさな町だ。

先導するテマラのうしろ姿を眺めながら、俺たち3人と1匹はなんとなしについていく。



俺はふと、隣を歩くクレタに目をやる。

クレタは背中にミュウの入った小箱を担ぎながら、周囲を見渡している。俺が口を開きかけた時、向こう隣にいたレギーがクレタのかげからひょいと顔を出した。




「ようやく着いたね。クレタちゃん。結局、追手にも()わなかったし。よかったのかな」

「そうね。よかった。やっぱりダロッソの森を抜けてきたのが正解だったのかもしれないね。ここまでいろいろとありがとう。二人にはいくらお礼を言っても足りないくらい」




クレタの口元がふと緩んだ。レギーはその言葉にどこか得意げにはにかんで続ける。




「でもさ、目的地に着いちゃったってことは、もうすぐこの旅も終わりってことか……わたし、もう少しこの国を見て回りたいな。なんたってはじめての国外だし。ね、ウルもそう思わない?」



レギーの楽し気なセリフにおれはあきれ気味に言った。




「あのさ。お前、わかってんのか? 今俺たちがここにいる状況を。旅行じゃないんだからよ」




レギーは、ほほを赤くふくらませる。




「なによ! いいじゃない少しくらい。ウルって変に真面目なんだからさっ、ふんっ」




そういうとレギーは再びクレタと楽しそうにおしゃべりを始めた。

俺は2人を横目に、すっと歩を速めると前を歩いていたテマラと肩を並べた。テマラにあることを確認する為に。テマラは俺の意図を読み取ったのか、面倒くさそうにため息をつくと、こちらにギロリと目をやった。




「なんだ、ウル。何か聞きたいことでもあるのか?」

「クレタは本当に、もうすぐ魔術が解けて……ただの“ひとがた”に戻ってしまうのか?」

「またその話か。だから、はっきりとはわからねぇ、と言ってんだろ」

「……はぁ、いっそのこと、このまま……」

「おっと、ついたぜ。あの家だ」




テマラはおもむろに指をさした。俺はすっと視線を向ける。

乾いた陽を跳ね返す石畳の道の先、そこには三角屋根のこじんまりとした二階建ての小さな屋敷があった。古びた壁にはツタがはりついている。

何の変哲もない田舎町の、何の変哲もない小さな屋敷。ここがこの旅の終わり。

ふとよみがえる、今までの出来事。

クレタと出会ってからの、様々な記憶。まるで嵐のような思い出たち。


だというのに、それに比べると、その屋敷の外観はとてもあっけないものに感じた。

なにか物足りないような、つり合いが取れないような、そんな不思議な気分だった。

テマラはそんな俺の感傷なんか気にも留めず、家の前に来るなり勢いよく木戸を叩いた。




「おい! 前に仕事の依頼を受けたテマラだ。ちょいとばかり気になることがあって戻ったんだが、開けてくれ!」



しかし、中からの返事はない。

古びた木戸はまるで俺たちを拒むかのようにピクリとも動かない。テマラは舌打ちと共に、もう一度木戸を勢い良く叩いた。こころなしか、さっきよりもドアは激しく揺れた。




「おい! いねぇのか!?」




テマラは俺の方に目をやるとドアノブに手をかけてぐっと扉を押し込んだ。

てっきり鍵がかかっているものと思っていたのか、テマラはそのまま開いたドアの中に前のめりに吸い込まれた。

俺は倒れそうになるテマラの服を背中から思わずつかむ。

そのままテマラと一緒に勢いよく屋敷内に駆け込む。

何とか踏ん張りふと顔を上げる。テマラの悪態が始まる。




「ちっ……おい! いるんだったらサッサと出てきやがれ!」




テマラの怒声が響く室内は、不気味なほどに静かだった。

整然と片付いた薄暗い室内。

––––––––人の気配はない。






挿絵(By みてみん)





右手に小さなベッド、左の廊下は階段へ続いているのだろう。奥の出窓から差し込む光が、壁際にある誰も座っていない椅子を、無機質に照らしている。

俺はテマラに目をやり首をかしげる。




「テマラ、誰もいないようだけど……本当にこの家であってるのか? 前に会った仕事の依頼主の家っていうのは」

「けっ、一度行った事のある場所をまちがえるほど、もうろくしてねぇえよ。はぁ……とっととこの話を終わらせたいが、奴が帰ってくるのを待つしかねぇか」




テマラの話によると、この家に住んでいる初老の老人から、以前、仕事を受けた事があるらしい。

その仕事というのが“ある人物”の呪いを解くこと。

しかし肝心な“ある人物”というのが現れなかったそうだ。それでいったんこの仕事を打ち切ったものの、その仕事の内容をよく聞いてみると、クレタ達の状況と奇妙な類似点があったのだ。


もしかすると、その呪いを解いてほしいという“ある人物”というのが、クレタの連れいているワイバーンのミュウかもしれない。そんな可能性が出てきた。

それを確かめる為に、ここまで来たのだ。




俺たちの後から入り込んできたクレタとレギーの足音が、コツコツと床に響く。

テマラが振り返り、クレタにたずねた。




「クレタ、この家に見覚えはあるか?」




クレタはしばらく周囲を見渡した後、どこか残念そうに答える。




「……いいえ、記憶にはありません。何か思い出せるとよかったのですが……ん? あれは……」




クレタは顔を上に向けると動きを止めて目を細めた。俺たちも吸い寄せられるようにクレタの視線の先に目をやる。

木の天井に大きな染み。そしてその染みから湧き出るように何かが、ぽたり、と落ちた。

一瞬にして、室内の空気がガラリと変わる。




_________血




俺は天井を見上げながら思わず後ずさる。

この屋敷は二階建て。上の部屋に誰かがいる。


それも、大量の血を流した、誰かが。




ひえたナイフのような、クレタの冷静な声。





「……私が見てきます」




テマラのだみ声がそれを却下する。




「……ダメだ。俺が行く。俺じゃなけりゃ、ここの住人の顔がわからねぇからな……クレタ、レギー、お前たちは屋敷の入り口を見張れ。ウル、お前は俺と一緒にくるんだ」




テマラはそう言うと、すっと腰を落として階段の下に身を寄せて俺に手招きした。俺はテマラに続いて二階に上がった。




テマラは二階の廊下を音もなく進むと、血痕があるであろう部屋のドアに耳を当てる。俺に目くばせし、小さくうなずくと一気に扉を開いて室内にとびこんだ。

俺もそれに続き室内に足を踏み入れて身構える。

しかし、室内も階下同様、静寂が支配していた。

そして、その部屋の中央に人らしき影が横たわっている。

よく見ると、薄い青色のローブを羽織った男性が仰向けに寝そべっていた。

そして、その男性の胸の中央には、短刀が突き立っている。

とても短い、真っ黒い短刀。思わず目を背けた俺の脳裏によぎったのは。


あの短刀。黒い短刀。見た事のある短刀。あれは。




「クレタが……追手から奪い取った、あの短刀と、同じもの……?」





俺は気を取り直して、テマラを見る。

テマラは男の死体のとなりで膝をついて、じっくりと死体を眺めている。そして小さな声で言った。




「間違いねぇ、このじじいは俺の仕事の依頼主だ、いや、もと依頼主と言ったほうがいいか……」




俺は腹からこみ上げそうになる朝めしを押さえつけて、テマラに近寄るとつぶやいた。




「テマラ……その胸に刺さっている短刀……クレタに襲い掛かった追手と同じものだ」

「そのようだな」

「まさか、奴に先回りされたってこと?」

「さぁ、どうかな。このジジイを殺したのがクレタを襲った奴と同一人物とは限らねぇし、もともとこのじじいを殺すつもりだったのかもしれねぇし。ま、俺たちには関係ねぇ話だろう、ただ……」

「俺たちには関係ないけど、クレタ達には……関係がある?」

「だろうな、意味もなく同じナイフをつかったりはしねぇだろ。おそらく、クレタとミュウがいずれここにたどり着くであろうと踏んでいたんだ。たどり着いた時、クレタ達に対する警告としてわざと目につくように死体とナイフを残したんだろう……とにかく、ここはすぐ離れたほうがよさそうだ。行くぞ……」





テマラはそう言うと立ち上がる。そのまま俺を残して部屋を出ていった。

俺は深く息を吸い込み、恐る恐る、足元に横たわる男をもう一度眺めた。

男はまるで、眠るように死んでいた。

血の海の中心で。


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