ふてぶてしい猫ちゃん
小竜の背に乗り、走り続けていた俺達4人は、ついにダロッソの暗い森を抜けた。
森の先、ぱっと開けた視界。そこには草原がはるか先まで広がっていた。
久しぶりに頬をなでる風は、どこか埃っぽい。
すでに太陽は向こうの地平線に沈みかけていた。空には深い藍色が混ざり、迫りくる闇の到来を告げている。
俺たちはテマラの先導に従い、一番近くの町であるという“ルジャバ”という街に向かった。
ルジャバの街の入口で、ドラクル達に別れを告げる。
レギーの“操作術”から解放されたドラクル達は、我に返ったのか不思議そうに幾度かまばたきを繰り返すと、あっという間に森の方へとかけていった。
レギーはドラクル達が見えなくなるまで、いつまでも見送っていた。その表情はどこか寂しげだ。
俺とクレタもレギーにならってドラクルを見送っていた。
その時、後ろからテマラの声がする。
「おい、お前ら、いつまで、ぼさっとしてやがんだ。とっとといくぞ、もう夜の闇がすぐそこだ」
俺たちはふりかえり、テマラに続いた。
それにしても他国にこんなにも簡単に入り込めるものだとは。ダールムールには国境らしい設備もなく警備すらいない。まるで素通りだ。
俺は先を歩くテマラにたずねる。
「テマラ、ダールムールって国境警備とかはいないのか?」
「警備がいない場所を選んだだけだ。そもそもだな、あの魔獣の生息地帯であるダロッソの暗い森を抜けてくる奴なんてそういないからな。それにな、もともとエインズ王国が出入りに“厳しすぎる”んだよ。あんなに国境警備が厳重な国は、このあたりじゃエインズ王国ぐらいだぜ」
「へぇ……そうなのか」
ふと、石造りの街並みを見渡す。異国の地に来た、という感じはあまりしない。
エインズ王国のどこかの街だといわれても気がつかないくらいだ。
夕暮れ時のせいか、人通りは少ない。たまにすれ違う人に目をやるけれど、だれもかれもがうす汚れたフードを頭からすっぽりとかぶり、足早に通り過ぎていく。密入国者である俺たちなんかに、まるで興味がないようだった。
俺の隣を歩くクレタがテマラに声をかけた。
「テマラさん、これからどこへ?」
「ちょっと先に宿がある。そこで休む。目的地であるジジの街へ向かうのは明日だ」
「追手の方は大丈夫でしょうか……」
「さぁな。だが、街の外で野営なんかするよりも、まだ街の中の方が見つかりにくいだろう」
「確かにそうですが……」
「けっ、心配か? もし、心配なんだったら、ダロッソの森でしていたように、お前さんが一晩中、宿の周囲を歩き回って見張っていてくれ。俺はベッドで寝てぇんだからよ」
テマラのトゲのある言葉にクレタが黙り込む。いったい、テマラのやつはどうしてこうなんだ。俺が口を開こうとした時、レギーがクレタの耳元に口を寄せた。
「……大丈夫よ、クレタちゃん。獣の紋章師の魔術には“知らせ”の魔術があるって言ったでしょ。誰かが近づいたら動物たちが鳴き声で知らせてくれるようにしておくから。今日はゆっくり休んでいいよ」
レギーの言葉にクレタは少し微笑んだ。
「……ありがとう。レギーちゃん」
ほどなく、俺たちは小さな宿にたどり着いた。
宿での簡単な夕食の後、テマラはさっさと部屋に入り込んでしまった。
俺たち三人は、宿から出た。
レギーの“知らせ”の魔術をかける小動物を探す為だ。いわゆる、今夜の“見張り役”を探すのだ。レギーが言うには小さな動物ならば何でもいいらしい。
夜風にあたりながら、俺たちはどこへ行くともなく夜の街を散策していた。初めて訪れる異国の街という事もあってレギーはどこか浮ついた足取りで、楽し気に話していた。
「これだけの街だったら野良猫の一匹や二匹どこにでもいるんだけどな~、ねこちゃーん、でてきなさーい」
レギーの様子をみていると、本当に小動物を探す気があるのかどう心配になってくる。なんだか適当な理由をつけて、本当はただ街の中を見物したいだけじゃないのかという疑惑も浮かぶ。が、俺もエインズ王国から外に出るのは始めてだ。
動物を探すのに飽きてきたのかレギーがふと俺に目をやる。
「でもさ“砂の国”ダールムールなんていうから、砂漠みたいなところかとおもったらそうでもないよね」
ダールムール。そうだ、この国は別名“砂の国”とも呼ばれている。しかしそれは砂漠の国という意味ではない。俺はレギーに答える。
「レギー、お前、地理学の授業うけただろ。砂の国、というのは砂漠という意味じゃなくて“砂雨”、つまり砂の雨が降る国っていう意味だよ」
「え、そうだった? すなのアメ? どうして砂の雨が降るの」
「ここの隣の国、アスドラ帝国の内陸部にある砂漠や、高原地帯から風に乗って運ばれてくる砂の雨さ」
「アー……なんとなく、聞いたような聞いたことないような」
「お前さぁ……魔術の勉強ばかりしていると、ポープ先生に怒られるぞ」
「へへーん。ポープ先生は優しいからおこりませんよーっだ」
レギーはそう言いながら、ふたたびきょろきょろと動物を探しはじめる。
そういえば。
俺はこの街に入った時にすれ違った人たちを思い出した。
みな頭からすっぽりとフードをかぶり、うつむきがちに歩いていた。それに全身を包むような暑苦しいローブを羽織っていた。あれは、砂の雨に備えての格好なのかもしれない。
おもえば、この国に入ってから、なんだか喉がざらつく気がする。目には見えないけれど、あちこちに砂が舞っているのかもしれない。
突如、レギーの叫び声。
「ああ! いたっ。 ねこちゃん発見!」
レギーの指さす方向に目をやると、道をつつつ、と横切る茶色い物体。
俺たちはみなで駆け寄った。
猫は俺達に囲まれたというのに、おびえるでもなく、こちらを面倒くさそうに見上げている。なんだお前ら、と声が聞こえるくらいにふてぶてしい目つき。
俺はそいつに告げる。
「わるいな猫。今晩はお前が見張り役だ」