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魔獣の次は追手ですか



無事、ドラクル二頭を捕まえた俺たちは、その背に乗って森の中を風のように駆け抜けた。

目いっぱいのスピードで、休む間もなく突き進んだ。

そして魔獣の王国と呼ばれるダロッソの森の中で、二晩をこえた。






冷たい空気に鼻の奥がツンと痛んだ。

俺はぶるりと体を震わせながら、薄く目を開き周囲を見渡す。

ぼんやりと霧煙る木々の隙間から、漏れてくるのはあざやかな朝日。


木にもたれて眠っていた俺の隣には毛布にくるまるレギー、その足元にはワイバーンのミュウ。少し向こうに寝転んでいるテマラの突き出た腹がみえた。

クレタはいない。彼女は眠らないのだ。

夜のあいだ中、俺たちの警護のためにこの周辺を見回ってくれているはずだ。今も。





「ふぅ……妙に寒いな……」




俺はゆっくりと立ち上がり全身で伸びをした。テマラの話だと、森での野宿はこれが最後らしい。

その時、ザリッと土を踏む音が耳に入った。俺がそちらに目をむけると、うすぼんやりと光るおぼろげな森の中、クレタの姿が浮かんでいる。クレタは俺に気がつくと微笑んだ。




「ウル、おはよう。よく眠れた?」

「あぁ……まぁ、寝たような、寝てないような、なんだかすっきりしないけど」

「そう……でも野宿はこれで最後。テマラさんの話だと、もうすぐ森を抜けるみたいね」

「だな、本当かどうかわからないけどさ」




クレタはふと視線をあたりに飛ばす。




「それにしても……こんな大きな森なのに、出口までの道順を覚えていられるものかしら」

「テマラによると、この代り映えのしない景色の中にも、道しるべと呼べる目印があるらしいよ。それが何なのか、俺には教えてはくれないけれど」

「へぇ……すごいね」



クレタはそういうと、視線を足元におとした。視線の先には小さな黄色い花が一輪。

クレタはその花を悲しげな眼で眺めている。

俺はふと、不思議に思った。なんだろう、薄い霧のせいなのか、クレタの輪郭がなんだかぼやけて見えた。まるでいまにも消えてしまいそうな、そんな予感が俺を襲う。


俺が話しかけようと口を開いた瞬間。

背中から、このひとときをぶち壊す耳障りなテマラのだみ声。




「ウルゥ! さっさとクソしとけよ! 朝めしを食ったらすぐに出発するんだからよ!」




はぁ。本当に。もはや、言葉が出ない。






荷物をまとめてから、俺たちはすぐさまドラクルに飛び乗る。

レギーの合図とともにドラクル二頭は勢いよく走りだした。




先を走るのは、先導役のテマラとレギーの乗るドラクル。後に続くのは俺とクレタが乗るドラクルだ。


それにしても、手をかざしながらドラクルを操るレギーの魔術は見事だった。この旅に出た当初、自分の魔術なんかが役に立つのか、と不安がっていたレギーだったけれど、いまは少し自信がついたのかどこか生き生きとしている。



俺はドラクルに乗り、クレタを背中に感じながら、昨日の夜の出来事を思い出していた。







昨晩。



目の前に灯るのは小さくゆれるたき火。黄色く周囲の闇を照らしている。



レギーはすでに毛布にくるまり寝息を立てている。

クレタは俺たちの警護の為、闇の森を周回しているのだろう。

今にもにも消えてしまいそうな炎をぼんやりと眺めていた俺に、ふいにテマラが話しかけてきた。





「ウル。明日は、このダロッソの森を抜ける。森を抜ければ魔獣どもの危険は去るが、今度は追手どもの領域にはいるんだ。そんなボケッとしたツラしてる暇はねぇぞ」

「わかってるよ……それにしても……クレタは本当にこの二晩、まったく寝てないけど、大丈夫なのかよ」

「……やっぱりお前は、どこまでも大貴族のボンボンだな」

「なんだよ、それ」




テマラは鼻で笑う。




「あのなぁ。おぼっちゃまよぉ。何度言えばわかるんだ。クレタはただの人形だ。心配なんてする必要がどこにあるんだ? それに、いずれは消える運命だ」

「……どういう意味だよ」

「言葉通りの意味ですぜ、おぼっちゃま。お前、紋章師養成院で傀儡術(くぐつじゅつ)の授業を受けたんだろうが。傀儡術で作り上げたものは最後はどうなる?」

「たしか……目的を達成すれば、傀儡術は……その効果を……失う」




クレタの目的は、あのワイバーンのミュウを守り、送り届ける事。

とすると。

俺は咄嗟に立ち上がる。そしてテマラをじっと見つめた。テマラは俺の視線を気にする風でもなく手元にある干し肉をちびちびと噛んでいる。


そうだ。クレタはこの旅が終わればその目的を達成したことになる。つまりはクレタにかけられている傀儡術がその効果を失うという事。



どうしてそのことに気がつかなかったのか。

いや。俺は薄々感じていた。けれど、あえて頭から追い出そうとしていた。考えることを、避けていたのだ。

俺は、質問をテマラにぶつけた。




「テマラ……じゃ、クレタはこの旅が終わったら、消える?」

「普通に考えればそうだ。魔術が解けるんだからな。もとの依代、つまりは紙クズなり木クズなりに成り果てる」

「そんな……クレタはそれを知っているのか?」

「だろうな」

「知ったうえで……そんな……かわいそうだ」

「かわいそう? 本当に、何度言っても駄目だなおめぇは……」





テマラはあきれたように天を仰いだ。しかし、こうつけ加えた。





「ただな、ウル。俺はクレタ程、精巧な傀儡人形(パペットドール)は見た事がねぇ。クレタを作り上げた呪いの紋章師がどういう条件でクレタを作り上げたのかは不明だ。もしかすると今回の目的を達成した上に、まだ他の条件を付けているとすれば、クレタの魔術の効果が継続される可能性はゼロじゃぁねぇ。しかしな……」



テマラのその言葉は、俺をなぐさめる為のものだったのかもしれない。

ただの気休めの言葉だったのかもしれない。

それでも、テマラのその言葉は、俺の心のなかに少しだけ希望の灯をともした。


この旅が終わった後も、クレタが生きている世界線。

生きてエインズ王国に戻り、シールズやバルトロス、そしてレギーたちと一緒に楽しく暮らす世界線。

これは俺の自分勝手な、叶うはずのない、夢物語なのだろうか。





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