緊縛術、呪いの鎖 ★
俺たちは音を立てないよう腰を落として這うように進む。
ゆっくりと、気づかれないようにドラクルの群れに近寄る。岩や草むらを渡りながら。
進むにつれてドラクル達の姿は次第に大きくなってくる。少し大きめの草むらの影までたどり着くと、テマラが動きをとめて、ささやいた。
「……このあたりが、限度だ。レギーお前さんの“鑑定術”はここからでも使えるのか?」
「……きっと、この距離ならば大丈夫だと思います……やってみます」
そういうとレギーは目を閉じて胸元に手を当てる。
そして、奇妙な響きの難解な古代語を語りだす。これが獣の紋章師の魔術。レギーは古代語によって構成された獣詞(※呪文の意)を小さな声で唱え始めた。
俺とテマラは、じっとドラクル達に視線を固定する。
さいわいな事に、ドラクル達は水を飲むことに夢中でこちらには気づきそうにない。
レギーは獣詞を唱え終わったかと思うと、両の手をふっと前にかざした。そして目を細めてドラクル達の群れに視線を飛ばす。最後に、小さくつぶやいた。
「鑑定術:布刀玉命の眼」
レギーの目から発せられるのは、まるで炎のような赤いゆらめき。
レギーはその真っ赤な目でしばらくドラクル達を眺めていた。そして、しばらくするとかざしていた手をふいにおろす。目の赤い光がすっと消えた。
テマラがどこか不安げな声で、小さくたずねた。
「レギー、どいつを狙えばいい?」
「操りやすそうなのは……一番左にいる2匹です。少し群れから離れているあの2匹」
「あの2匹だな?」
テマラが念を押すように、左端のドラクルたちに指をさしてレギーに目くばせした。その言葉にレギーがうなずく。次にテマラは俺に顔を向ける。
「ウル。今度はお前の番だ。いいか。お前は一番はしっこのドラクルに“緊縛術”をかけるんだ。俺はその隣の大きい方を狙う。お前、呪詞はしっかりと頭に入っているんだろうな……絶対にへまするんじゃねぇぞ?」
「あぁ……絶対、大丈夫……だと……思う」
「なめてんのか、おめぇは。思う、じゃあねぇんだよ。このクソヤロウが」
「うるせーな。世の中に絶対はないんだよ」
「ないからこそ、それを目指すんだろうが。ちっ、お前なんかより、レギーの方がよっぽど肝が据わってるぜ。いいか、俺とお前の“緊縛術”をほぼ同じタイミングでやらねぇと、やつらを逃がしちまうぞ」
テマラはそう吐き捨てると、さっそく呪詞を唱え始めた。俺もあわてて唱える。
口元にそっと手を当て古代語をつぶやく。何度も何度も復唱したんだ、しっかりと頭に入っている。忘れるはずがない。俺は目を閉じて、精神を集中させる。腹の底に力を込めて、古代語を重くつぶやいた。
一つでも言葉や発音を間違えると、魔術は発動しない、もう一度、最初から唱えなおす必要があるのだ。俺は一句一句、確かめて言葉を選び取る。そして唱え終わる。
「緊縛術:呪いの鎖」
その時、突然、俺の両の手がぐっと重くなり下に引っ張られる感覚。それと同時に周囲から聞こえてくるのは、ジャラジャラと何か固いものが連鎖でぶつかる不快な響き。成功だ。
俺は薄く目を開いた。
俺の手に巻き付いているのは漆黒の鎖。
俺はその闇から生まれた鎖をぐっと握りしめた。
ふと、耳元でテマラの声が聞こえた。
「ウル、いまだ」
その声を合図に、俺とテマラはほぼ同時に立ち上がり、草むらから上半身をあらわに伸ばす。そして、それぞれのターゲットめがけて手に持つ呪いの鎖をしならせた。
その瞬間。一斉に水辺のドラクル達がこちらに顔を向けたのが分かった。と同時にドラクル達は大きく飛び跳ね方々に散った。
俺のターゲットは1頭。それ以外はどうでもいい。
俺の手から伸びる真っ黒の鎖の先端は、放たれた矢のような軌道でドラクルの足を一直線に捕らえた。鎖はぐるりとドラクルの後ろ脚を巻き上げる。ドラクルは体勢を崩してその場にへたり込んだ。
しかし、ドラクルもじっとはしていない。鎖から足を抜きだそうと強くもがく。俺は離すまいと手にもつ鎖をしっかりと握りしめた。ここまでくれば大丈夫。俺は思わず大きく叫んだ。
「やった! つかまえた!」