ついにドラクル発見、でも意外とデッカイぞい
森の中をさらに進み、ほどなくすると。
道の先から黄色い光がかすかにもれてくる。
どうやら少し先、森が開けているようだ。
その時、一番先頭を行くテマラが立ち止まる。顔をこちらに向けると、片手を掲げて俺たちに止まるよう合図した。
「お前らはここで待て。この先に湖がある。ドラクル達は湖の周辺に集まりやすいんだ。俺がまず見てくる。いいか、ここから動くんじゃねぇぞ」
テマラはそういうと、身をかがめてあっという間に木々の隙間に消えていった。
残された俺たちは、近くにあった倒木を椅子代わりに、三人横並びに腰かけた。俺とレギーでちょうどクレタをはさむように。俺はクレタに話しかける。
「クレタ。さっきは悪かった……テマラの奴は本当に失礼なオヤジなんだ、デリカシーのかけらもないっつーかさ……」
「いいよ。わたしは大丈夫だから」
「それならいいんだけどさ」
俺はクレタの向こう隣にいるレギーに目をやる。レギーは手元に本を開いてぶつぶつと不気味につぶやいている。いったい何をしているんだ。
「おい、レギーそれってまさか魔術書? 魔術書なんて持ってきていたのか」
レギーは本から視線を外すと、こちらに顔を向ける。
「あったり前じゃない。それよりもウル達の誰一人として魔術書を持ってきていなかったことのほうが驚きだわ」
「あのさぁ、今は養成院の試験終わりの“解放の日”だぜ? いってみれば休息の時間だろ」
「よくそんな事言っていられるわね。魔術の授業が始まってから、覚えることが次々と増えるのに、休息なんて言っていられるわけないでしょ。ほんと男の子たちってのんきよね~……」
「へっ、勝手にいってろよ。でも、ま、こういう状況になるならば魔術書を持ってきておいて正解ではあったな。レギーは、これからドラクルに“操作術”をかけなきゃいけないんだから」
レギーは心細げに、ため息をついた。
「はぁ、それなのよね。……いままでも獣の“操作術”の練習自体は授業でしてきたけどさ、ドラクルに操作術をかけるのなんて初めてなんだよね。うまくいくのかなぁ~、あー心配っ」
「何が心配なんだよレギー。授業のときにはとても上手に大馬を操っていたじゃないか」
「だってあの大馬はあくまでも訓練された養成院の魔獣よ。もともと賢くて従順な子たちだもの。野生の魔獣となると、また話が違うわ」
「へ~……そんなもんかねぇ……」
レギーが言うには、操りやすい獣とそうでない獣がいるらしい。とりわけ知能が高かったり、凶暴な獣というのは操るのがかなり難しくなるそうだ。
反対に性格が従順だったり、警戒心の低い獣は操るのが簡単らしい。
レギーの説明を一緒にきいていたクレタがレギーにたずねる。
「じゃ、ドラクルは、操りやすいか操りにくいか、でいうとどっちになるんだろう?」
「ドラクルは、操りやすい部類にはいるかな。もともと他の生物に対しての警戒心が低いし、性格もそんなに乱暴じゃないから。でもね、個体差が厄介なのよ。いくら種として穏やかな性格っていったって中には聞かん坊な子もいるからね。まず、その判別をしなきゃいけないのよ」
「判別……なにかこう、判別の方法があるの?」
「ええ。そこで“操作術”を使うまえに、まず“鑑定術”でその子のだいたいの資質を判定する必要があるの」
「へぇ、すごい! そんな魔術があるんだね」
レギーはまんざらでもないといった顔で、クレタに魔術の話をしはじめた。クレタはときにうなずいたり、ときに質問をしながら、レギーの話に真剣に耳を傾けていた。俺は2人から視線をはずして、ふと周囲を見渡す。
一面の緑。まるで自分の縄張りを主張しているみたいに、木々たちが枝を方々に伸ばしている。何重にもかさなる葉っぱが、色の濃さを変えながら遠くまで続いている。こんな場所で迷ってしまったら、絶対に抜け出すのは不可能だろう。背中に冷たい汗がひとすじ流れた。
その時、少し先からテマラの声。
「おい、いたぞ」
俺がとっさに視線を向けると、かがんだテマラが木の影から飛び出してくる。
俺たちは一斉に立ち上がる。テマラが続ける。
「ウル、レギー。こっちにこい。クレタはその場で待っていろ」
俺とレギーがテマラの言葉にしたがい歩を進めようとすると、クレタがテマラに声をかけた。
「テマラさん。わたしも一緒のほうが……」
テマラがクレタの言葉をさえぎる。
「ダメだ、クレタ。お前さんはそこにいろ。“魔獣除けの結界宝玉”の効果範囲がはっきりしねぇ。お前さんまでこっちに来るとドラクル達が逃げちまう可能性がある」
「それならば、いったん結界宝玉の効果を消しましょうか?」
「何をいっているクレタ。今回の作戦を忘れたのか? 今回の目的はお前さんの背中にいるミュウを、ダールムールのジジの町まで無事に送り届けることだ。こんなところで結界宝玉の効果をけせばミュウに危険が及ぶだろうが」
「……あ、そ、そうですね。わかりました。わたしはここで待っています。どうか気をつけて……」
「ったく、妙な事をいいやがる人形だぜ……」
テマラは不機嫌そうに舌打ちをした。テマラはクレタの事がどうにも気に食わないようだ。またテマラがクレタにひどい事を言う前に、はやく二人を引き離したほうがいい。
俺はレギーにささやいた。
「……レギー、急ごう」
レギーは魔術書を閉じてコクリとうなずく。俺たちはテマラのもとに走り寄り、後に続いた。
一歩進むたびに、水っぽくて冷たい空気が肌にまとわりつく。木々の壁が急に薄くなり、光の中に飛び込むと視界がパッと開けた。その光景に息をのみ立ちすくむ。
一面、真っ青だった。
鏡のように空の青を反射する水面は波一つなく、遠くまでまっすぐに伸びている。
まるで青色の大地だった。となりにいたレギーが言葉をこぼす。
「ひゃぁぁ……なんてキレイなのかしら……」
俺も同感だ。そんな俺たちの感動の瞬間などお構いなしに、テマラは湖に沿って右へ移動する。そして少しさきを指さした。
「おい、お前ら。あそこに見えるか、ドラクルの群れが」
俺達が視線を湖からテマラの指のさす方向へと移動させると。
いた。
魔獣の群れが。大きな影が水辺にあつまり、ちょこちょこと愛嬌のある動きでじゃれあっている。
確かに、ドラクルたちだ。しかし、野生のドラクル達は、俺が考えていたよりもずっと大きかった。
せいぜい腰下までの大きさで想像していたが、あの影の大きさは、俺たちの背丈をゆうに超えていそうだ。
レギーも俺と同じことを思ったらしく、少し驚いたようだ。
「やだ、思ったよりも大きいわ。あれだったら1頭で2人ずつ乗れるわね」
「オレもっと、小さくてかわいいのを想像してた……あれを魔術で操るってなかなか大変そうだな……」
「でしょ、だから心配していたのよ。野生の魔獣は飼われている魔獣より、何倍も扱うのが大変なんだから」
「レギー。さっき言っていたように“操作術”を使う前に、まず“鑑定術”であいつらの性格とかを測定するんだよな?」
「ええ、そうね。それにはもう少し近寄らないとね……」
テマラが俺の隣に体を寄せた。俺に耳打ちをする。
「おい、ウル。お前、基礎的な呪いの魔術はすでに習っているんだろう? “緊縛術”は習得済みか?」
「ああ、一応は……」
「ならば、お前にもミッションだ。いいか、俺とお前で一頭ずつ、ドラクルに緊縛術をかけて動きを止める。その後に、レギーの出番だ。ここでドラクルどもを逃すと、振り出しに戻るぞ、失敗は許されねぇからな」
「……わかった」
“緊縛術”か。
これは呪いの魔術の一種で、相手の動きを一時的に封じる魔術だ。
しかし、相手に避けられると効果はない。きちんと狙いを定める必要があるのだ。
俺は、深く深く、息を吸い込んだ。俺が息を吐き出す前にテマラの号令が静かに響いた。
「……行動開始だ」