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魔獣の王国




「ふぅ、もうここまでくれば大丈夫だろう、監視の網からは抜けたはずだ」




テマラのゆるんだ声が小さくひびいた。ここはすでに、ダロッソの森の中。

テマラの声に俺たちはみな、足を止めて、ふと後ろを見上げた。

木々の隙間、遠い空を背に槍のような監視塔が天を突くようにそびえたっている。

俺の口から自然と言葉がこぼれた。




「意外とすんなり抜けられたな……」




そのセリフにレギーが答える。




「……バルトロス君とシールズ君たちのおかげね」

「だな、監視塔の連中をうまくひきつけてくれたようだ」

「でも大丈夫かな、あの二人」

「大丈夫さ。もともと、俺たちはここに紋章師養成院の実地研修できていたから。監視塔の人たちとは顔見知りなんだよ。今頃は、むかし話でもしているさ」




その時、テマラの声が俺たちの会話を断ち切った。




「おい、お前ら。のんきにあいつらの心配をしている場合か」




俺たちが声のほうを見ると、テマラとクレタはすでにかなり先に進んでいた。俺とレギーは慌ててテマラたちの後を追った。








ここは、エインズ王国の外。

かといってすぐに隣国のダールムールに入り込んだというわけでもない。

このダロッソの森は俺たちのすむエインズ王国と隣国ダールムールの隙間にある緩衝地帯(バッファゾーン)だ。

二つの国を隔てる自然の国境。

魔獣たちが支配する“魔獣の国”ともいえる。




さっきからあちこちから感じる気配。

そこかしこの木陰から、不穏な空気が漂ってくる。というのに、不思議と魔獣の姿は一匹も目に入ってこない。これが、“魔獣除けの結界宝玉”の力なのだろう。

俺たちはしばらく無言で歩き続けた。








まだ昼間のはずなのに、周囲はどんどんと暗くなってくる。

天にはり巡らされた蜘蛛の巣のような木々の枝。

森の奥に進むたび、ひとまわり、ふたまわり、どんどんと太くなり、ついに日をさえぎりはじめた。


先頭にテマラ、その後ろにミュウを背負ったクレタ。

そのクレタを両側からはさむように俺とレギーがつく。俺は隣で歩くクレタの姿をちらりと見る。

クレタは顔色一つ変えずに黙々と歩き続けている。まるで息が切れていない。

眠りもせず、疲れもせず、クレタはただミュウを守るために存在する。

呪いの魔術により生み出された傀儡人形(パペット・ドール)なのだ。



クレタはミュウを送り届ける為だけに生み出された存在。

だとすると、その役目を終えればどうするのだろう。

俺はずっとクレタに聞いてみたかった質問をついに口にした。




「なぁ、クレタ」

「……ん? どうしたの、ウル」

「あのさ、この作戦が終わったら、どうするんだ?」

「どうするって、何を?」




クレタは首を傾げた。クレタがこちらに顔を向ける。目が合った途端、俺はクレタが傀儡人形だという事をすっかり忘れてしまう。クレタの目はまるで本当に生きているみたいに、俺に焦点を当てる。

俺はどきりとして慌てて目をそらす。そして、しどろもどろになんとか話を続ける。




「い、いやさ。この作戦が終わったら。どうするのかと思ってさ。どこか行く当てがあるわけ?」

「ふふ……まさか。わたしに行く当てなんてあるわけないわ。わたしにはミュウがすべてなんだから」

「じゃぁさ……あの……これは、俺だけじゃなくて、バルトロスとシールズからの伝言でもあるんだけどさ」

「どうしたのよ。変なの」




俺は意を決して伝える。




「もしも、行く当てがなかったら。エインズ王国に来ないか? テマラの屋敷でってわけにはいかないかもしれないけど。なんていうか、俺たちも、またクレタに会いたいしさ」




クレタは緑の目を見開いて、そして、小さく笑った。




「やだ……ウルったら」

「い、いや。別に俺がそう思っているってわけじゃなくって、あ、いや俺もそう思っているんだけど。ほら、あ、あいつら、バルトロスやシールズもそう思っててさ、クレタにそう言えって言われたからさ、はは、だから、ど、どうかなって」




なんだっていうんだ、いったい。ただ俺達三人の伝言を伝えるだけで、俺はどうしてこんなに心臓がバクバクしているんだ。ちらりとクレタを見るとクレタはうつむきがちにつぶやいた。




「ありがとう。そうなると、いいな」

「……そ、そうだな。そうなるといいよな」




その時、クレタの向こうからレギーが顔を出して、口をとがらせる。




「ちょっと、なぁにぃ、ウル。どうしたのよぉ~。顔が真っ赤よぉ?」




俺は慌てて顔を手であおいだ。




「う、うるせぇな、レギー。歩いてるから、アツいんだよ」

「ウルってさ。クレタちゃんといる時と、わたしといる時と全然違うのよね、男ってわっかりやすいわよね~。ねぇクレタちゃん」




レギーが鼻で笑って俺を指さす。それを横目で見ていたクレタが口元を手で押さえてさらに笑った。俺を気遣ってかその笑い方はどこか控えめだった。

くそう、レギーの奴、いつか泣かせてやる。




その時、前を行くテマラが急に立ち止まる。俺たちも動きを合わせて、足を止めた。

テマラがため息をつく。




「ふうむ。クレタを狙う追手というやつは、意外と……」




俺達三人はテマラの背に近寄る。テマラは腕を組んで何ごとかに頭を悩ませているようだ。俺がたずねる。




「どうしたんだよ、テマラ」

「クレタを狙っているという追手の事だが……もしかすると、クレタが撃退したという奴、一人だけかもしれんな」

「え? どういうことだ?」




テマラはくるりと振り返る。




「考えてもみろ。もしも追手が複数人いて組織的な襲撃を考えていたのなら、俺たちはとっくに襲われている。ダロッソの森に入る前に仕かけてくるチャンスなどいくらでもあったはずだ。こんな魔獣だらけの森のなかでの戦闘なんぞは連中も望まないはずだ。この森での戦闘はあまりに不確定な要素が多すぎるからな」

「たしかに……戦闘を仕かけるのならば、エインズ王国の中でのほうが仕かけやすいかもな。だというのに、追手は森に入るまでには襲ってはこなかった……俺たちが護衛しているのをみてやめたってこと?」




テマラが俺の言葉にうなずいて続ける。




「そうだ。その可能性が高い……だとすると、クレタの追手とやらは案外と小規模かもしれん。多くとも2人だな」

「だとすると俺達4人で移動していれば、襲われないってこと?」

「かもな。ただ、その追手とやらが仲間を連れてくるまでは、という制限付きだ。しかし、無事森にはいれた今は追手を警戒するよりやることがある。俺たちの足となる小竜(ドラクル)を探すことに専念しよう。よし、路線変更だ。ここから一番近いドラクルの巣に向かう」




テマラはレギーに目をやった。




皆の視線を受けたレギーは、胸を張り、力強くうなずいた。



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