朝の作戦会議 ★
旅の準備を整えてから、大食堂に集まり皆で少し早めの朝食を摂った。
窓から差し込む朝日が白いテーブルクロスを縁取る。
今回の旅の同行を断られたバルトロスはずっと不満げな顔。何も言わずにサラダをもしゃもしゃとほうばっている。その隣、シールズは、どちらかというとホッとしているようにも見えた。レギーはというと、初めてエインズ王国から外に出るという事に興奮しているのか、ほほを赤らめて、たのしみだのなんだのとクレタに一生懸命に話しかけている。レギーの好奇心は果てがないようだ。
どこか楽し気なレギーが気に入らないのか、レギーの声をさえぎるようにバルトロスがテーブルの端に座っていたテマラに聞いた。
「テマラさん。隣国のダールムールに入るといったって、どうやっていくんです?」
朝っぱらからワインをちびちびと飲んでいたテマラは、面倒くさそうに口を開いた。
「ダロッソの森を抜ける」
その聞き覚えのある地名に俺たちは目を丸くした。バルトロスが重ねて問いかけた。
「ダロッソの森!? その森って俺たちが紋章師養成院の実地研修でいった場所です。魔獣がうようよいる場所ですよ」
「だからだよ。クレタには追手がついてんだろ? 普通の道をのほほんと進んでいりゃ、いつ賊どもに襲われるかわからねぇからな。魔獣どもを盾がわりにつかうのさ。それに、ちょうどいいことにクレタは“魔獣除けの結界宝玉”を持っている。これを使わねぇ手はねぇだろ」
「なるほど……魔獣によって敵の襲撃をけん制しつつ、自分たちの身の安全は確保できるという事ですね」
「そうだ。だが一点、問題がある」
「問題?」
何が問題なのだろう。
俺と同じ疑問を皆が持ったようだ。テーブルに座る全員が食事の手を止めテマラの言葉に耳をかたむけていた。テマラはワイングラスを少しなめ、話す。
「問題はダロッソの森の手前にある国境監視塔だ。あそこをすり抜けなきゃあなんねぇからよ。まぁ監視の穴は把握しているし、俺一人ならば何とでもなるが、お前らがへまをしないかが心配だ。国境警備をしているのは曲がりなりにも宮廷魔術騎士団様たちだからな、けっ」
テマラの言葉にどこか嫌味な空気感。もともとテマラは宮廷魔術騎士団が嫌いらしい。理由を深く聞いた事はないけれど。とにかく宮廷魔術騎士団員たちのことを話す時、ポンコツだの、似非紋章師だのと悪態をつく。
その時、テマラと対角線上の席に座っていたクレタがどこか不安げな声で話しかけた。
「……ダロッソの森を抜ける間、この魔獣除けの結界宝玉を使う。そこまではいいのですが、魔獣除けの結界宝玉を使うという事は、わたし達自身も移動用の魔獣が使えないことになります。ダロッソの森を徒歩で抜ける……となると、かなりの道のりになるとおもいます、わたしは大丈夫ですが………」
クレタの視線が俺とレギーに注がれた。その視線から不安が見てとれる。
なんだか、少し、プライドが傷つくような。まさか、足手まといだとでも思われているのか。
俺が何か言おうとした瞬間、テマラが代わりに答える。
「だからさ、そこにいるお嬢ちゃんの出番だ。レギー、といったかな?」
突然、テマラに名前を呼ばれたレギーはびっくりしたのか急に立ち上がる。
「わ、わわわ、わたし? わたしが何か!? あ、足手まといになんかならないわ!」
テマラが顔をしかめて制す。
「まぁ、まぁ落ち着け。別に足手まといだなんて思っちゃいねぇ。むしろお前さんの魔術が必要なんだよ」
「わたしの……魔術?」
「そうだ。ダロッソの森には様々な野生の魔獣がわんさかといる。その中で移動獣として使えそうな魔獣を調達してもらう。あの森にいる中で移動獣として使えそうなのは足の速い小竜だ」
レギーは宙に視線を泳がせて、ふとつぶやいた。
「ど……ドラクル……。ドラクルというと、四つ足の小さな竜ね」
「そうだ。ドラクルを見つけ次第、結界宝玉の効果を消す。そこからはお前さんの魔術でドラクルどもを使役してもらう。ドラクルに俺たちの足になってもらうって寸法だ。ドラクルはそれほど凶暴な魔獣じゃねぇし。簡単な操作術くらいは習得済みだろう?」
「は、はい……一応は学びました。で、でもうまくいくかしら……」
「うまくいかなきゃ、俺たちは森の中で何日も過ごさなきゃならねぇ。レギー、お前さんは自分からこの作戦への参加を願い出たんだ。紋章師として作戦に参加するというのは、仲間の命を預かるという事だ。まだ養成院の生徒とは言えど、お前さんはすでに紋章師。覚悟が無けりゃ、ここに残れ」
テマラはさっきとは打って変わって真剣な眼差しをレギーに向けた。
その目は強く、厳しかった。
レギーは一瞬たじろいだように顔をゆがませた。しかし、そのテマラの真意をくみ取ったのか、小さく深呼吸して、うなずいた。
「わかりました。任せてください。獣の紋章師として、この作戦に参加します」
「いいだろう。しっかりと操作術の復習をしておけ」
テマラはすでにその作戦を立てたうえでレギーの同行を許したのだ。
まさか、そこまで考えていたとは思いもよらなかった。
だとすると、俺の役目というのは何なのだろう。俺は問いかけるようにテマラの顔に目をやる。しかし、テマラは俺の視線に気がついていたのか、いないのか。
静かに立ち上がり背を向けて去っていった。