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旅の支度


テマラにクレタの事情を話した次の日。



テマラは朝早くから隣国であるダールムールへと向かう準備を整え始めた。

クレタの持つ“結界宝玉”が本物とみるやいなや、これだ。

きっと高額で売り飛ばせると思ったのだろう。

その変わり身の早さといったらまさに“現金な商売人”そのものだ。


俺はというと、まだ日が昇る前から、テマラに叩きおこされて旅の準備に付き合わされていた。



屋敷裏にある倉庫の中。

俺は、覚めきらない目をこすりながら、食料や武器の物色を行うテマラの背中をぼんやりと眺めていた。テマラは何事かぶつくさ言いながらあちこちの棚をあさり、何かをかき集めている。俺はあくびを嚙みながらテマラに聞いた。




「ふぁぁあ……なぁ、テマラ、どうして俺も一緒に行かなきゃならないんだよ」

「はぁ? あったりめぇだろうがよ。あのメスガキはお前がしょい込んだお荷物だ。お前がかたをつけるのが筋ってもんだろうが」

「養成院の休暇期間は10日しかないんだ。それまでに戻ってこれるのかよ……」

「そんなこと知るか」




よりにもよって、クレタ達を隣国ダールムールに連れていく条件としてテマラが要求したのは俺の付き添いだった。いったいどういうつもりでテマラはそんなことを言い出したのか。そして、面倒な悩みの種がもうひとつ。




「なぁ、テマラ。俺を連れていくのは百歩譲っていいとして。どうしてレギーまで一緒に?」




テマラは棚をあちこちかき回しながら、せわしなく答える。




「レギー? ああ、あの獣の紋章師か。アイツに関しては正直どっちでもいい。一緒に来たいっていったのはアイツの方だからな。勝手にしろといっただけだ」

「ことわりゃいいだろ。そうすればレギーだって無理やりにはついてこないよ」

「獣の紋章師は役に立ちそうだからな」

「は? じゃどうして、バルトロスやシールズは断ったんだよ」

「あいつらは今回の仕事の役に立ちそうにねぇ。いいか、ウル。これはパーティ編成の基礎だ。前衛に立つ戦士タイプの紋章師ばかリ集めても仕方がねえんだよ。戦士タイプはあのメスガキ……クレタといったか。アイツだけで十分だ」

「それはそうかもしれないけど……」





確かに、クレタの強さは追手との戦闘を見て十分にわかった。それはいいとしても。

レギーはまだそんなに戦闘ができる程の訓練は受けていない。その点では、俺も含めてバルトロスやシールズたちと、全員似たり寄ったりに思える。

でも、テマラの考えはそうではないようだった。あの三人の中でレギーだけを同行させるというのは何か意味があるのだろう。



その時、背中に気配がして振り返る。

倉庫の入り口にはクレタが立っていた。俺は小さく手を挙げ挨拶をした。




「やぁ……クレタ。起きちゃったのかい?」

「……ふふ、ウルったら。わたしが“傀儡人形(パペット・ドール)”だってしっているでしょ。わたしは眠らないわ。場合によって眠ったふりをすることはあるけど」

「あ、そ……そうだったっけ」




クレタはどこか涼し気な眼差しで倉庫の中を見渡すと、俺の隣に来て立ち止まる。テマラの背中に声をかけた。




「テマラさん、何か手伝う事はありますか?」




テマラはくるりと振り返ると、クレタに目をやる。


「ああ、クレタか。いいさ気にするな。これは俺たちの仕事だから、お前はすでにおれのお客様だ。お客様に手伝いをさせるわけにはいかねぇよ」



その言葉を聞いたクレタは目を丸くした。そしてどこか悪戯っぽく口をとがらせる。




「あら、テマラさん。もうわたしの事をメスガキとは呼ばないんですか?」



その言葉にテマラはどこかどぎまぎとしたような態度を見せ、言葉に詰まる。




「うん? あ、ああ、いやぁ。ま、口が悪いのは許してくれ。これは俺の性分なんだ」

「いえ、いいんです。ちょっと言ってみたくなっちゃって」

「そうかい。ところで、クレタ。お前さん、おそらく一部の記憶以外は“白紙”だろう?」

「……ええ、わたしにあるのは戦う方法だけです。わたし自身の事はなにも……」




テマラは手元に持っていた何本かの剣をクレタに見せて話す。




「お前さんは、おそらく剣の紋章師だろう。武器をいくつか用意したんだが……」




クレタはテマラから渡された剣を順に手に取り軽く身構えた。何かを思いだそうとするかのように。クレタはしばらく考え込んだ後、一つの武器を選び取った。それは細見剣(レイピア)。細く鋭い剣身、刺突用の武器だ。その姿を見ていたテマラがうなずく。



「しっくり来たか? レイピアが」

「はい。おそらく、わたしは“細身剣の紋章師”です」

「よし。これで、また一つ。お前さんの記憶が“追加”されたな」

「はい……テマラさん。あなたも、ウルと同じく呪いの紋章師でしたね……わたしのような“傀儡人形(パペット・ドール)”についてはお詳しいのですか?」

「まぁ、一通りの知識はな。基本的に傀儡人形ってのは、そいつに課せられた目的に応じてその能力が付与される。お前さんの目的はあの赤子のワイバーンを守る事なんだろう?」

「はい」

「ならば一通りの戦闘能力は付与されているはずだ。しかし、それをうまく覚醒させるには、きっかけが必要だ。お前さんはいままでここにくるまでも、様々な記憶を順番に思い出してきたはずだ。ここで、武器を選ばせたのもお前さんに付与された記憶を覚醒させる一つのきっかけだ」

「なるほど……そうなんですね……」

「お前さんは“細身剣の紋章師”としての記憶がいま覚醒した。いまからは、細身剣の魔術が使えるようになったはずだ」




クレタは小さくうなずいた。

クレタが、さらに強くなった、という事か。


俺は剣を見つめるクレタの横顔に目をやる。

やっぱり、彼女は綺麗だった。

白い肌に浮かぶ、薄い緑の物憂げな瞳は何度見ても吸い込まれそうになる。

クレタがただの傀儡人形だとはどうしても思えなかった。

ふいにクレタと目が合う。クレタはほんの少し、笑った。




「どうしたの?  ウル」

「え? い、いやぁ。べ、べつに、なにも」

「……ふふ、ウル。これからしばらく一緒ね。ごめんね、わたしにつきあわせちゃって」

「いいさ。別に気にしてないから。クレタの為だからさ」



それを見ていたテマラが野太い声でいやらしく笑う。




「おいおい、ウル。どうして俺もいかなきゃならないんだ、ってさっき泣き言をいってたのはどこのどいつだった?」

「う、うるせーな! さっきは早くにたたき起こされてイラついてたんだよ」

「けっ、ガキがかっこつけんじゃねーよ」





俺たちのそんなやり取りを聞きながら、クレタはまたクスリと笑った。

そして、ぽつりとこぼした。




「ウル、ありがとう」


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