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ランカの涙


 俺はマルコに真実を伝えた後、すぐに幽閉塔に向かった。

 ただし、俺の付き添いとして盾の兵士をひとり、あてがわれた。




 幽閉塔の最上階にたどり着く。壁際に横たわっていたはずの兵士の亡骸はすでに無い。床の血痕すら見当たらなかった。

 俺を先導していた盾の兵士は振り返りざまに、ぎろりと不満げな目をむけた。



「さぁ、中には槍の紋章師がいる。さっさとしろよ」



 そういいながら、盾の兵士は黒い鉄扉をあけ放った。

 俺は扉をくぐり、中にはいった。







 一番奥。後ろに手を縛られたランカは足をのばして壁に背をあずけ、ぐったり首を前に折り曲げている。もはやすでに息絶えているのかと思うほどに身じろぎ一つしなかった。


 俺は近寄り改めてランカを見下ろした。

 衣類のあちこちは擦り切れて痛々しく血がにじむ。ろくな防具を身に着けていない。

 襲撃なんて計画を立てたのならば普通は服のしたに鎖かたびらでも仕込んでいるものだ。

 しかし、ランカが着ているのは、ただの薄手の古びた商人服のみ。

 こんな格好で、たった槍一本持ってこの城に乗り込んだのか。リゼの呪いと共にここで消え去るつもりだったのだろうか。


 俺は声をかけた。



「よぉ、ランカ」



 ランカはうなだれたまま、心底面倒くさそうな声を絞り出した。



「……また、あなたか……何を、しに来たのです」



 俺は歩を進めて、ランカの顔の前にしゃがみ込んだ。

 そして、ランカの胸ぐらをつかんだ。無理やり顔をあげさせる。


 ランカは腑抜けたようにぼんやりを顔を上げる。目はくすんで覇気はない。

 口元から血が一滴、おちた。



「余計なお世話ってのはわかってるが。お前さんに、教えにきてやった。本物のリゼはな、お前に愛されているとは感じていない」


 ふいにランカの目が揺れるが、動揺を隠すように俺と目を合わせようとはしない。

 俺は続ける。



「リゼが俺に言ったよ。ランカが自分に会いに来るのはただ自分に対して罪の意識を感じているだけだからと。懺悔(ざんげ)に来ているだけだとな」

「俺には……彼女を、愛する資格がないのです……」

「愛する資格が無いから、リゼに会いに行って、すまなそうな顔をして謝って、おざなりに体を重ねて、それで終わりってか」

「……あなたに何がわかるのです……」



 俺はランカの胸もとから手を放して、すっと立ち上がる。ランカは力なくうなだれたまま。



「なんもわからん。まったく理解できん。だがな、お前さんがリゼから逃げたがっているってことはわかる。防具もつけず、槍一本でここにきて死ぬつもりだったのか?」

「……俺は、ただ、リゼの願いをかなえてやろうと……」

「リゼの願い? 寝言は寝て言え。自分の心すらわからないのならば俺が教えてやる。お前はな、罪の意識から逃れるために最後の最後まで全部の責任をリゼにおっかぶせる気だったんだ。全部をリゼにゆだね、全部をリゼのせいにしようとした。自分の死さえもな」



 かすかにランカの肩が揺れた。



「ち、ちがう……そんな……ちがう」

「なぁ、ランカよ。お前とリゼの処遇をどうするかは俺にゆだねられた。お前たちを、煮ようが焼こうが好きにしろと、領主の息子様から直々にお許しが出たんだ。だから俺に従ってもらおうか」




 ランカは何も言わず、うなだれて肩をふるわせていた。




 俺は一つため息を落として告げた。



「今から、あの赤い指輪の呪いを解くことになるが……本物のリゼから聞いた話を、俺はすべてマルコ・ルルコットに話した」



 ランカは不意に顔をこちらに向ける。その大きな目で俺を凝視する。




「……ば、馬鹿な……あの女が、偽物のリゼだと話したというのか……」

「そうだ。マルコ・ルルコットは、すでにすべてを知っている。しかし、俺の話だけではなんの証拠にもならないがな。ただ、もしも俺が今から行う解呪の儀式で、あの指輪の呪いが解ければ、それが真実であるという証拠になる」

「……いったい、どうなるのだ……ミカエル様は……ステインバード商人団は……」

「ふん。今さらになってそんなことを心配するとは。ミカエル・ステインバードの行為は領主に対する裏切りだ。ステインバード家、一族郎党まとめて処刑されてもおかしくはない。まぁ、どうなるのかは正直わからねぇな。マルコ・ルルコットの腹の中次第ってこった」



 俺は黙り込んだランカにくるりと背を向けると、牢を出た。

 




 盾の兵士は俺に気がつくと憮然とした態度で首を小さく傾けた。



「済んだか。では、マルコ様のご命令だ。今からお前をリゼ様のもとへ案内することにしよう」



 俺は盾の兵士につき従った。






 ルルコット城、最上階。

 盾の兵士に案内されて俺はとあるドアに通された。




(寝室か)



 

 豪華な装飾の華やかな部屋の奥。

 包み込むような天蓋の寝台、そこに頭を向こうにして横たわるのは”偽物”のリゼ。

 その隣には、彼女を見守るようにして立つマルコの姿。

 マルコはすっと俺に顔を向けると、どこか楽しそうに小さく笑みを浮かべた。



「待っていたぞ、呪いの紋章師。さ、早くこの指輪の呪いを解いてくれ」

「え、あぁ……はい」



 俺はマルコの隣まで進むと、偽物のリゼの顔をゆっくりと覗き込んだ。

 彼女は俺のかけた睡眠術で深い眠りに落ちている。しかしその表情は苦悶に満ちている。

 なにせ俺のかけた呪いの魔術【悪夢渦】は悪い夢を見る為の睡眠術なのだ。

 俺はマルコにたずねる。



「では、今から解呪の儀式を行います。魔術陣の中央に彼女を”置く”必要があるので、少し体を動かしますが、よろしいですか?」

「あぁ、構わんぞ。言ってくれれば、俺が彼女をどこへなと運ぶ」

「それでは、この部屋で解呪の儀式を行うという事でいいですね?」

「もちろんだ」



 俺はうなずいて、さっそく”解呪の儀式”の準備に入った。


 

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