テマラの依頼主
さて
ここからクレタの視点は終わります。
再びウル達の視点に戻ります。
それでは・・・・。
クレタはミュウをやさしくなでながら、いままで自分が体験してきたことを淡々とはなした。
俺たちは同じ部屋の中、その話を静かに聞いていた。
クレタは口元でちいさくため息をついて話を終えた。
「わたしの話はこれですべてよ……ごめんね。色々とだましたみたいになってしまって」
はなしを聞いていた俺たちは、皆、椅子やら床やらに座りながら、互いの顔を見渡す。
壁にもたれて聞いていたバルトロスが、口火を切る。
「……俺たちはてっきり、クレタ達が護衛を引き連れてこのエインズ王国に忍び込んで来たのかと思っていたが、もう一匹のワイバーンに乗っていた獣人族は護衛ではなく追手だったんだな」
「ええ、でも、相手の正体を知る前に、お互いに森の中に墜落してしまったから、わたしの推測にすぎないけれどね」
「なるほどな……ならばこのエインズ王国に来たのは本来の目的ではないってことか」
「ええ、空中戦をするうちに、目的地から大きく逸れてしまった。だから、仕方なく一番近くに見えた建物をめざしたの」
「それが、エインズ王国の端っこにある、俺たちがいたあの監視塔だったってわけか」
クレタはすまなそうな顔をしてこくりとうなずいた。
壁際の椅子に座っていたシールズが身を乗り出す。
「じゃぁさ、ここが本来の目的地じゃないとして。クレタ達の目的地はどこか別にあったわけ?」
クレタは胸もとに手を差し込んだ。内ポケットから小さな羊皮紙を取り出すと視線を落とす。そしてつぶやく。
「わたしが渡された地図によると、わたし達の目的地は隣国のダールムールにある、ジジの町と呼ばれるところなの」
「ジジの町……そこに何があるんだろうね」
「さぁ……よくわからないけれど、きっとミュウを助ける何かがあるんだと思う」
「ミュウを助ける何か、かぁ。そのまえにそのミュウは何者なんだろうね。ただのワイバーンの幼竜じゃないってことは確かみたいだけど」
「わたしには知る必要のない事なんでしょうね。わたしはこの子を送り届ける為だけに生み出された“傀儡人形”だから」
「ふうん……なんだか、雲をつかむようなはなしだね」
重い沈黙。
ワイバーンという移動獣を失ってしまった今、クレタ達は簡単に身動きが取れない。さらにまずいことにすでに追手がこの屋敷までたどり着いてしまった。
目的地を目指すにしろ、しばらくエインズ王国で暮らすにしろ、早めにこの屋敷からは出なければならない。
それに、俺たちがクレタ達の為にできる事、なんていうのは、そう多くはなさそうだ。
今朝のあの追手の強さからして、俺たちがいるとかえってクレタ達の逃亡の邪魔になる可能性が高いくらいなのだから。
俺は誰に話すともなくつぶやいた。
「はぁ……テマラがいてくれれば、少しは助けになってたのかもな。いや、でもあのオヤジの事だからカネにならない限りは誰かを助けるなんてするわけないか……」
その時、部屋のとびらから乾いたノックが響いた。扉の向こうからデリアナの声がする。
「ウル、テマラが帰って来たわ」
俺は慌てて立ち上がる。
まるで狙いすましたかのようなタイミングで戻るとは。
俺は皆に少し待つように告げて階下に走り下りた。
大食堂に入る。
大きなテーブルの中央席で大股を開き、はだかの足をテーブルに放り出しているテマラと目が合った。テマラは俺の顔をみても、まったく興味がないという風な感じで視線をそらした。俺はテマラの向かいの席に座り口を開いた。
「テマラ、仕事帰り早々でわるいんだけど……」
「けっ、仕事がえりだぁ? 俺は今機嫌が悪い。余計なことを言いやがると、ここからおっぽり出すぞ、このクソガキが」
いつにもましてご機嫌ななめのようだ。しかし、今を逃すと次はないかもしれない。俺はテマラの剣幕に負けじと話をつづけた。
「テマラ、いまここに泊まっているクレタの事なんだけど。どうやら隣国のダールムールにあるジジの町というところに行く必要があるみたいなんだ。何か手はないかな」
テマラは一瞬動きを止めた。そしてテーブルの上からゆっくりと両の足をおろすと片肘をついてこちらを睨みつけてきた。
「ダールムール……今一番聞きたくない名前だ。イラつきついでに聞いてやろうかな。ダールムールがなんだって?」
「だから、クレタ達だよ。彼女たちは本来ダールムールに行きたかったらしいんだ。それが追われてしまって、仕方なくここに紛れ込んでしまったみたいなんだよ」
テマラは手を振り上げた。そして勢い良く叩きつける。テーブルが割れそうなほどにがしゃん、とゆれた。
「だからなんだ? えぇ? あのメスガキどもをダールムールまで送り届けろってか!? おいクソガキ。おめぇ、俺と一緒に暮らしていた割には俺の事を何もわかってねぇなぁ」
ほらきた。アンタはわかりやすい。俺はすかさずある条件を提示する。
「もちろん、ただとは言わない。クレタ達は高級な魔道具の結界宝玉を持っている。あれはたしかかなり高い値段で売れる魔道具なんだろ。それを担保にするってのは?」
「結界宝玉だぁ? なんでそんなもんをあのメスガキが持って……ん?」
テマラの表情から怒りが消えた。テマラは俺から視線をはずして虚空を見つめる。しばらく何かを考えこんでいたかと思うと、首をかしげた。
「……妙だな。妙に一致する。おい、ウル。さっきダールムールのどこの町といった?」
「ジジの町だ。ダールムールのジジの町」
「俺はな、今そのジジの町から帰ったところだ」
「え?」
「……いくつか仕事をこなし、ジジの町が最後の仕事ってところだった。あんな辺鄙な場所にむかってやったってのに、肝心の仕事をすっぽかされたんだよ」
「仕事をすっぽかされたって……依頼主がいなかったのか?」
「依頼主はいたんだよ。ある呪いをといてくれという依頼だったんだが。ただ、肝心の呪いを解く相手そのものが来なかったのさ」
話がよく分からない。しかし、ここはテマラのご機嫌を取るために下手に出るところだ。
俺は相槌をうちながらテマラに話をうながす。
「呪いを解く相手が来なかったら、仕事にならないじゃないか」
「ったりめーだ。だから俺はその依頼主に、この屋敷からジジの町にいくまでの旅費を請求してやったのさ。しかしそんな高額な料金は払えないといいやがる。それでよ、その依頼主はこういったんだ。料金の代わりにある魔道具を渡す、とな」
「うん……で?」
「それが“魔獣除けの結界宝玉”だったんだよ。それを売れば膨大な金貨が手に入るってな。だからしばらくジジの町で待ってやったのに、一向に呪いをかけられた人物ってのが現れねぇ」
「それで……しびれを切らして帰って来たってこと? つまり……まさか?」
「確証は持てねぇが、その呪いをかけられた人物ってのが、あのメスガキって可能性があるのかもしれねぇ。結界宝玉なんてのはおいそれと手に入る代物じゃねぇからな。それにダールムール、ジジの町、すべてが一致するってのも妙だ」
俺は頭をふるに回転させる。ただの、偶然の一致かもしれない。
しかしこの一致は“使える”のだ。
これを理由にテマラを説得するしかない。ただの偶然なのか、クレタ達が本当にテマラの仕事相手だったのか、真実はわからない。
しかしこれを突破口にテマラに頼み込むしかない。
実際にクレタ達が高額な魔道具である“結界宝玉”を持っているのは事実だ。
俺はテマラにすべて話す事に決めた。
テマラはカネにならないことや、面倒ごとをきらう。しかし、今はすべてを話さないとテマラを説得しきれない。
俺は洗いざらいを話した。
クレタが人間ではなく命を持たない“傀儡人形”であること。
ミュウがただの幼竜ではなく姿を変えられた”何者かである”という事。
そして今朝、クレタ達を追って来た紋章師がこの屋敷に侵入したことも、すべて話した。
テマラはワインでのどを潤しながら、俺の話を興味深そうに聞いていた。
最初の態度とは随分と違う。
テマラの、この態度の違いの理由はわかりやすい。
テマラはこの話を、金になりそうだ、と踏んだのだ。
テマラは俺の話を聞き終えた後、こういった。
「よし。ウル。先ずはあのメスガキが持っているという“結界宝玉”を見せてもらおう。もしもお前の言う通り、それが本物ならば、お前の相談に乗ってやらんでもないぞ?」