少女の秘密
俺たちは屋敷に戻りバルトロルに手当てをほどこす。幸いなことにバルトロスに傷はなかった。本人に聞くと、剣を握り納屋に駆けつけたところ、目の前に突如現れた賊の一撃を受け、剣を奪われてしまったという事だった。
窓の外から、うっすらと朝日が差し込む食堂。俺たちはテーブルに着き神妙に向き合っていた。
俺たちの前のテーブル席に座っていたクレタが抑揚のない声で話しはじめる。
「ごめんなさい。わたし、もうここにはいられない。すぐに出ていくわ、迷惑は……」
クレタの言葉をさえぎるようにバルトロルの声がひびいた。
「待ってくれクレタ。俺達はお前たちを助けた。その俺たちに説明はしてくれないのか?」
「なにを説明すればいいのか……わたしにもわからないの」
「なんだよそれ。今朝のあいつは何なのかとか、お前とその隣にいるミュウについてだよ」
クレタは隣に座っているミュウをちらと見た後、ぼそりとつぶやいた。
「わたしにも、わからないの。私は突然生まれたの。そして突然、この子を守る使命を授けられた」
それを聞いていたバルトロスがかるくテーブルをたたく。その声がたかぶる。
「そんなわけのわからない説明で俺たちが納得するとおもっているのか?」
バルトロスの隣に座っているレギーが心配そうな目でバルトロスをおさえる。
無理もない。バルトロスは、ついさっき、賊に遭遇して自分の剣を奪われるという体験をしたところなのだ。もしかすると、命を奪われていたかもしれない。
バルトロスは脇腹を押さえながら、顔をゆがませている。まだ痛みが尾を引いているのか。
表情の消えたクレタはバルトロスの剣幕にも全く動じることなく涼し気な眼差しで黙りこくっている。俺がクレタにたずねた。
「クレタ。お前が屋敷ではなく外にある納屋に泊まっていたのは、“こういう状況”を予測していたってことだよな。屋敷の中にいれば他のみんなに迷惑がかかる。だから、あえて納屋を選んだ」
クレタはコクリとうなずいた。
「そうよ。“彼女”は何者かにおわれているの」
突然の言葉に一瞬思考がとまる。彼女とは。
俺はミュウを見る。
「彼女っていうのは……ミュウの事?」
「……ええ。わたしにこの子を守るように命じた主はこういった。“彼女を守れ、それがお前の生まれた理由だ”と」
「……さっき突然生まれたっていったよな。クレタ、もしかしてお前はヒトではない? いや……もしかして傀儡?」
「……さすが紋章師ね。その通り。わたしは“傀儡術”で生み出された傀儡人形よ」
みんなの空気がどよめくのが分かった。俺だって信じられない。今目の前に座る可憐な少女が、魔術により生み出されたただの人形だなんて。
この透き通る肌の美少女が、命を持たないあやつり人形だなんて。
その時、レギーの声。
「くぐつ術って言ったら……呪いの魔術。今ウルが勉強している魔術じゃないの?」
「ああ……そうだな。でも俺が今習っている傀儡術とはレベルが全然違う。こんなに自分の意志を持っているように話せるだなんて……傀儡術の中でも高位の魔術だろう」
クレタはひんやりした視線を俺にむけた。
「ウル……あなた呪いの紋章師だったのね……わたしを生み出した主も呪いの紋章師よ。名前も知らないけれどね」
俺たちは言葉を失い、みんなで顔を見合わせた。
何を言えばいいのか、何を話し合えばいいのかすらもわからない。
昨日の夜に話し合っていたはずのクレタは、すでにもういない。修道院に身を寄せる、というような状況ではなさそうだ。
その時シールズが口を開く。
「でもさ。クレタが魔術により生み出された傀儡人形だとして……そのミュウを守るっていう理由はなんなの?」
シールズの核心をついた質問。
俺たちは一斉にクレタの涼し気な顔に視線を注ぐ。
クレタは少しうつむいたあと、すこし残念そうに言った。
「ごめんなさい。わたしにも、わからないの」
その後、朝食を済ませた俺たちは、クレタに勝手にこの屋敷を出ないように伝えた。そして納屋ではなく屋敷の一室にいるようにお願いをした。
クレタは罪悪感からなのか、ひとまず俺たちのいう事に従ってくれた。しかし、いつ出ていくかわからない。少し悪いけれど、レギーの“操作術”のひとつである“”知らせ“の魔術をつかって小動物たちをクレタの監視役とした。
クレタが行動すると動物たちが鳴き声で知らせてくれるはずだ。
俺たちは再び食堂に集まる。
今じゃこの食堂が作戦会議の場と化している。
バルトロスが口火を切る。
「正直、予想外の展開過ぎて頭が真っ白だ。ま、クレタのあの戦闘を目の当たりに見せられた時点で頭が真っ白になってはいたが……」
シールズが不思議そうにレギーにたずねる。
「ぼくは現場を見られなかったけど、そんなにすごかったの? レギーも見たんでしょ?」
「ええ……わたし、怖くって柵から中にはいれなくって……ごめんね、バルトロス君だけ」
バルトロスが首を振る。
「いや、俺は大丈夫だ。ただ、あの賊に手も足も出なかったのが悔しい。あの賊、絶対に戦士系の紋章師だとは思うが……しかし、もしもあの賊がクレタ達を狙っているのならば、近いうちにまた襲撃がある。居場所がばれたんだ。クレタの言う通りずっとここにはいられないぞ。ウル、お前も見ただろう、あの賊を」
「あぁ……。ただ、クレタも相当の実力だ。実際にあの賊を返り討ちにしたんだし」
バルトロスがいう。
「たしかにな。しかし、ウル。クレタが傀儡人形というのは、本当なんだろうか。傀儡術を扱えるお前ならば何かわかるんじゃないのか?」
「俺はまだ基本的な魔術しか習っていないんだ。でも傀儡術にもレベルが色々あるんだ。それこそ高位魔術になるとあそこまでの傀儡人形を作り出せるのかもな。ただ……一点わかることがある」
バルトロスが身を乗り出す。
「なんだ?」
「傀儡術というのは、その“もとになる存在”というのが必要なんだ。つまりクレタの原物が必ず存在する」
「なるほど……てことは、クレタがあれだけの剣の達人という事は、そのクレタの原物という人物が相当な剣の達人ってことか」
「そうだ。だからクレタのあの容姿と能力は何かの手がかりにはなる。あとはミュウが何者かという事だ」
おそらくあれだけの剣の手練れを護衛につけて他国に逃げ込むということはミュウ自体に何かの秘密が隠されているはずだ。調べるべきはミュウかもしれない。
成長しないワイバーンのミュウとは一体。
いや、待てよ。
黙り込んだ俺にシールズが問いかけてきた。
「どうしたの、ウル。ぼくたち、ウルの次の言葉を待っているんだけど」
「いやな……ミュウの事なんだが。……成長しないとか、生肉を食わないとか、いってたよな」
「そうだね。何かの病気かもしれないって」
「そもそも、ミュウはワイバーンじゃないのかもしれない」
「へ?」
「なぜ今まで気がつかなかったんだろう。ミュウは最初から何か違和感があった。考えてもみろ、クレタほどの傀儡人形を作り上げる紋章師がかかわっているのならば、ミュウにも何らかの魔術をかけている可能性が高い」
「たしかに、そうだね」
俺は立ち上がり、レギーに告げた。
「レギー、ちょっと一緒に来てくれ」
レギーはメガネをくいっとあげてうなずいた。