第一ミッション、第二ミッション。
階段をおりて、一階の大広間の扉をくぐると、中央の長テーブルに料理が並ぶ。
真っ白のテーブルクロスの上には俺たちの人数分の取り皿とグラスが見事に均等な配置で置かれている。
俺達が各々空いている席に座ると、少し遅れてクレタが入ってきた。
皆が一斉に立ち上がり顔を向ける。そして、全員同時に声をかけた。
いっぺんに挨拶をされたクレタは目を丸くして体の前に抱えていたミュウを落としそうになり、きゃっ、と小さく叫んでなんとか持ちこたえた。
腰を入れてぐっとミュウを抱えなおしてからとびきりの笑顔を見せてくれた。
「みんな、ひさしぶり!」
その言葉に続いて、ミュウがちいさく「きゅう」とないた。
俺の隣の席にいたレギーが俺の袖を小さく引っ張り顔を寄せる。
「……ねぇ、今日こそ、あのワイバーンのミュウちゃんを抱っこするわ」
「ここでは邪魔者なんていないから大丈夫だろ」
「……でもちょっと心配なのよね。クレタちゃんって随分ミュウちゃんを大事にしているみたいだから……抱かせてくれるかしら」
俺たちの見つめる中、ミュウを前に抱えたクレタも俺たちと向かいあうように、テーブル席に着いた。そしてミュウを隣の席に座らせた。俺はちらりとレギーと視線をかわす。レギーの目には少しばかり不安の色が浮かんでいる。
確かにクレタのこの様子だと、いつも肌身離さずにミュウをそばに置いているという風にも見える。
クレタが口を開いた。
「さ、食べましょう」
らしくなく妙にかしこまっているバルトロスが一堂を見回し、口をひらく。
「え、と、もう食べていいのか?」
クレタがバルトロスにうなずく。
「ええ、デリアナさんたちは別のところで食事をしているから。ここは私たちだけなの」
「そうか。なんだかお礼も言わずに、勝手に食べるみたいで気が引けるんだが……」
どこか緊張しているバルトロスに向かって俺は伝える。
「バルトロス、お前の気持ちは痛いほどわかる。でもな、はっきり言って、ここは混沌に支配された屋敷なんだよ。気遣いだとか、しきたりだとか、規則だとかさ、そんなものは不要な場所さ。いいから食おうぜ」
バルトロスは釈然としない顔で「お、おう」とだけつぶやいて並んでいたスプーンに手を伸ばした。
軽い冗談を飛ばしながら、俺たちは、俺たちだけの食事の時間を楽しんだ。
俺は食事の間なぜか、とても不思議な感覚におちいっていた。なんだか懐かしいような、どこか既視感を覚えるような、この食事の風景は何なのだろうかと考えていた。
子供のころから、ずっと孤独に過ごしていた俺にこんな体験をした過去はない。だというのに、なんだかすごく遠い思いでに触れたようなそんな瞬間だった。
それにしても。
俺は、クレタの隣の席に目をやる。ミュウは目の前の皿に分けられた小さく切り取られた肉をもぐもぐと噛んでいる。
「ミュウって……ほんとに焼いた肉を食うんだなぁ……」
隣に座るクレタがミュウの母親のようにかわりに答える。
「ええ……この子は好き嫌いが激しくてね」
「ふうん……それにしても、前に見た時から全然育ってないな、聞いた話だとワイバーンって成長速度が凄く速いそうだけど……」
「あぁ……この子、病気なの。時々、うまく成長しない竜が生まれちゃうみたいで、この子がそうなんだと思う」
「へぇ~……そうなんだ」
俺は隣のレギーに顔を向ける。
「魔獣博士のレギーさん、そういう竜もいるのか?」
レギーはキッとした目つきで俺を睨む。
「ちょっと、ウル! その呼び方やめてって言ってるでしょ!」
「いいじゃねーか、別に」
「好きで勉強してるんじゃないんだからね!」
それを聞いていたクレタが首をかしげる。
「魔獣博士?」
その問いに俺が答える。
「そう。レギーは獣の紋章師なんだよ」
レギーは小さくため息をついた。
仕方ないという感じで咳ばらいをして、話した。
「えとね、わたし獣の紋章を授かってね。だから否応なく魔獣に関しての勉強をしているところなの。竜種の事は最近習い始めたばかりだから、まだ、あまりよくは知らないけど。まぁ、どんな魔獣や動物でも低体重だったり小さい身体でうまれてしまう子はいるの。でも、成長しない竜っていうのは初めて聞いたわ。そういう子も稀にいるんでしょうけどね……」
クレタの目が少し細まった、ような気がした。クレタが口を開く。
「獣の紋章師っていうと……動物や魔獣を操ることができるっていう紋章師ね。このミュウの事も操ったりできるのかしら……」
どこか棘のあるセリフ。クレタの強い視線はレギーに一直線に向かっている。
何かを察したのか、レギーが慌てたように手を顔の前で振りながら答える。
「え、あ、し、し、心配しないで。べつにミュウちゃんに魔術をかけて操ったりはしないからさ。絶対に、そんなことしたりしないわ」
「そう……お願いね」
クレタはほっとしたように視線を落として、隣のミュウの頭をやさしくなでた。
その時。
俺の脇腹に激痛が走る。叫びそうになるのをこらえて歯を食いしばる。痛みのもとに目をやると、レギーがテーブルの下で俺の腹を思いっきりつねっている。俺は思わず体をずらしてその手から逃れた。
俺がレギーをにらみつけると、レギーは何も言わずに、その目線で俺を批判する。
そして声には出さず、口の形でこう言った。「余計なことを言わないで」と。
昼食の後、レギーに強引に手を引かれて庭に連れ出された俺の目の前。
「どういうつもりよ!」
レギーが顎を突き出してさらに問い詰める。
「どうしてくれるの!? クレタちゃんに警戒されちゃったじゃないの! ウルがわたしの事を獣の紋章師だなんてバラすから!」
「俺が悪かったよ。あんな雰囲気になるとは思わなかったんだよ」
「クレタちゃんの、あの顔を見た!? あれじゃ、絶対にミュウちゃんを抱っこさせてくれないわ! それどころかわたしを近寄らせもしないわよ!」
「そんなことないって、頼めば抱っこくらいさせてくれるさ」
「んもー!! 調子のいい事ばっかり言って! ぜんぶ、ぜーんぶ! ウルのせいだからね!」
レギーはそう言い残すとプイと顔を背けて去っていった。
庭の隅、取り残され立ちすくんでいた俺に、ひっそりと近寄ってきたのはバルトロス。
バルトロスは目の前まで来ると、あきれた声で話す。
「おわったか?」
「ハァ……レギーの奴、どんどんめんどうくさい女になってきてる」
「そうさせているのは、お前のような気もするがな」
「え? 俺が悪いのか?」
「ウル、お前、少し無神経なところがあるとは思っていたが、どうやら少しどころじゃないようだ」
「……う、反省します……」
バルトロスはふふんと鼻を鳴らして続ける。
「冗談だ。しかし、レギーのあの感じではミュウを一度は抱かせてやらないと許してはくれないだろうな」
「だな……そもそも、レギーがここに来た理由はクレタに会いに来たわけじゃなくてミュウに会いに来たわけだからなぁ」
「ミッションが一つ増えた。第一ミッション、クレタの身の振り方を考える、第二ミッション、レギーにミュウを抱かせる」
「はぁ、どっちも難題だな」
「とりあえず、戻るぞ。この無神経ヤロウ」
“無神経ヤロウ”
そのバルトロスの言葉に、俺はふと、思い当たる。
俺も一度その言葉をある男に対して使ったことがある。
そう、この屋敷の主である、テマラに。
もしかして。俺は、もしかして。心底、軽蔑し、嫌っているテマラのオヤジに似てきているのかもしれない。なんだか、気分が悪くなってきた。
俺はバルトロスに背中をつつかれつつ、屋敷に戻った。