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クレタとミュウの散歩

薄手のドレスに身を包み、軽い身のこなしで階段を一歩、また一歩と降りてくるデリアナ。

その姿を見上げていた俺のすぐ後ろでシールズの間の抜けた声が聞こえた。




「……ひゃー……綺麗なひとだなぁ……」




それを聞いたレギーが小さく噴き出した。




「ぷっ……シールズ君ったら……心の声がダダもれてるわよ」

「えっ? あっ、ごめん」

「別に謝らなくてもいいわよ、わたしも同感だし」




階下に舞い降りたデリアナは俺たちを見渡して一言。




「さ、あなた達のお部屋へご案内するわ。そのあと昼食にしましょう」




俺たちはそれぞれのかばんを担いで、デリアナの後に続く。

二階へ上がると奥まで続く廊下に並ぶ部屋。

デリアナは、俺の部屋に俺たちを案内した。どうやら俺の部屋にシールズと、バルトロス用のベッドを運びいれてくれていたようだ。

男三人は同じ部屋。そしてレギーはもう少し奥にある、別室に案内されていった。



俺たちは室内に入ると、ひとまず白い壁際にかばんをごとりと置いた。顔を上げて見渡すと、片付いた室内には簡素なベッドが等間隔に三つ並んでいた。仏頂面のバルトロスが天井を見上げて目を大きく見開く。俺がつられてバルトロスの視線の先に目をやると、天井中央につり下がっているのはうすぼんやりと光る発光石(はっこうせき)製の常夜灯。発光石を包むのは装飾された星形のクリスタル。バルトロスがようやく口を開く。



「おい、ウル……お前の親戚のオヤジさんってのは、マジもんの金持ちなんだな……正直こんな立派な屋敷、足を踏み入れるのすらはじめてだ」

「そ、そうか……ま、ここは俺の部屋でもあるから好きに使ってくれ」

「お前の部屋? お前、普段こんな部屋に住んでいるのか?」

「え、あぁ、まぁ」

「マジかよ……オレ、ちょっとお前を見る目が変わるかも」




バルトロスはそういうとしずしずと窓の方に向かっていき、外を眺めはじめた。なんだかいつものような覇気がない。



シールズは、というとバルトロスのように驚いて固まっているという風でもない。すでにその大きな体をベッドに横たえて、楽しそうに体を揺らしている。




「うわぁ! ふかふかだね! ははは! こんなベッドに寝るのぼくはじめてなんだけど! ウルと友達になっててよかった。 あー養成院なんかに帰らずにずっとここにいたいなぁ」

「おい、シールズ、悪いけど、そこは俺のベッドだ」

「え? そうなの?」

「まぁ、べつに俺のベッド、っていうわけでもないか。俺も居候の身だしな」

「こんな立派なお屋敷に居候だなんて、正直羨ましいよ」




シールズやバルトロスの反応を見てふと思う。俺は、とても恵まれていたのかもしれない、と。


二人が驚いているこの屋敷も俺の生家であるべリントン家の持つ別荘からすると、どうという事はない。なにせ、俺が住んでいたのは屋敷などではなく“城”なのだ。


石造りの大きな城の中。

鈴を鳴らせばすぐに誰かが来てくれる。そんな環境であり、そんな身分だったのだ。

今は、その身分を失っている。いや身分を失ったというよりも、俺自身はすでに死んだことになっている。そして平民のウルとなったのだ。



その時、窓から外を眺めていたバルトロスが声を上げた。




「お、あれ、クレタじゃないか?」




俺とシールズも窓際にかけより、バルトロスの後ろから外を眺める。

眼下に広がるのは俺たちがさっき通ってきた屋敷の庭だ。

クレタが体の前にワイバーンのミュウを抱えて花壇脇をゆっくりとあるいている。




バルトロスが小さくつぶやく。




「いったい……何をやってんだ?」




シールズが首をかしげながら答える。




「さぁ……散歩かな。一緒に花壇を眺めているんじゃない?」

「いや、だから。一体、何をやってるんだって話だよ。どうしてワイバーンと一緒に花を見る必要があるのかって聞いているんだ」

「そんな事、ぼくに聞かれたってしらないよ」



クレタはこちらには全く気が付く様子もなくミュウと一緒に花壇を眺めている。よく見るとクレタの口元が小さく動いている。どうやらワイバーンのミュウに話しかけているようだ。ミュウはその言葉を解しているのか、いないのか。大きな目で風に揺れる花を見つめている。




バルトロスが憂鬱そうに小さくめ息をついた。




「……それにしても。クレタ達はずっとこの屋敷に置いてもらえるのか? ウル」

「その相談をテマラにするために今日ここに来たんだけど。どうやらテマラは今、不在らしい」

「夜には帰ってくるのか?」

「いや。それが“仕事”に行っているらしくてさ。いつ帰るかわからないそうだ。大抵仕事に行くと数日は帰ってこないらしいから。会えないかもしれない」

「そうなのか……クレタは密入国者だ。そのテマラのオヤジさんに迷惑がかからなければいいんだが」




正直。個人的には、その心配はいらないと思ってはいる。

テマラのオヤジは呪いの紋章師。デリアナや、ほかの娼婦たちからの話を聞く限りは、かなり危ない仕事も引き受けているみたいだ。それに、仕事主から依頼があれば、テマラ自身が他国に侵入したり領法に触れるような事をやっているそうだ。

犯罪すれすれの事を常日ごろからしていると聞かされている。

なにせ、俺の偽りの身分を手に入れるような男だ。ハッキリ言って密入国者であるクレタよりも、テマラの方が叩けばいろいろと埃が出る身なのだ。




俺達がぼんやりとクレタの不思議な行動を眺めていると、部屋のドアの向こうからレギーの声がした。




「ちょっと、あなた達、お昼ご飯できたってさ。一階の食堂に来て」





俺たちは窓から離れて、食堂に向かった。


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