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あ、あ、〇兄弟★


 騒動の後、俺はひとまず皆と引き離され、連れられるままに客間に通された。

 ずいぶんと待たせる。早く偽物のリゼにはめられた指輪を外さなきゃならんのに。

 座らされた椅子から真正面、見つめる壁には巨大な肖像画が掲げられている。



「はぁ……顔がデカすぎて男か女かもよくわからんな」

「でも、なんとなくさっきの赤毛の男の人に似てる」

「んあ? そうか? 男の顔なんて興味がねえから、よく覚えてねぇ」

「きっと領主様なんじゃないの」

「客間に自分の肖像画かよ、吐き気がするほど悪趣味な奴だな」



 険しい顔をした肖像画との睨めっこは、ものの数秒で飽きがくる。

 さらに上を見上げるとアーチ形の白い天井には細かな幾何学の装飾模様。

 俺がぼんやりと部屋の中を見回し、椅子にもたれかかっていると、キャンディが胸ポケットでもぞもぞする。




「一体いつまでまたせるのかしらね……アタシ眠くなってきた」

「寝とけよ。べつにかまやしない、それにしても、お茶も出ねーのかここは」

「ねぇ、ウル……」

「ん?」

「ランカを……たすけてあげてよ……ね……」

「ったく、何を言ってんだお前は」




 キャンディからの返事はなかった。動きを止めて、あっという間に寝息を立てる。

 いつも思うが不思議な奴だ。

 ぬいぐるみのくせに一丁前に呼吸していやがる。

 

 ふと、遠くに足音が聞こえてきたかともうと、突然部屋の扉が勢いよく開く。

 立派な赤マントを羽織ったマルコはノックもせずに、盾の兵士二人を脇に引き連れて部屋に入り込む。

 しかし俺の座るテーブルには近寄らず、入口すぐの壁際に置いてある椅子に座り、大仰に足を組んだ。




挿絵(By みてみん)




 なんなんだこの微妙な距離は。俺はひとまず姿勢を正す。

 よく知らない男とはいえ、一応はここの領主の息子だからな。

 背筋を伸ばして体を向けた俺に軽く目をやり、マルコはどこか投げやりに話しかけてきた。



「で、お前がリゼの言っていた”呪いの紋章師”とやらか?」

「はい。まぁ、そうです」

「よくわからんが、あのランカとかいう槍の紋章師の侵入を防いでくれたことは感謝する」

「は、はぁ……まぁお安い御用で」

「で、リゼの指にはめられたあの赤い指輪の呪いを解いてくれるのか?」

「ええ、まぁ……。ちょっとした儀式をしなきゃならないんで、すぐにでも会いたいんですが」



 マルコは組んでいた足をおろして、身を乗り出した。



「聞いた事があるが、呪いを解くにはその呪いの事についてすべて知る必要があるそうだな。どうだ、聞かせてくれるか?」

「え? しかし……」



 一体どこからどこまで話せばいいんだ。ハッキリ言ってとんでもない内容だが。言いあぐねた俺にマルコは怪訝な表情を見せた。俺はマルコに視線で伝えようと、部屋の扉の前に立つふたりの兵士たちにわざとらしく目をやった。

 マルコは俺の意図をくみ取り、兵士たちを手でしっしっと下がらせた。




 兵士がいなくなってから、俺はもう一度確認する。



「いいんですか? 本当に」

「さっきから、何を躊躇(ちゅうちょ)しているのだ?」

「マルコ様にとっては聞きたくない話のオンパレードですからね」




 マルコはおどけたように肩をすくめて見せた。



「いいさ。もともとリゼとの結婚は親が決めた政略結婚。それに、我がルルコット城下町の運営にはステインバード商人団の資金が必要なのだ。この結婚はある意味必然なのだ。いいも悪いもない」

「……ならば」



 俺は自分が見聞きして知ったことを洗いざらいマルコに話した。

 マルコは疑い深いまなざしを向けながらも俺の話に真剣に聞き入っていた。

 時に腕を組みながら、時に片肘をつきながら俺の話に小さくうなずいていた。






 いくつかの質問に答えつつ、俺はマルコにすべてを話し終わった。

 マルコは深いため息をつき、天を仰いだ。そして、ついに虚空に視線を揺らしながら、押し黙ってしまった。


 相当なショックを受けているに違いない。

 なにせ有力な商人団の娘と結婚するつもりが、どこの馬の骨ともわからない娼婦を妻に迎えるところだったのだから。

 しかもその娼婦はステインバード商人団長ミカエル・ステインバードのお気に入りだというのだから。

 


(あ、あ、もしかして、穴兄弟ってやつですか)




 常軌を逸したこんな話。

 普通ならば頭に血がのぼり、ミカエルもあの女も死罪にしてもおつりがくるような話だ。


 マルコはついにうつむいてしまった。

 顔をおさえて肩を揺らしている。泣いてしまったか。無理もない領主の息子とはいえ。

 俺が頭の中で、慰めの言葉をあれやこれやと選んでいると。




「……ぷっぷっぷ……あーはははは!」




 突然、マルコは自分のひざをバンバンと叩いて笑い転げはじめた。

 気がふれてしまったか。俺は話したことを後悔した。が。

 マルコはひとしきり笑い転げた後、涙を拭きつつこういった。




「なんと! わたしはあのミカエルのガマオヤジの愛人を妻に(めと)ろうとしていたのか! いや、愉快なはなしだ! こりゃいい! 傑作だ!」



 予想外の反応に、俺が言葉を失っているとマルコは続ける。



「いや、いや。すまないな。しかし、良く話してくれた。並みの神経の持ち主ならば、そんな与太話をわたしにしようとは思わないだろうが。気に入った。お前も相当なタマだな。わたしでなければお前は多分、今ここで切り殺されているかもしれん。しかし……これは使える」

「……使える?」

「わたしは、もともとリゼの事など愛してはいない。いや、お前の話が事実だとすると、リゼの”偽物”というべきだな。この忌むべき秘密はミカエルの最大の過ちになるだろう。今、その秘密をわたしが握った。今後、ミカエルはわたしの言いなりになる」




 俺はその言葉に、頭を大きな丸太でゴツンとやられた気分になった。

 なんともはや。そういう発想なのか。

 もともと、ルルコット家とはこういう戦略的な思考回路の持ち主なのか。それともこのマルコという男だからこその発言なのか。

 確かにこの秘密は領主に対するとんでもない背信行為。

 しかし、逆にそれを相手の弱みとして利用するという事か。



 ふとマルコはこちらに視線を向けた。いささか真剣なまなざしで。



「しかし……万が一、この話がお前の作り話だったとしたら、どうなるかわかっているだろうな?」

「……この話が事実かどうか、はっきりいって俺もまだ半信半疑ですよ。しかし、もしもこの後、俺の解呪の儀式で、あの指輪の呪いが解ければ、この話が真実である証拠となります」

「なるほど。納得のいく答えだ。では、呪いの紋章師。今からその解呪の儀式とやらを行ってもらおう。もしもそれで呪いが解けなければ、次はお前が幽閉塔に入る番だ」



 マルコは試すような視線を俺に向けた。

 俺は小さくうなずいた。そして、マルコに一つの願いを打診する。



「ところで、マルコ様。お願いがあるんですが……」

「なんだ?」

「もしもあの赤い指輪の呪いが解けたら、二人。ああ、つまり……あの槍の紋章師ランカと、今娼館にいる”本物”のリゼの処遇を俺に任せてほしいんです」



 マルコは、目を細めて口をつぐんだ。

 そのギラリとした視線に、俺は少し後悔した。



 (しまった、少し欲張りすぎたか……)



 しかしマルコはすぐに表情を丸く変えた。



「ま、いいだろう。その二人の処遇はお前に任せる。呪いを解きわたしを救ってくれた褒美としてな。もしもお前の考えた処遇に不満を述べる者がいるなら連れて来い。わたしが直々に不満を聞いてやろう」

「ほ、本当ですかい?」

「ただし、そのふたりはこのルルコット城下町からは追放だ。この城下町に近寄らない限りわたしからは何もしない。ランカとやらは一晩幽閉塔で頭を冷やしてもらうが、明日の朝には釈放しよう。どこへなと連れていけ。お前は、今日はここで休むがいい。隣の部屋は寝室だ」


「あと、ついでと言うのもなんですが、呪いを解く前に、ランカに会わせてほしいんです」

「今からか?」

「ええ。つたえておきたいことがありましてね」

「わかった。牢番には言っておく。好きにしろ」




 マルコはそういうと膝をポンとおさえて立ち上がり、颯爽と背を向けて部屋から出て行った。

 なんとも、清々(すがすが)しい去りかただ。

 ルルコット家、長男マルコ、か。


 もしかすると、将来はいい領主になる男なのかもしれない。



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