ほっとひといき ★
クレタ達との再会の日から数日。
俺は毎日、呪いの魔術の講義と実地訓練に明け暮れていた。
忙しいとか、疲れた、なんて思う暇もないほど。あっという間にすぎていく、そんな日々。
それはある意味で、充実しているといえるのかもしれない。
そんな毎日の中で、ふとひといきつけるのが、この場所。
通称“ルーム”と呼ばれる特別室だ。
まぁいってみれば少し広めの書斎のような部屋。
ここ、マヌル紋章師養成院では報酬と罰という理念のもとに様々な規則が設けられている。
ルールを破った者は懲罰委員会にかけられ、相応の罰が与えられる。
その反面、養成院の生徒としてそれなりの成果を上げた生徒に対しては驚くような報酬や待遇が与えられる。
ルームと呼ばれるこの部屋も、その報酬のうちの一つだ。
俺は前回の試験で、見事成績上位者となり、その報酬として、この部屋を与えられる事となったのだ。
「それにしても……随分と人形が増えたな……」
俺は中央にある黒皮のソファに深く腰をおろして、ぐるりと頭を回す。
書斎に置かれたあちこちの棚に、いびつな形の人形が立ち並ぶ。
これらは呪いの魔術の基本的な魔道具。“ヒトガタ”と呼ばれる木彫りの人形たちだ。
美的センスなんて、まるで持ち合わせていない俺のつくった人形たちは、どれもこれも形がまずい。
しかし、何体も作ってきた成果もあってか少しずつ形が整ってきていた。
不恰好な幼虫が綺麗な成虫になる過程のように。
いびつな人形達がいならぶこの部屋。意外と居心地がいいことに最近気がついた。
「人といるよりも、物といる方が俺の性にはあっているのかもな……」
誰にも届かない俺のひとりごとは、口もとからこぼれてすぐ消えた。
その時、ノックの音が響く。
おそらく、レギーだ。
今日はレギーをこの部屋に初めて招く。
俺は立ち上がりドアに歩み寄ると「どうぞ」といいながら扉を引いた。
レギーは軽く笑顔を見せて部屋に滑り込んできた。
「ひゃぁ! 思ったより広いじゃない! 素敵な書斎ね」
レギーは足取り軽くあちこちを見回しながら飛び跳ねる。
「結構いい部屋だろ?」
「そうね。でもさぁ、この人形たちは……ちょっとどうなの? 飾っているわけでもないようだし」
「一応は、呪いの魔術練習に使える道具だからな。すてるのはもったいない」
「それはわかるんだけど、別に部屋のあちこちにちりばめなくってもいいじゃない?」
「なんだか、落ち着くんだよ。こいつらといると。自分がつくったものだからかな。それなりに愛着が湧くっていうか……きっと他人にはわからない感覚さ」
レギーは大きなメガネごしにじとっと俺を見つめてくる。何か言いたげだ。しかも、あまりよくないセリフを。俺は先制攻撃を繰り出す。
「けっ、どうせ、変なのっ、とかいうつもりだろ」
「よくわかったわね、そのとーりよ」
「ま、だいたいレギーの言いそうなことはわかって来たよ」
「あら、それはどうも」
毎日授業で会う俺たちは、互いの事を話すようになっていた。
レギーの名は、レギー・スーテイ。彼女はいわゆる、姓を持っている。
つまりレギーは貴族の出身という事だ。
レギーの出自であるスーテイ家は、小貴族や下級貴族とよばれている、あまり裕福ではない家柄だ。俺の、というより、“もと”俺の生家である大貴族べリントン家とは随分とその境遇は違うようだった。
気のすむまで部屋中を見まわった後、レギーと俺は、中央のソファに向かい合って腰かけた。
互いの魔術の訓練の事なんかを話していた時、レギーが、ふと思い出したように話す。
「そうだ。ウル。この前会いに来た女の子はもう来ないの? あの時は急に帰っちゃったからワイバーンのミュウちゃんを抱っこする時間もなかったし」
「ああ……クレタとミュウの事か。残念ながらあれからは、こっちに来てくれるって手紙は来ないな」
レギーは口をとがらせた。
「ふぅん、がっかり。あの時、ファイリアスたちがきて、ミュウちゃんを勝手にさわって、あの女の子怒ってたみたいだもんね。怒ってたというか……おもいっきり喧嘩してたよね」
「まぁ……な。正直、クレタがあんな凶暴だとは思ってなかったんだけどね……まじ怖かったよな。まわし蹴りをかましてたし」
「よっぽどミュウちゃんが大事なのね。それにしてもすごかったよねぇ、戦士系の紋章師か何かなの? そのクレタちゃんって」
「いや……そんな話は聞いたことないけどな」
あの時のクレタはまるで人が変わったようだった。
あれは、普通の女の子が道端の小石を蹴るというのとは、まるで違う動きだ。なにかこう。
「訓練を受けたような、動きだったな……」
「そうだっけ? 一瞬であまりよく見えなかったけど」
俺もバルトロスもシールズも。クレタの事はあまりよくわかっていない。ただ、隣国からこのエインズ王国に逃げ込んだ密入国者であるという事くらいしかしらない。あとは”アスドラ帝国から来たクレタ”と彼女が名乗ったという事実だけ。
その名が本当の名かどうかも、わからないのだ。
テマラの屋敷に隠れている間はおそらく大丈夫だろうけれど。いつまでそうしていられるかはわからない。
テマラの腹次第なのだ。何か胸騒ぎがする。けれど、この養成院にいる間は外には自由に出られないし、はっきり言ってクレタの為にできることがほとんどないのだ。
「ウル。どうしたのよ。黙っちゃって。クレタちゃんの事が気になるの?」
「え? あ、あぁ、まぁ。クレタは身寄りがなくてさ」
「前も聞いたわ、その話。だから今、ウルの親戚のところでお世話になってるんでしょ?」
周囲には、テマラは俺の親戚という事にしている。
その時レギーがぽつりとこぼした。
「今度の試験が終わったら、クレタちゃんとミュウちゃんに会いに行かない?」
「え?」
「ほら、試験が終わった後の“解放の日”の期間中は出入り自由になるでしょ」
「そりゃそうだけど……あそこに行くのはちょっと……」
「え? 会いたくないの?」
「会いたいけどさ」
煮え切らない俺の返事に眉をひそめてレギーが言った。
「何を迷っているのか、よくわからないけどさ。考えておいてよ。じゃ、そろそろ戻るね」
レギーはそう言い残して部屋から出ていった。
俺は再び一人になった部屋で、ソファにゆっくりと寝ころんだ。
天井を見つめてため息をつく。
「はぁ……テマラの屋敷に、みんなで、会いに行く……か。バルトロスたちにも言われているし、一度考えてみるか……」




