クレタとの再会
ある日、俺宛に手紙が届いた。差出人は、娼婦のデリアナ。
デリアナは、テマラの屋敷に出入りする高級娼婦の一人。
どういうわけかは知らないけれど、彼女は何かとテマラの身の回りの事を任されているみたいだ。
高級娼婦なのだから、カネで雇われている、といえばそれまでなのだけれど。
それでも、それだけじゃない何かが彼女にはある。どこか他の娼婦たちとは扱いが違っていた。
そのデリアナの手紙の内容というのは、今度、ここにクレタと幼竜のワイバーンであるミュウを連れて会いに来てくれるという知らせだった。
あの時、別れて以来だ。俺はシールズとバルトロスにも伝えて、皆で会う事になった。
その知らせを伝えた時の二人の顔。驚きとともに隠しきれない喜びに満ち満ちていた。
あの時は三人とも必死だった。その時の記憶がよみがえってきたのだろう。
力を合わせて彼女たちを助けた男三人。クレタとの久しぶりの感動の再会、のはずだってのに。なぜか、お邪魔虫がひとり。
俺のクラスメイト、獣の紋章師レギーだ。
ここは養成院内にある、公園広場。
降り注ぐ陽気の中、俺はバルトロスとシールズと額を合わせてちらりとレギーを盗み見る。
レギーは公園広場のベンチに座りながら、足をぶらぶら。なにやら大きな魔術書を開いてページを繰っている。
バルトロスが眉間にしわを寄せて俺に目をやる。
「おい。ウル、どうしてあいつがいるんだよ。レギー、だったか」
「いやさぁ、どうしても一緒にくるっていってきかないんだよ。」
「レギーは、クレタの事なんて知らないだろ。なんだって会いたいんだよ。それに、大きな声で言えないがクレタは密入国者だぞ、おいそれと他人にあわせるのはまずくないか?」
「いや……レギーが会いたがっているのはクレタじゃなくて……」
そう。幼い飛竜ワイバーンのミュウの方なのだ。
ワイバーンはこの国には生息していない珍しい飛竜。お目にかかるときは限られている。
どうやらそのワイバーンを一目見ておきたいらしい。
今度はシールズが不思議そうに声を上げる。
「ワイバーンに会いたいだなんて、変な子だね」
「彼女は獣の紋章師なんだ。だから滅多にお目にかかれないワイバーンを勉強のためにみておきたいんだってよ。魔獣なんて怖いとか言ってたくせに、最近は妙にまじめに勉強に取り組んでいるみたいだ」
「へ~、やる気があるのはいい事だね。きっと先生の教え方が上手なんだろうね。たしかウル達の魔術の授業はポープ院長が担当なんだったっけ?」
「だな。たしかに、ポープ院長は教えるのがうまい、というよりその気にさせるのがうまいって感じかな。レギーの奴もすっかりやる気になっちまってる」
レギーの奴。最初は動物ですら無理、だなんて言っていたはずだったが、ポープ院長はそのレギーの気持ちをすかさずくみ取っていた。まずは幼い魔獣や子供の動物とレギーを引き合わせていくことで、レギーの獣に対する恐怖心を解いていくという教え方をしているのだ。毛むくじゃらの獣はレギーには扱えない(からだの拒否反応がある)という事もポープ院長はすぐに見ぬいて、そういう獣には一切近づけないという徹底ぶりだ。
その時、俺たちの視線に気がついたのかレギーがパタンと本を閉じてこちらに顔を向ける。トレードマークの大きな丸メガネは顔の半分を覆いつくしている。レギーは丸メガネをいつものように人差し指でくいっと持ち上げながら口を開いた。
「なによ、男同士でこそこそと。へんなのっ」
俺は男同士の輪から一歩ぬけて、レギーに体を向ける。
「レギー、ワイバーンを見てみたいっていうけど。見てどうこうなるもんじゃないだろ。魔獣が怖いって言ってなかったか?」
「怖いわよ。でも幼竜なら話は別よ、どんな恐ろしい生き物でも、子供の頃はみーんなカワイイもの。だからカワイイうちに会っておくの」
「まぁ、いいけどさ……噛みつかれても知らないぞ」
「大丈夫よ、魔獣の簡単な”操作術”は習得済みだから、いざとなれば、ね」
レギーはそういうと得意げに指をくるりと一回転させた。
「なに言ってんだよ。許可なく勝手に魔術なんて使ったら懲罰委員会行きだぞ」
「あら、あなた達が黙っていてくれればバレないわ。それにポープ院長も言っていたでしょ。命の危機を感じた時には、迷うことなく魔術を使いなさいってね」
「……ったく。すっかりポープ院長の弟子になっちまってる」
その時、どこからか乾いた空気に声が混じって流れてきた。
俺がふと目をやると。
飛び込んできたのは、大きく手をふるクレタの姿。
その後ろに、付き添いのデリアナと大きな籠を背に担ぐ大男の姿。
俺も思わず手を挙げて叫んだ。
「クレタ! 元気だったか!!」